第31話 VS九尾の狐 その6
サイド:森下大樹
「おい! クソ狐っ! 散々っぱら好き勝手やってくれたみてえだなっ! この人にはもう……俺がっ! 森下大樹が――全身全力全霊を持ってこれ以上は指一本も触れさせねえからなっ!」
前方100メートルのところで倒れていた、紅白の神主衣装に身を包む9本の尾を持つイケメンは立ち上がった。
苦痛に若干顔をしかめてはいるが、戦闘不能には陥っていないらしい。
「すげえな」
素直に俺は感嘆の溜息をついた。
現代仕様に擬態……いや、大幅に弱体化させているとはいえ、俺は金属バット……エクスカリバーで思い切り全力で奴のドテっ腹にフルスイングを決めたはずだ。
だが、奴は絶命するどころか立ち上がり、軽く息を弾まるだけで腹筋の辺りを撫でている。
――流石は神獣ってところか。伊達に神の冠は与えられてはいねえみたいだな。
俺は金属バットを両手で持ち、正眼の構えを取る。
九尾はゆっくりと腹をさすりながらこちらに向かってくる。
そして俺と奴の距離差は10メートルの位置となった。
「見事――なり。これほどの痛みを受けたのは1000年以上前……我が封印された時以来じゃ」
「お褒めに預かり光栄だな」
「ほんに褒めて使わそう。なにせ……神にダメージを与えたのじゃらな。時にぬしよ?」
「何だ?」
「ぬしの所属はどこじゃ? ぬしもまた神喰らいなのじゃろう?」
「神喰ら……い?」
「トボけても無駄じゃ。我に攻撃を通ると言う時点で……神の魂を喰らった者以外にはありえぬ。そう、この全世界の裏社会でも存在を隠匿されている者しかありえぬ。さあ、所属を言え。西洋の宗教組織か? あるいはアマテラスの系譜を持つ日ノ本の守護組織か?」
何を言っているんだこいつは?
ともかく……と俺は九尾を睨み付けた。
「俺は森下大樹だ。訳わかんねー組織に属しちゃいねえ」
「くふふ、強情な奴じゃのう。それではその固い口が柔らかくなるように……痛みつけてやろう」
地面を蹴ると同時、猛烈な速度で九尾は俺との距離を詰めてきた。
そしてまずは挨拶代わりの左ストレートを繰り出してきた。
サイドステップでかわすと同時に、次に九尾は左のローを俺の右太ももに繰り出してくる。
被弾。
しかし、俺は九尾に対して踏み込んで、蹴りの威力を殺している。
攻撃を半ば無力化させることはできたが、現在、俺と九尾の距離差はゼロ距離に近い。
これでは金属バット――長モノは振り回せない。
「我の打撃を2度も避けるか。先刻の攻撃はマグレでは無さそうじゃの。じゃが――」
九尾は微笑を浮かべて俺のパーカーの首襟と右手の裾を掴んだ。
――大外狩り
綺麗に投げられた俺は地面に背中から叩きつけられる。
同時に金属バットは俺の手から離れ、明後日の方向へと転がっていく。
仰向けになった俺に、流れるような動作で九尾は馬乗りになった。
――マウントポジション
総合格闘技で絶対優位とされるポジションだ。
心得のある体重60キロの者が馬乗りの上となった場合、例え下になっている者が体重90キロのラガーマンだったとしてもこの状況は絶対に打破ができない。
そして、この体制をとられた場合どうなるかと言うと――
「ぐっ……!」
馬乗りとなった九尾は下になった俺に右拳による鉄槌を俺の顔面めがけて打ち下ろしてきた。
俺も素人ではない。
一応は左手で九尾の打ち下ろしのガードには成功した。
「ふむ。我が攻撃を4度も行い……投げ以外は完璧に防御された……か。が、しかし……ここまでじゃ」
九尾は左拳を握り、俺の上で大きく振りかぶった。
そして打ち落ろされる鉄槌。
右手でそれをガードした瞬間、九尾は今度は自らの右手を高々と掲げる。
――そう、マウントを取られるとこうなるのだ。
馬乗りになってただただひたすらに殴る。
いわゆるマウントパンチといわれる攻撃方法だが、シンプルが故に究極の攻撃方法となる。
連打。連打。
地獄のような猛ラッシュを受け続け、俺は全弾をガードして顔面への有効打にはさせじと懸命に動く。
が、しかし――
――遂に九尾の拳は俺のガードを潜り抜けて顔面に突き刺さった。
「ぐふっ……」
「ふふ。これほどまでに我の――神の攻撃を防御し続けた事は感嘆に値する」
そして九尾は更に拳を振り上げ、そして打ち下ろす。
再度、ガードを潜り抜けて顔面に被弾。
「じゃが、それも終わりじゃ」
九尾の拳が次々と俺の顔面に突き刺さっていく。
「ほれほれ。もっと頑張らんか。どうしたのじゃ? あそこの生贄の巫女には……指一本触れささんのじゃろう?」
勝ち誇った笑みを浮かべる九尾に、俺は防戦一方で一発も殴り返すことはできない。
残念だが、現状の身体能力はどうやらこいつの方が俺よりもかなり上のようだ。
「森下君!」
声の方を見ると、膝を震わせながら阿倍野先輩が日本刀を構えていた。
九尾に殴られながら俺は阿倍野先輩に声をかける。
「何なんですか? 阿倍野先輩?」
「助太刀するわ! この究極とも言って良いレベルの戦いで私が何ができるはずもない! でも……捨て駒として使われることならできる! 私は何をすれば……」
はは、と俺は力なく笑ったところで、九尾は大きく大きく拳を振りかぶって――俺に叩き落した。
「かはっ……!」
鼻にモロに受け、鼻腔から口に向けて鉄の味が広がってきた。
「何もできませんよ。先輩には何もできません。この化け物には……例え捨て駒で使うにしても先輩は……ただの足手まといです」
「そんな……でも……私はもう見ていられないのっ! 貴方が私の為に傷つくのを見ていられないのっ!」
「黙ってみておくのじゃ。この男を叩き潰した後は、ゆっくりと……生贄には生贄の役目を果たしてもらうからの。わざわざ痛い目にあう順番を繰り上げんでも良かろう?」
さて、ここらが潮時かなと俺は諦観の表情を作った。
「なんじゃ? もう諦めるのか? 最初の威勢はどうしたのじゃ? 人間よ? まあ、それも詮無きこと……何せ我は絶対強者の――神なのじゃからな! くふっ……くははっ! くはははははっ!」
「ああ、俺は諦めた――お前という存在そのものをな」
「うぬ?」
神とか言ってたから様子見で好き放題にやられてみた。
っていうか、若干……俺もビビってたんだ。
何せ自称:神だからな。
魔王よりも更に上の領域だ。
正直、異世界転生時に出会って、俺にスキルを色々くれた女神とタイマン張れって言われても全力でノーセンキューだ。
っていうか、人間でどうこうできねーから神な訳だ。
そりゃあまあ、神とか言われれば俺もビビるわ。
と、それはさておき、強者と対峙する場合、実力を偽って相手の油断を誘って……後ろから刺すのは戦術の基本って奴だ。
そしてこの狐は実際に油断している。油断しきっている。
が……コレを油断させる意味があったのか?
と、俺はゲンナリと溜息をついた。
「いくらなんでも……神を名乗るにしては雑魚過ぎるだろお前」
「何を言うておるのじゃ?」
そうして九尾は再度大きく大きく左拳を振りかぶって――俺の鼻に打ち落としてきた。
「もう良い。お前の力は大体分かった。スキル:身体能力強化」
術式を展開させて筋繊維に魔力を流す。
これで俺のステータスは倍近くまで跳ね上がったはずだ。
まあ、近接職であればこのスキルを極めてからでないと全てが始まらないというレベルの基本中の基本ってやつだな。
――つまり、このスキルを展開させない戦闘なんて……近接戦闘職業としてはありえない。
九尾の左拳を左の裏拳で空中で叩いて軌道を大きくずらす。
「よっこいしょっと」
同時に右手で九尾の左耳を掴んで真横に思い切り右方向に引っ張った。
ビリっ!
耳が裂ける音と共に、九尾は横に引っ張られてそのまま弧を描いて右方に向けて俺から転がり落ちた。
「イダああああああああ! 痛い! 痛い痛いっ! な、な、なんじゃ? 何じゃ? 何じゃ!? どういうことじゃ? 何が……何が起きたのじゃっ!?」
やれやれと肩をすくめて俺は言った。
「うるせえから、そんなくだらないことで一々叫び声あげてんじゃねーよ。耳を引きちぎられた。ただ、そんだけの話だろ?」
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