第68話阿倍野先輩の異世界ド短期留学 その4

 街への帰り道、私は草原地帯を歩いていた。


『とりあえず、これで阿倍野先輩はCランク級冒険者の下位程度の力を得ることはできましたね。それはそのままベテラン冒険者級としては下位程度の力を得たと言い換えてもいいでしょう』


「しかし、こんなに簡単に強くなっちゃっても良いのかしら? そっちの世界で5年分くらいの修行に相当するわよ?」


『ってか、そんなことよりも大丈夫なんですか?』


「大丈夫とは何のことかしら?」


『Cランク級冒険者とベッドを共にする約束しているんでしょう?』


「そういえば尻の穴が好きとか言っていたわね。大丈夫よ」


『具体的にはどう大丈夫なんですか?』


「さっき、私は森林地帯で2時間ほど仮眠を取ったのよ。で、その際に……大丈夫という結論に達したわ」


『どういうことですか?』


「私が就寝前に……いつも前を拡張しているという話はしたわね?」


『ここに来てシモネタですかっ!?』


「ええ、シモネタよ。で……前だけじゃなく、今回は思うところもあって少しお尻にも指を伸ばしてみたのよ」


『……え?』


「つまりね、森下君?」


『どういうことなんですか?』


「……今まで、私は後ろはノーマークだったのだけれど――」


 私は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで私はこう言った。



「――まんざらでもなかったわ」



『開眼してしまったんですかっ!?』


「ええ、そういうことね」


『ってか、何一つ問題解決してねえじゃねえかっ!』


「最悪、痛すぎて無理とかそういうことはないわ。私は痛いのは嫌いなのよ。つまり、これは大きな進歩よ森下君」


『非常に心配なんですが……まあ、とりあえず後は街に戻るだけですね。でも、本当に大丈夫なんですか?』


「そのあたりはちゃんと色々考えているから安心して」


『本当ですか?』


 と、そこで私の耳にズドドドっと言う振動音が届いた。

 見ると、草原を土煙を上げながら一匹のオークが物凄い勢いで疾走していたのだ。

 特に私に興味を示すことも無く、ただただひたすらに爆走している……そんな感じだった。

 ただし、速度はとんでもない。

 軽く時速150キロは超えているわよねアレ。

 筋骨隆々、その速度から考えるに物理系ステータスは半端じゃないだろう。

 

「ところで森下君? アレは何?」


『ああ、オークバーサーカーですね』


「オークバーサーカー?」


『オークの特殊進化……といいますか、奇行種とも呼ばれるちょっとアレな固体です」


「どういうことなのかしら?」


『マグロと一緒で、止まったら死ぬんじゃないかというレベルでとにかく同じところを延々と円状に走り続けるんですよ。あと、近くにいるならアレの顔を見てください』


 身長は180センチ程度で2足歩行だ。


 血走った白目。

 垂らした涎。

 っていうか、完全にイっちゃってる瞳に底抜けの笑顔。


 まあ、完全にアレな感じだった。


「確かに奇行種みたいね」


『ただし、べらぼうに強いです。Bランク級冒険者程度の力がなければ触れないほうが無難ですね。実際にほとんどの人間は触れません。まあ、状態異常に滅茶苦茶弱いんですが……状態異常魔法を扱う職業は少ないですしね。基本、みんなスルーします』


「同じところをずっとグルグル……ね」


 索敵のスキルを発動させて、良く見てみれば、ここいら周辺にアレが残したと思われるおびただしい数の足跡が残っている。

 微かにカーブしながらこのあたりの同じ道を延々回っているらしく、その周回半径は1キロ程度かしら。


「ねえ森下君? 仮に倒した場合、レベルはいくつくらい上がるのかしら?」


『3くらいはあがるんじゃないですか?』


「ふーん……」


『今、変なことを考えていませんか?』


「いいえ、別に何も?」


『攻撃仕掛けた瞬間に周回運動を辞めて攻撃されますからね? 先輩だとワンパンで頭丸ごと吹き飛ばされますよ? 絶対に無理はしないこと。分かりましたね?』


「安心して森下君。私もそこまで馬鹿じゃないわ。既に一度痛い目見てるしね」


『それじゃあ通信を切りますね』


「ええ」


 私は『さて』とつぶやいて、オークバーサーカーオークの通り道へと歩みを進める。

 そして札をダース単位で取り出した。


 ――レベルアップはした。強くもなった。でも、ぶっちゃけ、Cランク級のあのゴリラの対策にはまだ足りない。


 私は天を見上げる。


 ――それに、レーラ=サカグチにしても……今の私では……私の思う決着まではもっていくことはできない。


「ごめんなさいね、森下君。だから、私はまだレベルアップをする必要があるの。私は、森下君と対等な関係になりたい。庇護されるだけの存在にはなりたくはないの」


 あの人は3年間、この世界で死線を潜り続けてきたという。

 これだけの短期間で安全な方法だけで……無茶を通さなくて、どうしてあの人と肩を並べることができるというのだろう。


 しかも、今のこの状況は千載一遇のチャンスだ。

 まともにやっても勝てない相手に、ハメ殺しで勝てるという……これ以上の好機はどこにもないだろう。



 そうして私はオークバーサーカーの通り道に、懐から取り出した24枚の札を撒き始めた。


 



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