第87話魔法少女 その1

 サイド:レーラ=サカグチ



 その日の夜、空には三日月。

 私と阿倍野輝夜は肩をすくめた。


「さて、ノルマを達成しときましょうか」


 私の言葉にうんざりとした表情を阿倍野輝夜で応じる。


「……しかしお互い面倒ね」


「まあ、異能力者として上から管理されている以上は仕方ないじゃん? 形だけでも従っているフリをしとかないと後々面倒だし」


 深夜2時――いわゆる丑三つ時と呼ばれる時刻、私たちは繁華街のビルからビルへと飛び移りながら言葉を交わし続ける。


「でもさ、最近……本当に爆発的に増えているわよね」


「おかげでノルマ達成も楽なのだから良いのだけれど……しかし、変ね」


「変っつーと?」


「今日は索敵に引っかからないわ」


「……どういうこと?」


「実はね……前から気づいていたのだけれど新月が近くなると妖魔の数が妙に減っている時があるのよ」


「私たち以外にもこの街で妖魔を狩っている連中がいるってコト?」


「そういうことね」


「でも、おかしくない? 異能力者は満月が近くなれば能力が高まって新月が近くなれば逆に低くなるのは常識じゃん? まあ、微々たるものだけどそれが原因で命を落とすこともある訳だし」


「ええ、そうね。私も昔はそうだったから気づくのが遅れたのよ。まあ、私の場合はレベルアップしちゃってるから……その辺りは完全に無視しても良い誤差レベルになっているから気づいたのだけれど」


「それはアンタが特殊だからでしょ? どうして新月に近くなる際に活発化する退魔師がいるのよ?」


 そこで阿倍野輝夜が立ち止まった。


「ねえ、レーラ=サカグチ?」


「何?」


「魔法少女って知っているかしら?」


「……魔法少女? アニメか何かの?」


「ええ。認識としてはそれで良いわ」


「……そりゃあまあ知ってるけどさ」


 怪訝な表情を作った私にコクリと阿倍野輝夜は頷いた。


「なるほど。その反応で分かったわ」


「ん……?」


「貴方が何も知らないということが分かったわ」


「……どういうこと?」


「それじゃあ貴方にも分かるように言い換えるわ。魔女、あるいは虐殺者達(ジェノサイダーズ)という言葉をご存知かしら?」


「中世ヨーロッパの悲劇。ヴァチカンの仇敵だからね。知らないはずがないわ」


 そこで阿倍野輝夜はバサリと長髪をかきあげた。


「ようやく索敵に引っかかったわ」


「妖魔が?」


「いえ、違うわ。件(くだん)の魔法少女よ。新月に活動を活発化させて、妖魔の虐殺を行わなければならない。そうであれば私の知る限り連中しか該当は存在しない」


「……?」


「それじゃあ会いにいきましょうか。森下君はしばらくはMPの回復に専念させないといけない。だから、何があっても対処できるように今日は貴方と一緒に来たのだから」


「会いに行くって……誰に?」


「魔法少女……魔女、いや、虐殺者達(ジェノサイダーズ)に」


「……え?」


「ここから先は血みどろの大人の御伽噺(おとぎばなし)よ。文献によるとロクな結末にはならないはずだから……覚悟はしておいて」


「ちょっと本当にどういうことなのよ?」


「これは安倍晴明の子孫である私の家が決着をつけなければならない問題なのよ」


「安倍清明って……どんだけ昔の話なのよ」


「あの時、キッチリと処理をしておけばこうはならなかった。結果……日本だけはなく、挙句の果てには中世ヨーロッパにまで迷惑をかけてしまった。協力をお願いするわ」


 阿倍野輝夜が私にペコリと頭を下げた。

 ってか、この女が……私に頭を下げたですって?

 どうにも、のっぴきならない事情があるみたいね。

 うーん……と私は考え、そして頷いた。


「……分かったわ。でも、これで借りは一つ帳消しだかんね?」



 そして――。

 結論から言うと、九尾を始末した神社に妖魔が溢れていた。

 そこかしこに低級の妖魔の惨殺体が転がり、死臭が一面にむせ返っていた。

 人型の妖魔の関節は全て破壊され、人型以外の妖魔の関節も完全に破壊されている。

 関節の存在しない妖魔については撲殺と言う形で処理がなされていた。


「はは、ははは! はははっ!」


 おびただしい数の妖魔の死骸の中、紫を基調とし、過度のフリルが施された衣装の黒い肌の少女が笑っていた。


「いやーケッサクだわ! 培った技術でぶっ壊し放題のぶち殺し放題っ! ストレス解消でこんなに楽しいことはねーわ! 魔法少女システム……ゾンビ虐殺のゲームよりもよっぽど出来が良いわ!」


「月宮……雫?」


 コクリと頷き、阿倍野輝夜は言った。


「そう、アレが魔法少女よ。さっきも聞いたけど、魔女狩りの話は知っているわね?」


「そりゃあ、こっちが本家だからね」


「どうしてヴァチカンが血眼になったと思う?」


「そりゃあ、滅茶苦茶やっちゃうからでしょ? 妖魔の殲滅の為なら何でもアリで一般人を巻き込んで……」


「っていっても、所詮はあの程度よ。今のアレは森下君と出会った頃の私程度の力しかない。考えて見なさい、今の私や貴方よりも低レベルの存在が……ヴァチカンが表の世界にまでお触れを出して全力を出して弾圧にかかると思う? 結果として、中世の暗黒史の筆頭の大事件になったような事件なのよ?」


「だから、どういうことなのよ」


「一人一人はたいしたことはないわね。でも、アレは……無限に沸き続けるのよ。そこが問題だったのよね」


「あのクラスの存在で、頭のセンがイカれてんのが無限に沸いてくるの?」


「――ええ、アレは即席に量産されるの人修羅の群れ」


「人修羅?」


「西洋では魔女と呼ばれる存在、そして日本ではアレは……人修羅と呼ばれているわ」


「どういうこと? 魔女は西洋の概念でしょう?」


「さっきも言ったけれど、長らく西洋で猛威を振るっていたようだけれど、遂に日本に戻ってきたということよ。この件は私に預けてもらえないかしら?」


「アンタに預けるっつーと?」


「これは、阿倍野の血族として……キッチリとカタをつけなくてはならない問題なのよ」


「サッパリ分からないんだけど」


「そこはおいおい説明するわ。まあ、今日のところは様子見ね」


 と、そこで月宮雫が私に気づいて、舌なめずりと共に口を開いた。


「おお、負け犬じゃねーか?」


「アンタ……その姿は?」


「はは、まあ、見た目はアレだがこうなっちまえば身体能力もアホみたいに上がるんでね。ってか、テメエもその格好……?」


 魔装状態の私を見て、月宮雫は冷徹な微笑を浮かべた。


「なるほど、テメエも……訳アリか。ただの女子高生にしちゃあ妙に格闘技分かってる風だったからな。良いぜ、テメエとはここで決着をつけてやるっ! とはいえ、魔法少女の能力で分かったんだが……テメエ、猫被ってやがったな? このままじゃあ……あたしでもかなわねえ。だったら――」


 と、そこで月宮雫の霊圧が爆発的に上昇した。

 同時、紫色のドス黒いオーラが彼女の周囲を包んだ。


「バーストっ! 魔法少女形態セカンドっ!」


 元々ゴテゴテ気味だった魔法少女の衣装がさらにゴテゴテとしたものになっていく。

 さっきまでのが甘ロリだとすると、現在はゴスロリ風の衣装だ。

 そして、月宮雫の眼光に狂気の色が混じった。


「なるほど。やはり伝承に合致するわね」


 阿倍野輝夜がすまし顔で頷き、月宮雫は三日月の下で笑い始めた。


「はは! これが形態セカンドかっ! 力が溢れる……はははっ! 最高に気分が良いっ! 今なら陸自の戦車相手にでも関節仕掛けれんじゃね? ははっ! はははははっ!」


 そうして月宮雫はニヤリと笑った。


「これはどうにも加減はできそうもねえなっ! 殺しちまっても文句言うなよ? 見せてやんよ――魔法少女の百式関節……地獄のサブミッションをなっ!」


 問答無用とばかりに、月宮雫は私と阿倍野輝夜に襲い掛かってきた。






 サイド:森下大樹



 翌朝。

 朝飯を食っていると、母ちゃんが神妙な顔つきで俺に語りかけてきた。


「大樹ちゃん?」


「どうしたんだ母ちゃん?」


「実はですね……」


「ふむ」


「真理亜ちゃんのことなんですけど……」


「ああ、色々と大変みたいだな」


「ちょっと相談があるのですよ」


「俺にか?」


「そうなんです。お父さんも長期海外出張だし……男の子は今……大樹ちゃんしかいないですから」


「で、どうしたんだ?」


「実はですね? ここ4ヶ月ほどで何回かに分けて……お父さんの預金口座から合計で100万円ほど……抜かれちゃってるんですよ。多分……いや、間違いなく真理亜ちゃんなのです……。必要な金額だけと言いますか、一気に全額抜かれていないだけ……お母さんとしては最低限の良心は残っていると信じたいのですけね」


 おいおいマジかよ。

 それはちょっと洒落にならんぞ。

 悪い友達ができて学校にも行かずに毎晩朝帰り。

 それだけでも兄として色々と思うところがあるのに、親の口座から金を抜きやがっただと?


「それに……マキちゃんでしたっけ?」


「真理亜が小学校の頃から仲の良かった上級生だよな。今は高校1年だったか?」


「あの子と今もつるんでいるみたいなんですけど……あの子も悪い噂しかなくて」


「っつーと?」


「どうにも、あの子も万引きやコソ泥なんかをしていたらしいですよ?」


 おいおい、マジで悪い友達のせいで道を踏み外しちまっているみたいじゃねーか。

 さて、どうしたもんか……と俺の頭痛は強くなっていく。


「マキちゃんと仲良かったグループのみんなも家に戻っていないみたいですし」


 と、そこで携帯のアラームが鳴った。

 そろそろ学校に向かわなくちゃ遅刻しちまう。


「分かった母ちゃん。この件は俺に預けてくれ。俺はとりあえず学校に行かなくちゃならん」


「はいなのです」


 そうして、俺は鞄を片手に玄関へと向かった。


「ってか、100万か……」


 どうしてそんなに金が要るんだ?

 クスリにでも手を出したか? あるいは……ホストクラブとかか?


「マジで……洒落にならん状況みてえだな」


 ハァ……と、俺はため息をついた。


 最悪の場合は不良グループに対する実力行使も視野にいれねえとな……。


 そんなことを考えながら、俺は玄関を開いて学校に向かったのだった。





 席に着く前、俺はレーラに朝の挨拶をしようと声をかけようとした。

 でも……何というか、話しかけちゃいけないようなオーラを全力で出していたので俺は黙って席に座った。

 ほどなくして、黒ギャルが教室に現れた。

 右目の瞳が白色がかっていて、右利きのはずなのに左手で鞄を持っていた。

 っていうか……と、俺は絶句した。


「おい、レーラ?」


「何よ?」


「あれ、右目完全に見えてないし右手も動いてないわな? 右手の肩は俺が昨日外したが、キッチリ肩はハマっているはずだ。恐らく、両方共に神経からオシャカになってるはずだ」


「……うん。多分そうだと思う」


「それに、あの人……白髪が異常に増えてねえか?」


「……これは多分じゃなくて、本当に白髪が増えてるね」


「お前……何かやったのか? 月宮さんに」


 そういえば昨日、拉致ってどうこうとか言ってたしな。

 基本的にヴァチカンは何でもありって話しだし……。

 そこでレーラは首をブンブンと左右に振った。


「何もしてない! 何もしてないんだからねっ!」


 その反応で俺はレーラに詰め寄った。


「何もしてはないけど、何かはあったんだよな?」


「……うん」


「どういうことなんだ?」


「私にも分かんないのよ」


「っつーと?」


「実はね……」


 レーラ曰く、月宮さんは闇の勢力の手練れだったらしく、昨日……阿倍野先輩と一緒に接触したらしい。

 で、覚醒っぽい何かの後、突然に襲い掛かられて速攻でトンズラをかましたらしいが……。


「どうして逃げたんだよ?」


「実際問題として、あの程度なら私なら余裕で対処はできた。覚醒っぽい感じの月宮雫でも、多分……九尾戦の頃の阿倍野輝夜程度の力量だった。でも、阿倍野輝夜が、どうせ自壊するからって……」


「自壊?」


「私も驚いてるのよ! で、突然のアレでしょ?」


「阿倍野先輩は?」


「阿倍野家の恥部だから、今は詳しく聞かないで欲しいって……私にも全然教えてくれないのよ」


 ふーむ……これは捨て置けなさそうな話だな。

 基本的にあの人はプライドがクッソ高いからな。そのせいで九尾の時も危なかったし。

 ってか、真理亜の件と良い、今回のこれと良い、イベントが大量に起きすぎだろ。


 そうして俺は席から立ち上がり、月宮さんの席へと向かおうとする。


「駄目。辞めときなさいっ!」


「っつーと?」


「阿倍野輝夜からの伝言よ。『貴方は今はMPの回復に努めなさい。これは阿倍野家の問題よ。それに本当に困った時はちゃんとお願いするから・・・』って話よ」


「……面倒くせえな」


 とはいえ、リンフォードの時にMP切れで阿倍野先輩には迷惑をかけているだけに、俺も強硬な態度には出られない。

 あの人がいなかったら実際にあの時に詰んでたからな。

 で、何だかんだで俺はあの人の喧嘩の上手さを買っている。あの人がまだ俺が介入しなくても良いといっているなら、その段階にはないのだろう。

 そんでもって日本の裏社会の関係の問題は、今後も俺が直面していく問題だろう。

 体面上は上手く取り繕っているとは言え、実質的には阿倍野先輩とレーラは俺の庇護下にあるし、彼女たちもそれは自覚している。

 何かあったときにこっちの決戦兵器である俺が、MP切れで役立たずとなっちゃあ目も当てられない。

 まあ、ここは阿倍野先輩の意向に従っておくか。


「ともかく……本当に面倒なことになってるみたいだな」

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