第85話魔法少女編 プロローグ


「おかわりっ!」


 今日の朝飯のメニューは、昨日の残りの殺人焼きそばに……デビルソースがたっぷり使われたエビチリだ。


 焼きそばの酸味が効いて、口の中が酸っぱくトロけたところでエビチリを放り込む。


 酸っぱい!


 辛いっ!


「旨いっ!」


 最高だ。朝から本気だした母ちゃんの飯を食えるなんて俺はどれだけ幸せなんだ。


「うふふー美味しいですかー?」


「ああ、最高だぜ!」


「そりゃあ良かったですー」


 ニコニコと母ちゃんが微笑んだところで、玄関から声が聞こえてきた。


「……ただいま」


 家の構造上、玄関からリビングは直通だ。

 つまり、どこの部屋に行くにしてもリビングを通る必要があるのだ。

 ガチャリとリビングのドアが開くと同時に俺は声を荒げた。


「おい、真理亜(マリア)っ!」


「……何?」


 気だるそうに応じたのは13歳の俺の妹だ。

 身長は150センチくらいか、で……華奢な体型で肌が透き通るように白い。

 生まれつき髪の色素が薄く、若干青みがかった淡い髪色……目鼻立ちもしっかりしていて、我が妹ながら、美人というか……可愛いと思う。

 胸はまあ、成長途中ということでレーラばりにぺったんことなっている。

 と、まあそれは良いとして……。


「真理亜ちゃんは朝ごはんはどうするですかー?」


「……メニューは?」


「昨日の残りの殺人焼きそばとエビチリですよー?」


「……パスしとく」


「そうですか……」


「カップラーメンもらうから」


 リビングの棚を物色して真理亜はカップ麺を取り出した。


「おい、マリア?」


「何? お兄ちゃん?」


「朝帰りだってのに一言もなしなのか? それに、ここ最近……学校も行ってないって聞いたぞ? 連日……どこかを泊まり歩いているみてえだし」


 はあ、と心の底から気だるそうに真理亜は応じる。


「……別にお兄ちゃんに関係なくない?」


「関係ないってお前……それに、母ちゃんの飯を食わずにカップラーメンだと?」


「……ねえ、お兄ちゃん?」


「何だよ」


「母さんの本気出したときのご飯……本当に美味しいと思ってるの?」


「ハア? 最高じゃねーかっ! どんだけ金を出したってここまで美味い飯は……どんなレストランでも出てこねえだろうがよ」


 真理亜はため息をついて首を左右に振った。


「……正直、食べられたもんじゃない。こんなの……食べ物だなんて私は認めない。生ゴミどころか――毒物じゃない」


「味の好みがあるのは分かる。本気出したときの母ちゃんの飯は確かに強烈だしな。だが、生ゴミだと!? 毒物だと!? 母ちゃんが一生懸命つくってくれたもんじゃねーかよ!」


 俺の言葉を聞かずに給油ポッドで真理亜はカップ麺に湯を注ぐ。

 そして、テーブルに置かれていた割りばしを右手に、カップ麺を左手に歩き始めた。


「……もう私眠いんだけど? 部屋に行くから」


「おい、待て真理亜」


「……何で? 待つ理由なくない?」


「学校にも行かずにロクに家にも行かずに毎日毎日お前は何をやっているんだ?」


「……だから、それってお兄ちゃんに関係なくない?」


「悪い友達ができたって話を聞いたぞ? 道を踏み外そうとしてんじゃねーかって……母ちゃんがどんだけ心配してると思ってんだよっ!」


 言葉を無視して真理亜は俺に背を向けて、部屋へと続く階段へと歩き始めた。

 そして俺は真理亜の肩を掴んだ。


「おいっ! 待てよっ!」


 そうして真理亜は振り返り、俺をキっと睨みつけた。


「……説教とかマジうざいんですけど」


 それだけ言うと真理亜は俺の制止を振り切って、カップ麺片手に自室へと歩いていったのだった。






 その日の朝のホームルーム。


 セラフィーナ先生が連れてきた黒ギャルは、Gカップはあろうかという胸を突き出しながらこう言った。


「転校生のあたしの名前は月宮雫。世界に名だたる鉄菱重鋼の創業者の一族でオヤジは株式の10パーを所有している。で、中国で飛び級を重ねて、そっからイギリスに留学して大学院を卒業してる。まあ、いわゆる天才って奴だな。後、日本ではポップティーンネージャーっていう雑誌でナンバーワン読者モデルをしてる。まあ、そんな感じでヨロシクな」

 

 キャラ濃すぎるわ!

 黒ギャルで大金持ちで天才でギャル系雑誌の読者モデルだとっ!?

 と、そこで俺の隣の席のレーラが立ち上がった。

 そうしてヴィシっと効果音と共に、薄い胸を張ってレーラは右手人差し指を月宮さんに向けた。


「ちょっとアンタっ!」


「あ? なんだよ?」


「私と……キャラ被ってない? 飛び級キャラは一人で十分なんだけど?」


「あ? ああ、担任から聞いてるよ。そういやテメエはアメリカの歴史のうっすいコロンビア大学とかいう大学院を飛び級で卒業だったっけか?」


 ってか、レーラはコロンビア大学だったのか。

 こいつマジで天才だったんだな。


「ええ、そうよ」


 勝ち誇った表情を月宮さんは浮かべる。


「わりいな。あたしはケンブリッジ大学でテメエのところは歴史が違うんだわ」


「ハァ? 何言ってんの!? 実績や学閥ランキングでは大して変わらないじゃないっ!」


 コロンビア大学院VSケンブリッジ大学院か。 

 すげえな……。

 この会話は、断じて……断じて……偏差値50の高校2年の教室内で繰り広げられて良いようなレベルの学歴自慢対決じゃねーぞ……。

 阿倍野先輩も東大の医学部を現役で余裕レベルの才女って話だし、俺の周囲マジで色々頭おかしい。

 あの人、物理の問題を教科書に載ってない微分積分使った解法で解くらしいからな。

 捻くれてるって言うかなんていうか……。

 そして驚くことにあの人、生まれてこのかた授業を受ける以外の勉強という行為をしたことがほとんどないらしい。

 まあ、あの人も飛び級制度があったら普通にこいつ等レベルなんだろうな……。

 それは良いとして……。


「実績? ああ、そういうこと言う奴いるよな。過去の科学史や経済史でどんだけウチらの大学が貢献してるっつーの。たかだか200年程度のポっと出の大学が何言ってんだっつーの」


「……」


「オマケにジブンさ? さっきから胸張ってけどさ?」


「何よっ!? 文句あんのっ!?」


「胸ちっちゃくね? っていうかぺったんこじゃね? 薄い胸張ってえっらそーに虚勢張っちゃって……マジうけるんですけどーっ!」 


 プルプルとレーラの肩が震え始めている。

 あ、アカン。これはアカン奴だ。っていうか血管がコメカミに何本もガンガンに浮いている。


「ちょっとアンタ!? 私に喧嘩売ってんの!?」


「別に喧嘩は売ってねーケド?」


 ズカズカと月宮さんはレーラの席の前に立ちはだかる。


「何? 本当に喧嘩売りに来たの?」


「いいや、喧嘩は売ってねーよ? だが、そっちから売るっつーなら買ってやらんことなねえな」


 売り言葉に買い言葉の状態で、レーラは月宮さんの胸倉を右手で掴んだ。


「上等じゃないっ!」


「へっ……頭でっかちの素人みてえだな。武術家の襟首を掴むって言うことが自殺行為だっていうことを全く理解しちゃいねえ」


「なっ!?」


 レーラの右手を両手で掴み、体全体を利用して巻き込むように捻り上げる。 


 ――脇固め


 立ち関節の代名詞のような技で、色んな格闘技で採用されている技だ。


 月宮さんは右手の関節を極めたまま、そのままうつ伏せにレーラを地面に落とした。


 ってか、レーラが投げられた?


 完全に油断していただろうとはいえ……一般人にレーラが投げられた……だと?


 流れるような動作でマウントを取り、月宮さんはレーラに向けて勝利の微笑を浮かべた。


「ハァ? 素人? 誰に向かって口聞いてんのっ!?」


 レーラは月宮さんの右耳を掴んで、そのまま弧を描くように地面に向けて思い切り手を動かした。

 耳を引きちぎられないように月宮さんは地面を転がり、レーラは転がった月宮さんの上にまたがった。

 つまりは、今度はレーラがマウントを取った形だ。


「へえ、私のマウントから抜け出す……か。テメエ……何かやってるみてえだな?」


「軍隊格闘術を……ちょっとね」


 今度はレーラが勝利の微笑を浮かべる。


「アンタこそ……何か格闘技をかじって……えっ!?」


「ああ、やってるよ? ブラジリアン柔術をちょっちね」


 下からの三角締め。

 綺麗に極まったようで、見る間にレーラの顔色が青ざめていく。


「何なのコイツ……っ!? くっそ! 仕方ない! 魔装解除――」


 聞いたところによると、レーラはステータスの大部分を魔装化に頼っている。

 つまりは、素のままでは本来の実力をほとんど出せないのだ。

 それでも吸血鬼として産まれた生来の種族ステータスもあるし、ヴァチカン仕込みの体術もある。

 まあ、あの細腕でも……そこらのラグビー部のガチムチ程度なら一蹴できるのだ。


 だが、完全にそのレーラを……月宮雫と名乗った黒ギャルは手玉に取った。

 と、それはさておきこんなところで魔装化されると目立って仕方がない。


「コラっ!」


 ゴツンとレーラにゲンコツを落とし、俺は月宮さんの肩をポンと叩いた。


「そこらで勘弁してやってくれないか? これは俺の友人でね」


 俺の言葉でやれやれと月宮さんは首を左右に振った。


「まあ、これからヨロシクな」


 言葉と共に月宮さんはセラフィーナ先生にあてがわれた自席にカバンを置いた。

 そして彼女はすぐに立ち上がり、教室の後部の出入り口に歩を進めた。


「月宮さん? どこに?」


 俺の言葉に、後ろ手を振りながら月宮さんは応じた。


「授業が面倒くさいので……私は今からフケる」


 いきなりの授業ブッチかよ。

 ってか、転校初日から……飛ばしすぎだろ。


「何なんだあいつは……?」


 静まり返った教室内で、俺の言葉がクラス内の空気を代弁するかのように響き渡った。 



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