第86話月宮雫
その日の帰り道。
阿倍野先輩は本家からの呼び出しを受けたとのことで、高校を早退したので俺はレーラと返っていた。
「しかし……あの女は一体なんだったのよ」
「ああ、とんでもなく濃いキャラだったな」
「いや、それもあるんだけどさ、アイツ……変だったのよ」
「変だった?」
「瞳に魔力を帯びてなかったのよ。でも、体の周囲には微弱なオーラが出ていて……」
「っていうと?」
「いや、現代地球の異能力者って瞳に魔力を帯びているのがセオリーなのよ。私はあっち出身だけど、戦闘を仕込まれたのはヴァチカンだしね。で、向こうみたいにレベルアップのシステムもないしステータス強化に特殊な術式が瞳を起点にして行われるのよ」
「ふむ」
「阿倍野輝夜も最近は何故だか微弱なオーラを身にまとうようになったし、アンタもそうだし、リンフォードもそうだった」
「つまり、微弱なオーラはレベルアップの結果の現象だと?」
「うん、そう思う。それで……あの女もそうだったのよ。それに、いくら魔装化してないとは言え、私が……たとえプロの格闘家レベルが相手だったとしてもやられちゃうワケないし」
「ふーむ……阿倍野先輩に相談してからこちらも色々と考えなくちゃならねーな」
あの転校生の爆乳黒ギャルは色々とキナくさいってことか。
まあ、それはさておき……。
「ところでレーラ?」
「何よ?」
「結局、リンフォードの件はヴァチカンにはどういう報告をしたんだ?」
しばし何かを考えて、レーラは憂鬱気に口を開いた。
「殺戮者達(デストロイヤーズ)……」
「デストロイヤーズ?」
「ねえ、アンタ? 魔女狩りって知ってる?」
「中世ヨーロッパの悲劇だろ? それくらいは知ってるよ」
罪もない女子供を、魔女と決めつけて拷問やら火あぶりやらをやっていたっていう人類の黒歴史だな。
「悲劇ってことには一般的になっているけど、アレはアレでちゃんと理由があるんだよね」
「っつーと?」
「ヴァチカンの仕事は霊的治安の管理なのよね。で、中世のある時期に魔女……あるいは殺戮者達(デストロイヤーズ)と呼ばれる集団が猛威を振るったのよ。で、その連中がヨーロッパ中の妖魔を猛烈な勢いで狩り始めたの。ヴァチカンに管理されない集団による妖魔の狩りだから、当然……組織としては歓迎すべき状態にはならないわね」
「……結局はどこの組織が、霊的管理の仕切りをするかっていうくだらない話に帰結すんのか? それで魔女狩りみたいなもんが行われたっつーなら、それはやっぱり悲劇で愚行なんじゃねーか?」
フルフルとレーラはそこで首を左右に振った。
「連中は一般人を巻き込むことも厭わないようなマジキチ揃いよ。実際に甚大な被害が出た。まあ、だから一般人を大量に巻き込んでしまった魔女狩りなんていうことも起きたんだけど……」
「一般人巻き込むって……それはヴァチカンも一緒だろうよ?」
「前回の百鬼夜行の話?」
「ああ、下手すれば横浜壊滅レベルの大事だったんだろ?」
「そのことなんだけどさ、リンフォードの独断って言うセンもあるけど、最近……かなり上層部がおかしいことになってんのよ」
「どういうこっちゃ?」
「ある程度は手段を選ばないのは昔からだったんだけど、それでも最低限のルールはあったの。政治の世界には不介入だし、裏の理屈は表には持ち込まなかったんだよ。その関係でアメリカと敵対寸前だし……」
「……」
「今から考えると、あの指示はやっぱりおかしいんだよね。普通に大げさな外交問題に発展するし……ね」
「で、話は逸れたが、お前はヴァチカンにどういう報告を?」
「そうそう。そもそも論として、私が派遣されてきた理由の一つに殺戮者達(デストロイヤーズ)の調査と対策があったんだよね」
「それってつまり……?」
「そう、ちょっと前から日本で大規模なデストロイ現象が起きているのよ」
おいおいマジかよ。
実は日本の裏社会は結構色々問題を抱えていたんだな。
「で、それを上手く報告に利用させてもらったってことなんだけなんだけどね」
「まあ、上手いことごまかせたんだったらそれで良いが……」
つってもまあ、いつまでも俺が勇者ってバレずに過ごせる感じもしねえんだよな。
こいつらと付き合っていく以上はいつかはそんな事態になっちまうだろう。
「あ……」
「どうしたレーラ?」
「月宮雫……」
レーラの視線を先を見ると、そこには黒ギャルのGカップ女子高生が歩いていた。
彼女はこちらに足早に向かってくると右手を軽く挙げてレーラに声をかけてきた。
「よう、負け犬」
「負け犬ですってっ!?」
「朝から盛大にあたしにボッコボコにされたんじゃん?」
「くっそ……こっちにはアンタには色々と聞きたいこともあんのよっ!」
「聞きたいこと?」
「森下大樹? もう、面倒だから……こいつ……ボコって拉致って色々吐かせちゃうわよ?」
レーラ……いや、アリエル。
どうしてお前は……そんなに残念な子に育ってしまったんだ。
昔のお前はそんな感じじゃなかったぞ……と俺は物凄く残念な気持ちになった。
そうして俺は二人の間に割って入り、今にも月宮さんに掴みかかろうとするレーラの肩にポンと手のひらを置いた。
「辞めとけ」
「いや、でも……」
「いいから、辞めとけ。今は辞めとけ」
そうして俺は月宮さんに振り替える。
「朝も言ったよな? こいつは俺の友達なんだ。仲良くしてやってくれねーか?」
「はは、お手手を握り合って仲良しこよしってやつか?」
「ああ、そして俺も月宮さんもクラスメイトだ。これから仲良くやっていこうぜ」
俺は月宮さんに右手を差し出した。
「握手しろってことか?」
「ああ、そういうことだ」
月宮さんはスっと右手を差し出し、そしてクスリと笑うと同時に俺の右手を掴んだ。
「あたしに……武術家に手を差し伸べるってことが……自殺行為だって分かってんのか?」
そのまま月宮さんは自分の右手で、俺の右手を捻って立ち関節に移行しようとする。
まあ、そうくるだろうな。
これは想定済みだ。
だから、俺も想定通りに右手に少しだけ力を入れた。
「なっ!? テ……テメエっ!?」
「どうした?」
驚いた表情を浮かべながら、バックステップで月宮さんは俺から距離を取った。
そして彼女は左手を懐に入れて、俺に小さい紙を差し出してきた。
「……名刺?」
「3日後の新月に……テメエにいいもん見せてやるよ。そん時に連絡してやるから、あたしからの連絡だって分かるようにケータイに番号とアドレス登録しとけ」
それだけ言うと、月宮さんは左で後ろ手を振りながらその場から去っていった。
サイド;月宮雫
帝国ホテルのスイートルームで、あたしは上半身裸で鏡の前に向かっていた。
「森下大樹……か」
手を握った瞬間、私はあいつの手首関節を取りにいった。
それは刹那の出来事で、例え相手が玄人でも対処は不能なはずだ。
だからこそ、武術家に手を握られるという行為は恐ろしいのだ。
が、捻り上げようとしたあいつの手首は……どれだけ力を入れても、曲がるどころか微動だにせず、いつの間にか……気が付けば……こうなっていたのだ。
「ったく、あたしが何をされたかも分からないうちに……肩の関節を……外されちまっただと? ってか……こりゃあ本当に笑えねえな」
プランプランと――違う生物のように重力に従って振り子のように揺れている右手。
私は肩関節を無理やりにハメながら、呟いた。
「まあ、こりゃあ……退屈な学生生活にはなりそうにもねえな」
そうして鏡に向けてあたしは不敵な笑みを浮かべる。
「森下大樹! テメエには魔法少女としてのあたしの……地獄の関節カーニバルをお見せしてやんよ」
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