第67話阿倍野先輩の異世界ド短期留学 その3
マウントを取った大男は下卑た笑みを浮かべていた。
「へへ、クソガキがっ! 兄弟に血を流させたからにはタダじゃおかねえぞっ!」
っていうか……完璧に極まった立ち関節を力技で返されたのは産まれて初めてだわ。
更に、この私をこの男は――ボディスラムで投げた。
そう……柔道のメダリスト程度なら簡単に投げ飛ばすことができるこの私が……プロレス技で投げられたのだ。
重心移動も崩しも技術もひったくれも何もない、身も蓋も無いこれまた豪快な力技だった。
これは大人と子供くらいの力量差が無ければ成立しない圧倒的なワンサイドゲームだ。
――これが異世界か……!
あまりのカルチャーショックによる衝撃と、既に2発マウントパンチを喰らっていることから私の戦意は既に喪失している。
「……降参するわ」
「えらく素直じゃねえか?」
「で、どうすれば許してもらえるのかしら?」
これは戦略的撤退だ。
力で勝てないなら……言葉で交渉するしかない。
最終的に口八丁手八丁でこの場から離脱できれば私の勝利となる。
そう、これは決して負けではないのだ。
絶対に絶対に……負けじゃないんだから。
「これからベッドを共にする……ってのなら考えてやらんでもない」
醜悪な笑みを浮かべる男に向けて、私は軽く頷いた。
「あいにくだけれど、今すぐは無理なのよね。すぐにこの街から出なければいけない用事があって……」
さて、と私は頭をフル回転させる。
時間が無いのは本当のことだし、流石にこんな男と一夜を共にするつもりは毛頭ない。
どうやってこの場を逃れるか……。
「用事? それはいつ頃終わるんだ?」
「明日の夕方までにはこの街に戻る予定よ」
「今すぐじゃなければ良いんだな?」
そこで男はマウントを解いて立ち上がった。
はてな? と私は首を傾げる。
「良いぜ。明日の夕方まで待ってやる。その後は必ず相手をしてもらうからな。俺の宿はここだから訪ねてこい」
そう言って、男は地図のかかれたメモを渡してきた。
しばし、私はフリーズする。
――アホだ。アホがいた。
この場から逃げた後で、私がわざわざこの男を訪ねる訳がないじゃない。
まあ、ともかく見逃してくれるって言うんだからさっさと退散しよう。
「ええ、分かったわ。それじゃあね」
踵を返してドアへ向かう私の肩を男が掴んだ。
「おい、ちょっと待て」
「何かしら?」
「これを右手の親指につけてもらう」
「指輪?」
「それが明日の夕方まで待つ条件だ」
少しだけ嫌な予感がしたが、指輪をつけるだけで見逃してくれるというんだから……まあ仕方ない。
私が指輪をつけたことを確認すると、男は満足げに頷いた。
そこで、先ほど私が投げ飛ばした出っ歯の細男が立ち上がった。
「へへ、お前……大変だな」
「大変?」
「アニキは尻の穴が大好きな上にアレが大きい。みんな最初は泣き叫ぶんだぜ?」
「あら、そうなの? まあ、覚悟しておくわね」
私は溜息をつきながら再度ドアへと向かった。
「と、まあ、そんなことがあったのよ。森下君」
と、私は森下君に預かっていた通信器具……というか、クリスタルっぽい何かに語りかける。
これは次元を超えてテレビ電話よろしく通信できるというトンデモアイテムらしい。
『何でいきなり喧嘩しちゃうんですか?』
クリスタルに移る森下君は狼狽しながらそう言った。
「サ○ヤ人も真っ青の戦闘民族であり、磯○波平ですらも真っ青の短気の私に……ギルドの先輩(パイセン)イベントがスルーできるとでも思ったの?」
『……それは確かにそうですね』
「っていうか、何なのよアレ? Cランク級っていうから舐めてかかったのに……ゴリラどころの筋力じゃないわよアレ? 合気の立ち関節を力技で外されたのは初めての出来事よ!?」
『アンタCランク級と喧嘩したのかよっ!? 今の阿倍野先輩じゃ絶対敵いませんよ。本気出したサカグチさんよりは弱いですが、この前の聖騎士だったら3人~4人分相当の相手ですよ?』
「まあ、ともかく大事に至らなかったから良かったじゃない」
『しかし、どうやって窮地を脱したんですか?』
「明日の夕方にベッドを共に過ごすと約束すれば許してやるって言われたわ」
『アンタ……まさか……指輪は嵌めてないですよね?』
「親指についているけど!?」
『契約指輪じゃないですかっ!』
「え?」
『呪殺魔法が施された契約道具の一種ですよ!』
そこで私の中で一連の全てがようやくつながった。
「……約束を破ると?」
『死にます。俺ならともかく先輩では呪術をレジストできません。レベルにして30は足りないです。だからこその契約道具です』
うわっちゃあ……。
頭から血の気が引いていき、フラリと私は倒れそうになった。
「まあ、ともかく一旦通信を切るわね」
こんな通信でもMPをほんの少しだけだけど消費するらしい。
こちらの決戦兵器である森下君をこれ以上の無駄話で疲弊させる訳にもいかないのだ。
『でも先輩? マジで大丈夫なんですか? いきなり追い詰められているじゃないですか』
「策はあるわ」
『策?』
「まあ、私が強くなれば全部解決するということよ」
『ふーむ……』
「じゃあ、本当に通信を切るわね」
『はい、分かりました』
森林地帯。
延々と続く雑木林を神隠しのスキルを作動させながら歩いていく。
まあ、おかげさまで魔物とは出会わない。
町を出てから既に3時間近く歩いている。
ちなみに、ここは森下君曰く、私はおろかベテラン冒険者でも一撃死のとんでもない魔物が闊歩する森らしい。
「ようやく森を抜けた……か」
そうして私は森林地帯を抜けて山岳地帯を歩くこと更に2時間。
私は火山地帯へと入った。周囲の気温が上昇してきて、更にしばらく歩いて洞窟に入った。
広大な洞窟内は赤いマグマがそこかしこに流れ、溶岩を避けてもそこにいるだけで体表が燃え上がりそうな灼熱地獄となっていた。
私は燃え盛る火炎の中を更に歩いていく。
ジリジリと火炎が私を焼いていく。
多分、今の気温は1000度を超えていると思う。
森下君から貰った氷結の首飾りが無かったら、既に私の命は無いだろう。
と、そこで私は目的のブツを見つけた。
「これが……森下君の言っていた奴ね」
私の眼前には大岩があった。
高さ3メートル、横幅3メートル、そして奥行きは4メートルといったところ。
森下君曰く、アダマンタイトの鉱石でできているとのことだ。
この火山は森下君の金属バット……聖剣エクスカリバーを守護していたエンシェントドラゴンが住んでいた洞窟であるとのことだ。
洞窟に入ってからのここまでの道のりで、フェニックスやらの明らかにパっと見だけでヤバすぎる魔物を数体目視している。
余裕で九尾どころの話じゃないレベルで……神隠しのスキルがなかったら既に私は洞窟に入った瞬間に死んでいる。
まあ、曰く異世界でも最強クラスのSランク級冒険者が徒党を組んで、ようやくギリギリで浅層を探索ができる程度の最悪級のダンジョンらしいからそんなもんなのかもしれないわね。
「アイテムボックス召還」
実は私も低容量だったらアイテムボックスを使えたりする。
初めてレベルアップをした時から使えるようになったんだけど、まあ……本当に便利なチート能力だと思う。
「本当に……持つべき者は勇者の知り合いよね」
私はアイテムボックスから、これまた森下君から貰ったカナヅチを取り出した。
ちなみに、退魔武器もそうなのだけれど、異世界の武器も普通の武器とは大分と勝手が違う。
例えば、私が森下君のエクスカリバーを貸してもらったとしても、備前長船と攻撃力が変わらない。
私が備前長船を振り回した場合、普通に一閃で樹木の伐採をバターナイフみたいにやる……程度のことはできる。
でも、逆に言えば……備前長船を一般人が持っても、ヤクザのダンビラとそれほどには変わらない程度の攻撃力しか得ることはできない。
まあ、普通に凄く品質の良い日本刀という、金属製品のそのままのスペックの恩恵しか得ることができないという話ね。
要するに武器本来のポテンシャルを発揮するには、武器が要求するステータスが必要ということなのだ。
使いこなさなければ宝の持ち腐れという話ということね。
でも、今……私が持っているカナヅチは違う。
ネタアイテムに分類されるシロモノで、それこそ現代の子供のステータスでも武器本来のポテンシャルを十分に発揮することができる。
「さて、始めましょうか」
そうして、私はカナヅチを高々と掲げて、大岩に向けて振り落とした。
18時間後。
アダマンタイトの鉱石を延々と叩き続け、鉱石の欠片が周囲に山のように散らばり、ようやく私は目的のブツを見つけ出した。
「これが……魔核……?」
そこで、私は森下君に教えてもらった内容を反芻した。
・アダマンタイト・ロック
龍の守護する火山に潜む有名な超レアモンスター。
アダマンタイト鉱石に長年龍の瘴気をあてられ続けたことにより発生したモンスターだ。
その本体は鉱石中心部の柔らかい魔核と呼ばれる部分である。
モンスターと言う分類だが、その実質は鉱石と何も変わらず、ただその場所にあるだけで人に害を加えるどころか、動くことすらできない。
そしてこのモンスターが有名な理由は、討伐にかかる手間に比べて、その取得経験地の周囲の出現モンスターに比してのあまりの低さとなる。
外壁となる鉱石部分を突破するには10万を超えるHPを文字通り削りきることが必要となる。
そして、その防御力はそのままの意味で堅牢を意味するアダマンタイト鉱石となるのだ。
例え勇者の聖剣と言えども、アダマンタイト鉱石に傷をつけることは相当に骨が折れる作業とされている。
ただでさえ高級であり、耐久時間制限のある氷結の首飾りが必須とされるこのダンジョンで、このモンスターは討伐の方法も限定される上にそのどれもが恐ろしく時間のかかるものとなる。
そのことに併せて当該ダンジョンに潜るためには冒険者ギルド換算でSランク級以上のステータスが要求されることもあり、このモンスターを相手にする暇人はいない。
・賢者のハンマー
かつての大賢者がネタで作った、賢者の石でできたカナヅチである。
ネタアイテムの一種であり、その効用は【誰が使って何に攻撃を当ててもダメージが1になること】。
私はその場でクスリと笑った。
「反撃もしてこない鉱石……Sランク級にとってはカスみたいな経験値とは言え、私みたいな超低レベルにとってはそれは大きな経験値になる」
私は備前長船を取り出して、魔核に刀を突き立て、その命を奪った。
「そして、転移者特典でしか得られないスキル神隠しが無ければ、低レベルでこの場所まで到達することはできない。更に……氷結の首飾りも高価すぎてふ普通は手に入らない」
そうして私は自らのステータスプレートを見て、呆れたように笑った。
「まるで、ゲームの低レベルクリアーのタイムアタック動画を見ている気分ね」
名前:カグヤ=アベノ
種族:ヒューマン
職業:巫女
状態:恋する乙女(ヤンデレ風味)
性格:これは酷い
レベル:4→8
HP :501/501→711/711
MP :552/552→802/802
攻撃力:407→580
防御力:333→459
魔力 :455→669
回避 :335→415
阿倍野流退魔符術(レベル4→5)
合気道(レベル2)
刀術(レベル2)
身体能力強化(レベル2)
反射神経強化(レベル2)
索敵(レベル5)
神隠し(レベル10:転移特典)
※ 今回のレベルアップにおけるスキルポイントの大半は現在のところ不使用
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