第66話阿倍野先輩の異世界ド短期留学 その2
サイド:阿倍野輝夜
箱根の駅について、しばらく歩いて山中に入った。
ちなみに、転移による世界への影響を最小限に抑えるという目的で森下君は神社に待機となった。
森下君曰く、霊的なスポットのほうが次元の穴を開きやすいとの事だ。
そうして、しばらく森下君が逗留することになる神社の近くで彼は次元魔法を行使した。
――正直、漏れそうになるほどの圧倒的な霊圧だった。
これは彼が九尾の時に使用したトールハンマーの数倍規模の魔力量の術式の行使のはず……でも、MP消費量はゼロだという。
特急電車の中での会話の内容も考えると、色々と邪推したくなる現象ではあるのだけれど……それを今、考えていても仕方ない。
と、まあ、そんなこんなで私は異世界に転移することになった。
異世界に転生される途中、一面が白色の謎空間で女神に出会って『神隠し』のスキルを貰った。
森下君曰く、相当な格上の魔物であっても気づかれる事の無いスキルということで、逃げ足についても大きな補正がかかるらしい。
タイムリミットの36時間を考えた場合、最適効率でレベルアップを図るにはこのスキルしかないとのことだ。
っていうか、私は白色の空間で女神にスキルをもらったその瞬間、本気で異世界転移と言う現象に相当なカルチャーショックを受けた。
森下君が異世界帰りだとは頭では理解していたけれど、何だかんだでそんなのはネット小説だけの世界だと思っていた。
森下君そのものからはあまり異世界っぽさを感じなかったのが主な理由だと思う。
なので、謎の白色の空間と女神と言うセットを目の当たりにして、まさかこういうのが本当に実在するとは……と、ある種の衝撃を受けたのだ。
いや、でも、日本の裏社会に退魔組織があることを森下君が知ってしまった時も、ある種の似たような衝撃を受けたはずなのでそれはお互い様か。
と、そこで私は頭を切り替えて、女神との邂逅というイベントを終えて異世界へと旅立ったのだった。
そして今、私は異世界の地方都市で朝ご飯を食べている。
黒パンと水にスープ……パンは固くて噛み切れないし、スープも味気ない。
ぶっちゃけ、信じられないくらいに不味い。
ちなみに、森下君曰く、ここは始まりの町ということで、転移魔法を使えば地球からの転移者はこの町に接続されるらしい。
文明レベルは中世ヨーロッパというところで……っていうか、ネット小説の異世界転生モノのそのまんまな感じだ。
そうして、私は森下君に言われたとおりに冒険者ギルドへと向かった。
3階建ての建物で小汚いドアを開くと、壁には所狭しと職業相談所のように依頼の張り紙が張られた掲示板があった。
どうにも、ガチムチマッチョの男たちが血眼になって掲示板の仕事を選別しているようだ。
「ギルドに冒険者登録したいのだけれど」
森下君に言われたとおりに、私は受付譲に言葉をかける。
森下君曰く、町の外に出るには身分証が必要なようで、その為にはギルドに登録するのが一番早いという話だ。
ちなみに受付譲の彼女はエルフ耳……そう、エルフ耳なのだ。
生まれて初めてエルフを見たが、正直……感動した。
ロシア人の子供を……その現実離れした美しさを見るかのような圧倒的な非現実感……そう、これは間違いなくファンタジーだと否応無く私のテンションは上がる。
なんだかんだで私もゲーマーだしね。
正直、異世界行きの話が出たときはワクワクしたし。
「はい、登録ですね。それでは銀貨1枚いただきます」
森下君からもらった銀貨を1枚渡すと、そこで私の背後からガチムチマッチョのオッサンが声をかけてきた。
「はは、こんな小娘が冒険者登録だと?」
「何か私に用事かしら?」
「服装も変だし、その黒髪……見たところ東方の出身に見える」
まあ、間違っては無いわね。ここは西洋っぽいし。
それに服装はセーラー服だしね。後で巫女服に着替えるけれど。
「で、それがどうしたというの?」
「お前みたいな小娘に冒険者は無理だって言ってんだよ! 悪いことはいわねえ。お前みたいな顔しか取り柄が無いような小娘は、大人しく希少種族の集まる娼館で客を取ったほうが良い。おい、教育的指導を施してやるからちょっと顔を貸せ」
うっわぁ……と私は思う。
――これが有名なギルドの先輩(パイセン)イベントか……と。
私の愛読している『旅人ですが何か?』というネット小説でも、ギルドが登場すると必ずこんなやつが登場するのだ。
と、それはさておき……。
「時間がないのよ」
「つれないねえ。まあ、要は俺とこれから飲みに行こうって話しだ。酌をしてくれれば奢ってもやるぞ。まあ、酌だけじゃなくて尺八もさせるかもしれんがな! いや、体を提供するというなら、Cランク級冒険者である俺様が率いるパーティーに入れてやっても良いぞ? ガハハっ!」
これまたテンプレのクズ野郎ね。
「だから、時間が無いって言ってるでしょ。特に……貴方みたいなゴミを相手にしている時間はね。ナンパなら他をあたってくれないかしら?」
受付嬢から身分証を受け取り、私はドアへと向かう。
そこで、細身の出っ歯の男が私に声を荒立ててこう言った。
「おい、待てよテメエ! アニキに向かってゴミだと!? こいつはとんでもない山猫だっ!」
そこで更に私は再度……うっわぁ……と思う。
――出たよ。ギルドの先輩(パイセン)のお付きの雑魚。
ここまでお約束が続くと、私はゲンナリとした気持ちになってしまう。
もうどうでも良いからとっととこの場を後にしようと思ったところで、細身の出っ歯が私の肩を掴んだ。
「攫って姦(まわ)しちまうぞ! クソガキがっ!」
と、同時に細身の男は宙を舞った。
背負い投げからの――顔面への爪先蹴り。
そのまま、打撃と同時に地面に頭から落とすという、私の徒手空拳の必勝パターンだ。
「阿倍野流合気道――龍弧閃蹴」
蹴りで前歯を折られて、頭から床に落とされて泡を吹いた細身の男に後ろ手を振りながら、私はドアへと向かった。
「それじゃあね」
「テメエ! 兄弟に血を流させやがったな……タダじゃすまさねえからなっ!」
そこで私は深いため息と共に振り返った。
「今ので実力差が分からなかったのね。良いわ。20秒だけ遊んであげる」
そうして、大男は私に向かって殴りかかってきた。
そして。
『先輩は異世界じゃ雑魚に毛が生えた程度なんですから、街中では絶対に大人しくしておくこと!』
――森下君の忠告を破った私は――それはもう、ボッコボコにやられてドツキ回された。
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