第88話魔法少女2

 サイド:月宮雫


 放課後、ホテルへの帰り道の途中、あたしは森林公園のベンチに腰かけて溜息をついた。


「何で……右目の視力が無くなってんだよ」


 異変に気づいたのは朝だった。

 右目が見えなくなってて、それで……右手も動かなくなってた。

 気持ち良く化け物共をぶっ殺せるっつーんで魔法少女の契約をしたってのに……何なんだよこれは? 


「どうなってんだよ!? ドーミンっ!?」


 あたしは……あたしをこの道に誘い込んだ熊のヌイグルミ。

 普段はカバンにつけられて擬態している――マスコットに向かって叫んだ。


「キシシ……ボクは言ったよね? 魔法少女は代償を伴うってさ」


「確かにそんなことは言ってたが……こんな事は聞いちゃいねえぞ?」


 と、その時……ブレザー服姿の中学生が私の前に現れた。


「テメエは?」


「……森下真理亜」


 なるほど……と、あたしはコイツが何者かを正確に把握した。

 っていうか、あたしと同じ存在だってのは対峙した瞬間に分かった。


「テメエがこの町を仕切っている魔法少女か?」


「……今はそういうことになっているね」


「で、どうするんだ? 縄張りに入り込まれてお怒りってところか?」


「まあ、私たちは多量の妖魔を必要とするから。純粋に利害関係を考えた場合、貴方のことは不快」


 マジカルステッキを振り上げ、私は変身の体勢を取ろうとする。


「じゃあ、殺し合いを始めるってのかい?」


 フルフルと森下真理亜は首を左右に振った。


「今日は忠告に来ただけ。一応、先輩として、何も知らない貴方には最低限のことを伝える義務は私にはあるだろうから」


「先輩として……だと?」


「昨日……バースト:セカンドは……使用する必要もなかったよね。そもそも敵じゃなさそうだったし」


「ああ? 敵になる可能性はあるだろうがよ? で、そっちのほうが力が出んだろうよ?」


「別に忠告する義理もないんだけど――あなた……そんな戦い方してたらすぐに正気を保てなくなるよ?」


「ハア?」


「まあ、私としてはこの狩場であなたっていう存在がいなくなれば楽でいいから……別に良いけど」


「何言ってんだよ」


「妖魔の数は限られているの。あんたは魔法ステッキのシステムを何も知らない……まあ、それはそれで幸せでいいのかもしれないけどね」


「ハぁ? さっきから何を言ってやがるんだ?」


「魔法少女の力を楽しい……リリカルでファンシーな、そんな素敵なものと思っているの?」


「化け物をぶっ殺してスッキリできる! こんな楽しいことがあるか?」


「まるでゲーム感覚だね。だったらそれは大間違い」


 そうして、森下真理亜と名乗ったメスガキは、あたしに向かってうんざりとした口調で言った。


「西洋では魔女と呼ばれ忌み嫌われ、そして日本では魔法少女の歩む道は――修羅の道……人修羅と呼ばれる」


 彼女は後ろ手を振りながら、吐き捨てるように言った。


「忠告はしたから。縄張りに勝手に入ってきたあんたにこれ以上世話を焼くつもりもない」


「上から目線で偉そうにっ!」


 あたしはマジカルステッキを振り上げて、魔力を開放して変身を開始した。


「……また、無駄な変身を……。討伐と変身の因果についてはドーミンから聞いているよね?」


「んなもん知るか! あたしはテメエが気にくわねえっ!」


 魔法少女化し、あたしは紫の衣装を身にまとう。

 そして、変身を終えると同時、森下真理亜に飛びつき腕ひしぎ十字を仕掛けた。


 ――おっし、ガッツリ右手を捕らえた!


 このまま地面に引きずり倒して……地獄の関節カーニバルをしかけてやるっ!


「……え?」


 倒れない。

 腕に絡みつく私を抱えたまま、森下真理亜はその場で立ちすくんで微動だにしない。


「本当に素人同然。あなたの格闘術は未だに普通の人間相手を前提とされている。この程度の重心操作で……どうやって変身前とはいえ、歴戦の魔法少女を崩して地面に引きずり倒せると?」


 仁王立ちを決めたまま、森下真理亜は腕を振って力づくで私を引き剥がした。

 そう、技も重心移動も何もない、身も蓋もねえ純粋な筋力で……あたしを引きはがしやがったんだ。


「へへ、通常状態でそれか……」


「魔法少女の階位でいうと私は最高位……だから」


「なるほど、これが先輩の力って奴か? なら――」


 と、同時、あたしの周囲に紫色のドス黒いが包んだ。


「バーストっ! 魔法少女形態セカンドっ!」


 元々ゴテゴテ気味だった魔法少女の衣装がさらにゴテゴテとしたものになっていく。


「はは、こうなっちまえばあたしは誰にも負けないっ! 関節の悲鳴を聞かせてやんよ――って……えっ!?」


「……ハートブレイク」


 桃色のオーラで作られた弓矢を構えた森下真理亜。

 そして、あたしの胸にはオーラの矢が突き刺さっていた。


「一応、峰打ち」


「カハッ……!」


 無様にもあたしはその場で膝を突いた。

 恐らく手加減を施したということだろうが、これは矢による刺突ではなく、純然たる打撃技だ。

 ハートブレイクの名前どおり、心臓に打撃を加えて血流に致命的な支障をきたして行動不能に陥る。

 そういえば、ボクシングにもこんな技があったっけか。


「力の差は分かったよね?」


 再度、森下真理亜は後ろ手を振りながら、吐き捨てるように言った。


「これ以上の干渉はしない。この街から消えれば深追いもしない。それじゃあ」


 上から目線で……オマケにあたしに手加減だと?



 ――気にくわねえ! 本当に気にくわねえっ!



「魔法少女……フルバーストだっ!」



 あたしの周囲を漆黒のオーラが包み――そしてあたしの脳は高揚感に焼かれていく。

 全知全能、あるいはそれ以上。

 ゴテゴテとした衣装のフリルが一枚、また一枚と消えていき、あたしを包む衣装は半裸と言っても良い様なモノとなる。

 溢れる力の奔流を一身に受けながら、あたしは高らかに笑った。


「ははっ! はははっ! ヤベえ! こいつはヤベよっ! 前に覚醒剤(スピード)やった時なんかとは比べもんにならねえ! はははっ! はははははっ!」


 そこで森下真理亜は目を見開いた。

 そうして、悲しげな表情で懐からマジカルステッキを取り出した。


「……無知は罪。人としての生を……辞めたことにすら気づいてはいないんだろうね。ねえ、あなた? マジカルステッキって何か知ってる?」


「何言ってやがるんだ?」


「そりゃあまあ、知らないよね」


 右手に持ったマジカルステッキの中央の核の部分に森下真理亜は左手を置いた。

 そして、念を込める。

 パカリと核の部分が開き、私は絶句した。


「五芒星……?」


 陰陽道の札に包まれた何かを核から取り出し、森下真理亜は札に包まれた何かを取りだした。

 ドロリとした効果音でも聞こえてきそうな感じのソレは――。


「胎……児?」


 五芒星の札に包まれた肉塊を私に見せつけ、森下真理亜は儚げに頷いた。


「これが魔法少女の核。全ては2000年以上前のアレを起因とする一人の少女から始まった。これは――そんな呪いの連鎖。矛を収めてもらえるとありがたい。私たちは敵ではない。同じ境遇の同胞(はらから)。一応、今からでも延命はできる。聞く気があるなら説明の用意はこちらにはあるから」


「……ともかく、あたしはテメエが気にくわねえっ!」


「是非もなし……か」


 青色のオーラが森下真理亜を包み、そして彼女は―ゴテゴテとした青を基調としたフリルの衣装に身を包んだ。


「こっちはフルバーストだぜ? 普通の魔法少女の状態であたしを何とかできるとでも?」


「……私が屠った妖魔は9万を超える」


「9万……だと?」


「だからこその、レベルアップを重ねての最高位なんだよ」


 森下真理亜から感じる悲しげな圧倒的な霊圧を受け、あたしは思った。


 ――ひょっとしてあたしは……とんでもないモノを相手にしているんじゃなかろうかと。

 

 そうして、森下真理亜は溜息とともに口を開いた。


「そう、私はドーミン曰く、歴史上でも数人しかいない……最強の魔法少女という話」


 そうして、森下真理亜は吐き捨てるように呟いた。


「それじゃあね」


 韋駄天の速度で、桃色の弓矢を構え、そして森下真理亜は私に向けて矢を放った。


 そして私は――。




 サイド:森下真理亜



 この人は……何とかならなかったのだろうか。止めることはできなかったのだろうか。

 今、私は罪悪感にとらわれている。

 結局、フルバーストを使用した以上、どうにもならない……。

 それは私がこの期に及んで峰打ちで済ましたとして、本当にどうにもならない訳なのだけれど。

 と、魔法少女化を解いた私に、黒髪の……とても綺麗な女の人が声をかけてきた。

 この制服は……お兄ちゃんの学校?


「なるほど、本命は貴方だったみたいね」


「……誰?」


「私は阿倍野輝夜。ちょっと、貴方たちの事情に首を突っ込ませてもらうわよ?」


「……日本の退魔師? できれば首をつっこんでくれないほうがいいんだけど?」


「できれば私もそうしたいわ。血濡れの修羅道を生きる連中と関わるとか、面倒に過ぎるもの。でも、そういう訳にもいかないのよね」


「……実際、あなたに関係なくない?」


「私個人には関係なくても、阿倍野を名乗る以上は関係があるわ。出来の悪いご先祖を持つと大変よね」


「……阿倍野……安倍(あべの)……そういうことか。律儀なことですね」


「ええ、そういうこと――話があるわ。魔法少女」


 いや、と安倍と名乗った絶世の美女は言葉を続けた。


「……ねえ、ジェノサイダー?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る