第91話巣(ネスト) 後編

「洗礼を受けた水銀・プルトニウム・純銀をミックスさせた破魔の弾丸で武装したサブマシンガン持ちの特殊隊員19名、そして……阿倍野本家から派遣されてきた特務大尉である俺」


 タタタタタっと、タイプライターのような音が鳴り響き弾丸が魔法少女に向かって飛んでいく。


「まあ、同情はするが、こっちも必死だ。過去の負債を清算せんとカッコはつかないわな――阿倍野として」


 と、その際、青色の魔法少女は天井へと飛んだ。


「立体……行動だとっ!?」


 壁と天井と蹴りながら、魔法少女は中空を飛びながらこちらに向かってくる。

 サブマシンガンの弾幕は、地上数十センチから1メートル半程度の空域に対する攻撃を前提に作られている。

 そう、つまりはあくまでも人間相手の武器なのだ。


 そうであれば……相手が人間ではないモノであれば、どうなるだろうか。

 壁や天井を走り、縦横無尽に壁から壁を飛び移るような魔性のモノ相手であればどうなるだろうか。


「だから……俺は正式採用はショットガンにしろって言ったんだよ」


 せめて、今回の作戦の限っては司令室の指示を無視して、点、あるいは線としてではなく面を制圧する武器……空を飛ぶ鳥にも有効に動作するショットガンを持たせるべきだったか。

 基本的に指令室は妖魔を、普通の大型のクマか何か程度の害獣だと思っている。

 俺たちが相手にしているのは、縦横無尽に闇夜を飛び回る……翼の生えた大型のクマだと思えと何度も説得したんだが。


「ギャっ!」


「ギッ!」


 で、弾幕を突破されてこのザマだ。

 悲鳴からして瞬く間に2名殺された。


「天井と壁があるのは武器特性的に不利過ぎるっ! 階段を登って屋上に向かうぞ……そこで仕切りなおすっ!」


 階段を駆け上がっている最中、部下たちの悲鳴が何度も校舎内に響き渡っていく。


 と、そこで腰の無線機が鳴った。


「はい、こちら阿倍野特務一尉」


『司令室だ。横槍が入った。作戦を中止――』


「いや、中止って言われても……現場ではもう始まっちゃってるんですよね。現場の判断はこちらでやります」


『ダメだ。現場の判断には任せない。交戦を中止して今すぐ撤退だ。連中からの横やりが入ったんだ。素人に任せていたら無駄に死人が出るだけだからやめさせろと』


 無茶苦茶言ってくれる。

 防衛大学でシゴかれてるから、ガチの官僚よりは大分マシとはいえ、これだからトップエリートの霞ヶ関のスーツ組は……。

 現場で命張ってるのはこっちだぞ。

 生き死にを数字でしか扱えない……会議室で生死を決める連中に俺の命を預けられるか、この頭でっかちどもめ。


「交戦で通信器が損傷。これ以上の通信は不可です。通信……切ります。なるべく退避の方向で善処します」


『おいっ!?』


 まあ、故障ってのは嘘だけどな。

 っていうか、そもそも俺は自衛隊の所属ではないから、鉄の掟の指示系統に従う義理もそのつもりも最初からない。


 と、階下から更に悲鳴が鳴り響く。


「くっそ……」


 やはり、無理やりにでもショットガンの携行をねじ込んでおけば……。

 いや、今更言っても始まらない。

 司令室と揉めるのを嫌って、最終的に了承したのは俺の責任だ。


 廃屋の屋上へと通じるドアを蹴破り、俺は大声で叫んだ。


「扇形に散会しろ! ドアから出てきたところで……たっぷりと特殊弾を叩き込んでやれっ!」


 俺の言葉が空しく周囲に木霊する。

 そしてドアから出てきたのは……青色の魔法少女だった。


 特殊弾をいくつか被弾しているのか、破けた衣装とかすり傷がところどころに見える。

 ってか、あの弾丸を受けてもかすり傷程度……か。

 本当に化け物だな。


「……ところであんた? 誰に命令しているの? もう、あんたのお仲間……全滅してるよ?」


「……マジ……かよ」


 泣きたくなってきた。

 ってか、間近で見たら良くわかる。何なんだよこの霊圧は。

 尋常じゃねえってレベルを超えてやがる。


 

「……で、どうする? 私は巣(ネスト)を守る蜘蛛として侵入者を排除しなければならないんだけど」


「はは、こりゃダメだ。想定よりも遥かに戦闘能力が高い。どうにも撤退も不可だな……。つっても、こっちも伊達に本家でエースと言われちゃいない」


 サブマシンガンを放り投げて、俺は懐から札を取り出した。


 魔法少女に札が飛んでいき、爆発音と共に屋上が煙に包まれる。


「雷符は……ほぼ効果なし、メギドですらも有力打とはならない……か」


 全身をススに塗れ、破けてはだけた肩口に大火傷を負いながら、魔法少女はニヤリと笑う。


「……なるほど。素人の集団の中に……きちんと虎は混じっていたみたいね」


 魔法少女は青色のオーラに包まれ、その全ての傷口が修復していく。

 そして、更にゴテゴテとした衣装を身にまとった。


「バースト2……か。しかし、そんなことを続ければ早晩……貴様の命は燃え尽きるぞ?」


「……それってあんたに関係なくない? まあ、10万匹の妖魔を討伐すれば経験値システムへの干渉権限を得ることができるようになる。全ての問題にカタがつくようになってるから……時間としては後……数日。だましだましでも、そこまで体が持てばいいから多少は大胆になってもいいの」


 ハァ……と、俺はため息をついた。


「チっ……こんなことなら生命保険……もうちょっと張り込んでれば良かったな。商売柄……掛け金クッソ高いからどうしようもねえが。ともあれ――」


 俺は、再度、懐から札を取り出した。


「――遺族年金と見舞金はフンパツしてよろしくお願いしますよ。幕僚長閣下」



 そうして俺は34年の生涯を閉じることになった。

 

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