第90話巣(ネスト) 前編
サイド:阿倍野康雄
さて……と、山奥の廃校のドアを開いた部下を確認したところで、俺は左手で懐を確認する。
迷彩服の懐には小太刀と札――そして右手には89式5.56mm小銃。
国産のアサルトライフルで、一発一発の弾丸に阿倍野本家直伝……っていうか、俺自身が手間暇を使った念が込められている。
白銀と水銀と劣化プルトニウムの混合金属弾で、並みの妖魔であれば触れただけで浄化される特別仕様となっている。
札の残数は4ダース。
今日の調子だとメギドの術式も3発までなら行使可能だろう。
「キンダーガーデンに潜入しました」
これまた、89式5.56mm小銃を抱えた迷彩服姿の部下が振り返ってそう言った。
ちなみに、こいつらの弾丸は混合金属弾なのは一緒だが、念は分家に任せているので、俺のよりはかなり低レベルな弾丸となっている。
「見りゃ分かる。無駄な報告は必要ない……そんなことよりも周囲の確認を怠るな。お前らは霊的探知能力が無いんだから目と洞察力で危険を察知しろ」
人数だけはそれなり……20人もいるが、この中で異能力者は俺だけだ。
20人分の目と洞察能力をもってして、ようやく俺の霊的アンテナと同レベルといったところだろうか。
「しかし隊長?」
「何だ? 副長?」
「隊長ってとんでもない男前っすよね?」
「ああ、そういう血族だからな。俺たちの一族には不細工はいない」
「そりゃあまたどうして?」
「権力者には良い女が集まる。で、ありがたいことに俺らは自由恋愛を許されている。普通は家族同士の政治とかで顔じゃなくて家柄で嫁を選ぶんだろうが……まあ、そういった形で好きに女も選べる。1000年以上そんなことを繰り返していれば、当然――美形の遺伝子が蓄積されるんだよ」
「なるほど」
「そんなことよりも無駄口を慎め。既に魔法少女の巣(ネスト)の中だぞ」
そこで、先頭の部下が廃校舎の一室を開いて、軽く悲鳴を上げた。
部下はその場で腰を抜かしてしまい、俺は周囲に神経を張り巡らせる。
「霊圧は感じない……か。まだ、危険じゃねえな」
安全と判断し、俺と副長は小走りに駆け寄った。
一室――かつては職員室だったと思わしき部屋には4つのベッドが置かれていた。
そして、そこで眠っていたのは……かつて、魔法少女だったモノだった。
彼女たちの姿を確認し、副長は露骨に顔をしかめた。
「っちゅーか隊長? 魔法少女っつーから期待したんですけどね」
「と、いうと?」
「今回の任務は治外法権的な感じでしょ? JKやJCをレイプし放題なノリじゃないですか」
「……」
「いや、下手すりゃJSもいるわけでしょ? 実はオレ、今回の任務聞いてオナニー1週間我慢してるんですよね」
「……」
「それがこれでしょ?」
全身シワまみれで、枯れ木のような手足。
背骨と筋肉が縮んでしまって、見た目的には90歳超えだろうか。
報告書どおりに痴呆も進んでいるようで、自分一人では排せつ物の処理すらできないらしい。
蠅の羽音と共に、むせかえるような悪臭が俺の鼻孔を襲った。
「キンダーガーデンの主(あるじ)……現役の魔法少女(ジェノサイダー)は留守のようだな」
「しかし本当にくっせえな。ねえ、隊長? 昔見た世界的に有名な超能力系のアニメ映画に……こんな気持ち悪いガキ共が出てきたことがあって、トラウマなんですわ。はー……テンションダダ下がりですわ」
「ああ、そのアニメなら俺も見たことがあるよ。確か、超能力開発の為にクスリ漬けになって全員老人化したんだっけか」
「クスリ漬けと魔術漬けっすか……まあ、似たようなもんですね」
「……ところで副長?」
「なんっすか?」
「特務部隊は自衛隊のエリートだと聞いたが? どうしてお前みたいな品性下劣なやつが混ざっているんだ」
「あれ? 隊長はご存じない? 確かにエリートはエリートですよ? ただし、筋肉と……暴力のね」
「……暴力のエリート?」
「まあ、隊長は他組織からの派遣ですからね。俺らは部内では影で犯罪者集団と呼ばれているんですよ」
「犯罪者……集団?」
「強姦や、あるいは洒落にならない暴力事件を起こした者が……懲戒免職か自主退職かの2択を迫られるアレの経験が全員にあるんですよ。運動能力がS級の隊員の中で、更に天涯孤独の身の連中限定だけですけどね」
「普通は強姦は2択以前の問題で一発免職だろうがな。それで?」
「そんな時……勧められるんですよね。ここへの配属を。まあ、要は吹き溜まりですわ」
俺は深くため息をついた。
「どうしたんですか? 隊長?」
「とんだ貧乏くじを引かされたようだ。これでも俺は阿倍野本家でもトップエリートなんだがな。いや、異能力者の立場も科学が進むに連れて悪くなっているということか」
「と、おっしゃると?」
「平安時代なら……今で言う県知事クラスで、ようやく俺と対等に口をきくことができたんだ。俺たちは――そういう血族だ」
そこで副長は満面の笑みを浮かべた。
「まあ、今は犯罪者まがいの集団の隊長ですけどね」
再度の深いため息と共に俺は口を開いた。
「当主を通じてここの人員の質的改善を促してみるよ」
「ええ、それが良いでしょうな」
悪びれもせずにそう言う副長を見て、頭痛が強くなってきた。
とはいえ、この連中は素人にしては練度は高いし、装備は俺たちが監修している。
対妖の特殊部隊としては……まあ、それなりだろう。少なくとも分家の連中を5人連れてくる程度の戦力にはなる。
つまりは――捨て石程度には使える訳だ。
「副長? ところで、どうして魔法少女が仲間を守るか分かるか?」
「気持ち悪いガキ共の習性なんて興味もありませんが……」
「相互扶助でずっと連中は生きてきているんだ。連中は生きるために生体エネルギーであるチャクラを必要とする。倒した妖魔から生体エネルギーであるチャクラを吸収し、自らの枯渇した魂を補充するんだ」
「ふむ……」
「だが、魔法少女の燃費は馬鹿みたいに悪い。エネルギー収支は馬鹿悪いんだ。で、チャクラが足りないとこうなる」
「だから、妖魔の殲滅が必要……と。でも、相互扶助ってのは?」
「これは、優しさを食い物にするエゲつないシステムなんだ。考案者の頭の中を解剖して見てみたいくらいに……意地の悪いシステムだ。まあ、実際に解剖すると副長と同じような脳内構造になっているだろうがな」
「サイコパスって奴ですか? はは、こりゃあ良い。そいつとなら良い酒が飲めそうですぜ」
その言葉で俺は呆れて押し黙る。
本当に貧乏くじを引かされたようだ。
あまりにも……人員の質が悪すぎる。いや、そうでもないか……。
頭がイカれているからこそ、修羅場で命を奪うことには躊躇いがない。
そういう意味ではこの人選は……適切なのかもしれないな。
「ともかく、ここに転がっている魔法少女の成れの果てを処分しろ。上からの命令だし……殺してやったほうがこの娘たちにとっても救いだろう」
「優しさを食い物にするって部分を聞きたいんですけど?」
「もう、お前とは口をききたくない。そういう気分なんだ」
「はいはい、わかりましたよ」
小銃をベッドに副長が向けた時――
――と、そこで廃校舎入り口付近に配置していた隊員が叫んだ。
同時に感じる圧倒的な霊圧。
「来ましたっ! 魔女……人修羅――いえ、魔法少女ですっ!」
「ヴァチカンの次は自衛隊……私たちは……私たちはただ……生きようとしているだけなのに……」
「あいにく、これが世界からのお前たちへの正当な評価だ。暴れすぎなんだよ、お前らは」
狂気染みた瞳で、青色の衣装に身を包む少女は獣のように咆哮した。
「真紀姉達に――手を出すなあああああああっ!」
猛烈な速度でこちらにやってくるソレを確認し、俺は小銃を構えた。
「怖い怖い。猛り狂う魔法少女……か。まるで産後の……子供を守る母ヒグマだな」
そうして、俺と19名の隊員たちは、通路の向かい側20メートルに位置する目標に照準を合わせて――
――引き金を一斉に弾いた。
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