第57話新任教師 その3

「それは今後の貴方の行い次第ね」


 そうして、軽く頷いて阿倍野先輩は微笑を浮かべたのだった。





 と、俺達が校舎に戻ろうとしている時、とんでもない光景に出くわしてしまった。


 俺の担任教師であるところの赤ジャージの銀髪碧眼――田中花子が土下座していたのだ。

 そして、その土下座の田中先生の前に仁王立ちをきめているのは――サカグチさんだった。


 あまりの事態に俺と阿倍野先輩は思わず物陰に隠れてしまった。


「不肖……このセラフィーナ! 無事に日本のハイスクールに潜り込みました!」


「ご苦労ね。残りの4人は?」


「現在、ヴァチカンを通じて文部省を恫喝中であります」


 文部省? 恫喝? 何を話してやがるんだこいつらは?


「しかしこれでようやくレーラ様直属の聖騎士(パラディン)……ガーディアンズが揃いますね」


「ええ、この前の会議でチラっと聞いたけど、何か良く分からないけど近々大規模な作戦が始まるって話だし、流石にアンタ達がいないとキツいわ」


 なるほど。

 どうやら田中先生はヴァチカンが文部省を恫喝した結果……派遣されてきた訳か。

 ってか、サカグチさんも前の担任を恫喝して俺の席の隣に移ってきたし、こいつら基本的に恫喝が好きなんだな。


「しかし姫?」


「何よ? セラフィーナ?」


 姫!?

 サカグチさん……前々からよっぽどだとは思っていたが、部下っぽい奴にそんな呼称させていたのか。


「HENTAIという言葉をご存知ですか?」


「HENTAI? ってか、姫って呼称はやめてよね。恥ずかしいんだから」


 ああ、呼ばせてるんじゃなくて勝手に呼ばれている系か。

 それは良しとして……HENTAI……だと?


「HENTAIとはエロアニメやエロ漫画のことでございます! この国は空想の世界だけではなく、そういう事が普通に一般人の間で日常的に行われていると聞いております! 見た目は明らかに女子中学生……いや、下手すれば女子小学生でも通じるような姫が……どこぞのロリコンにハイエースされて……エロ同人みたいなことになっていないか……セラフィーナは心配なのでありますっ!」


「セラフィーナ? ちょっと言ってる意味わかんないんだケド……?」


「端的に言うとですね、私は女の聖騎士なのです。そうであればこの国ではイコールで『くっ! 殺せ』なのでありますっ!」


 俺と阿倍野先輩は絶句する。

 アニメや漫画が世界中で人気なのは知っているが、これはとんでもない勘違い野郎がやってきたらしい。


「大丈夫よセラフィーナ! 日本にはオークはいないわ!」


 ってか、お前も『くっころ』だけでオークネタだと分かるんかい! 

 と、俺は喉元まで出かかったツッコミを押しとどめる。


「本当……本当でありますか?」


「ええ、いないわっ!」


「では、触手……謎の触手は?」


「それもないわっ!」


「良かった……良かった……姫はエロ同人みたいにはなっていないのですね。良かった……天使のように可憐な姫は汚されてはいないのですね。姫がエロ同人みたいになっていないかと……私は本当に心配しておりました」


「ええ、安心して。エロ同人みたいにはなっていないわ」


 ってか、お前らエロ同人という単語を連呼しすぎだろ。

 何なんだよこの会話は……頭が痛くなってきたところで、俺と阿倍野先輩はそろそろ昼休みが終わる時刻なので教室へとそそくさと歩みを始めた。






 その日の夜。

 夕飯を食った後、リビングのソファーで母ちゃんと一緒にテレビを見ているとピンポーンと玄関の呼び鈴がなった。


「はいなのですー」


 母ちゃんが立ち上がろうとして――


「いや、俺が出るよ。座っといてよ。母ちゃんは晩飯の片付けで疲れてるだろ?」


「ふふー、ダイキちゃんは優しいのですー」


「明日も美味しいメシを頼むぜ」


「はいなのですー」


 しかし、今日のイカの塩辛パンケーキは絶品だったな。

 隠し味のキムチとバニラのハーモニーが最高だった。

 おっと、思い出してヨダレが出てきた……と、そこで俺は玄関のドアを開いた。


「はいはいどちらさまー?」


「私は今日から新しくお前らのお隣さんになった田中花子だ! 年齢は23歳で彼氏はいないっ!」


 銀髪碧眼に赤ジャージ。

 どこまでも白い肌に凛々しいブルーの瞳。

 整いすぎた顔立ちに、鼻筋が日本人離れしたほどに通っている。

 スラリと伸びた手足はこれまたやっぱり日本人離れしていて異次元レベルのスタイルだ。

 ってか、田中先生……いや、セラフィーナさん?


「引っ越しの挨拶だ。近日中にこの家の隣に総勢6名が住むことになる。今日はそれをご近所さんに伝えに来た……いや、それだけではないな。実は用事はもう一つあってな」


「用事?」


 コクリと頷き、先生は手に持っていた平べったい桐の箱を俺に差し出してきた。


「これは……?」


「開けば分かる」


 俺は言われたとおりに桐の箱を開いてみた。


「こ、こ、これは……?」


「ふふ、驚いたか?」


「そりゃあ驚きますよ」


 だって、見た目はモロに白人で、何故か上下の赤ジャージの細身の美人な上に、ヴァチカンの聖騎士だという彼女がクソ丁寧なことに――



 ――引っ越しソバ持ってきたんだから。




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