第89話魔法少女その3
サイド:森下大樹
その日の夜。
何やら疲れた感じで真理亜は午後10時に帰ってきた。
リビングを素通りし、妹はカップ麺を片手に自室へと向かう。
そこで、よしと俺は拳を握った。
――真理亜に……ガツンと言ってやる!
父ちゃんも信用金庫の投資信託の関係で海外出張だし、母ちゃんも困っている。
だったら、100万円盗難事件については、俺が言うしかないだろう。
と、そこで俺は真理亜の部屋に向かって……そして途中で自分の部屋へと進路を切り替えた。
やっぱり俺もドキドキするので心の準備も必要だ。
何しろ、不良の道に行っちまった妹への説教だ。そりゃあ俺もドキドキくらいはするだろう。
程なくして真理亜の部屋から大音響の音楽が流れてきた。
俺はウンザリとして溜息をついた。
基本は家にいなくて、家に帰ってきたと思えばコレだ。ご近所さんへの迷惑も半端無い。
やはり、家にいる唯一の男として、ここは俺がガツンと言わなくてはならないのだろう。
決意を新たにして、俺は真理亜の部屋へと向かった。
そして、コンコンとドアをノックする。
「おい、真理亜?」
返事は無い。爆音の音楽でノックの音も聞こえていないのだろう。
「おい、真理亜っ!」
さらに強い目に俺はノックする。
が、やはり返事は無い。
「おいっ! 入るぞっ!」
ドアを開くと――
――魔法少女がそこにいた。
過度にフリルを装着させた、青色の魔法少女。
パクパクと俺は口を開いて……
「あ……」
「あ……」
真理亜もまた、パクパクと口を開いている。
「お……おい、ま……真理亜?」
「な、な、何……おにいちゃん?」
「お、お、お前……さ?」
「何?」
そうして俺は今までの色んなことを思い出していた。
100万円が消えていたことや、真理亜が家に戻ってこないとか、まあ……色々だ。
そうか、そういうことだったのか……と、一つの結論が出た俺は真理亜に尋ねた。
「お前さ……コスプレに……金が必要だったのか?」
俺の問いかけに、真理亜は頬を染め上げながら言った。
「……それって、おにいちゃんには関係なくない?」
真っ赤に頬を染め上げている真理亜。
どうやら、コスプレ現場を押さえられたことが恥ずかしかったらしい。
「お、おう……とりあえず、今日のところは引き下がるが、後日にちゃんと話があるからな」
それだけ言って、俺はドアを閉じて頭を抱えた。
衝撃的過ぎて……とても説教するどころじゃなかったのだ。
ってか……と、俺は思う。
――俺の周囲――色々おかしいだろっ!
・キンダーガーデン
サイド:森下真理亜
お兄ちゃんに変身姿を見られた翌日。
結局、お兄ちゃんはコスプレ姿と誤認してくれた訳なんだけどさ。
まあ、昔からあの人は抜けてるところがあったから、それはなんとなく分かる。
ともかく、勘違いしてくれて本当に助かった。
と、それはさておき私は湘南から何駅か行ったところの山奥に来ている。
途中でホームセンターとスーパーで日用品と食料を買い込んで……まあ、原資はお父さんの預金だ。
そろそろ母さんも気づいているはずだし、いつまでもこの状況が続くとは思えないけれど、それでも私にはこの方法しか残されていない。
山奥の廃校が見えたところで、私は大きなリュックサックを背負いながら大きく手を振った。
「おねえちゃん」
「おねえちゃんーー!」
いつものようにみんなが私を出迎えてくれる。
そうして私は校舎へと入っていった。
「おねえちゃん! ボクはゲームが欲しいー」
「私はケーキっ!」
みんなが……いつものように私におねだりをしてくる。
「うん。買ってあげるから。何でも買ってあげるから」
全員にショートケーキを振舞いながら、私は涙混じりにそう答えた。
「くすねたキャッシュカードのお父さんの口座……残金も15万。ほかの預金口座の通帳もキャッシュカードも印鑑も隠されてしまった。それに、ここいらに妖魔は……もういない」
ケーキを食べるみんなを見て、私は深く溜息をついた。
「……限界は近い。真紀姉……私、どうしたら良いのかな?」
かつて自嘲気味に真紀姉がキンダーガーデンと名付けた場所で、私は涙交じりに天井を見上げた。
サイド:レーラ=サカグチ
「阿倍野輝夜?」
「何かしら?」
「鉄菱重工経営の総合病院に深夜に不法侵入……向かう先は創業者一族の一人娘。この意味は分かるよね? 子供同士のケンカってレベルを超えちゃってるわよ?」
「表の権力者への直接介入。バレれば表の世界への介入として詰められる可能性もあるわよね」
深夜の病院内を、学生服のローファーの音がカツカツと響きわたる。
「で、分かってんの?」
「ええ、分かっているわ。そして、バレ無いためのスキル:神隠しよ」
「……で、月宮雫に対して、私に何を見せるつもりなの?」
「状況は思った以上にヘヴィーよ。既に森下君への応援要請も視野に入ったわ」
「……だから、何を見せるつもりなの?」
「森下君はチェスや将棋で言うなら盤面全てをルール無用で力技で引っくり返すことの出来る……本当に最後の最後の切り札のジョーカーカードよ」
「まあ、そりゃあそうでしょうね。だから今回の件についてはMP温存の為に協力要請もしてないんだし。正直、アイツの存在が公になると、ヴァチカンやら日本のアマテラスやらとの全面戦争もありえるしね」
「ええ、それほどに彼は世界にとって危険なの。そして、彼の下に……ヴァチカンの下位幹部である貴方も……実質的には寝返っているしね。連中が彼を危険視するのは確実よ」
「寝返るって……一応、何年も世話になったところだし仁義は通すつもりなんだケド?」
「ちょっと意地悪な言い方だったわよね。でもね、レーラ=サカグチ?」
「何よ?」
「貴方は私の切れる戦力の手札の中で、最上級のエースカードには入っているわ。その程度には私は貴方を買っているの」
「そりゃあまあ……どうも」
と、そこで阿倍野輝夜は、とある病室の前で立ち止まった。
「いくらなんでも、これからエースカードとして使おうとして思っている人間に……まともに状況を説明しないのも義理に反するわ」
そうして私は絶句した。
「これは……?」
「名前を確認なさい」
月宮雫と書かれたプレートを見て、私はその場でこみ上げるものに耐えかねて膝を突いた。
「戻しちゃダメ……後片付けが面倒よ」
「……」
湧き上がる胃液を堪えながら、私はベッドの上で息をする、かつて少女であったモノに目を向ける。
「どうして……ムッチムチの黒ギャルがたった1日でお婆ちゃんになってんのよ?」
「正確には二日ね。一日で視覚の消失と右手の神経の全損」
「……何なのよコレは」
「魔法少女って何だか分かる?」
「分かんないわよ。分かるわけがないわよ」
「修行も何も無く、契約だけをもって一夜をもって超人となる術式。それが魔法少女システムよ」
「システム……?」
「当然、そこには代償がある」
「……代償?」
そう、と阿倍野輝夜は呟いた。
「命を削って文字通りの刹那の超人となる。最初は五感を初めとした身体能力が奪われることに始まり、そしてこの姿が……最後の代償よ。どうして彼女たちは尋常ではない殲滅速度で妖魔を狩る必要があるか分かる?」
「分かんないわよ」
「狩り続けなければならない理由があるのよ。死すら厭わない羅刹の如き戦場での戦い方。そこには理由はちゃんとあるのよ」
「どういうこと?」
「彼女達は戦い続けなければならない。五感を少しずつ失いながら、それでも戦いを拒否できない」
「どうしてそんなことが……」
「それはもう身も蓋もない理由で強制的にね。そこに転がっている老婆が答えよ」
そして――。
阿倍野輝夜は私に魔法少女のシステムについての解説を始めた。
全てを聞き終え、もう一度老婆と化した月宮雫を見て、その時、私は始めて――魔法少女が修羅の道を生きなければならない意味を、本当の意味で理解した。
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