第56話新任教師 その2

 そうして俺達は校舎を散歩して、人気の無い校舎裏に差し掛かった。


「ねえ、森下君?」


「なんですか阿倍野先輩?」


「今、人がいないわよね?」


「まあ、焼却炉とか置いてるような校舎裏ですからね」


 そこで阿倍野先輩は立ち止まる。


「どうしたんですか?」


 彼女は微笑を浮かべ、右手の人差し指で俺の頬から顎をツーっとなぞった。


「人気の無いところに男女が二人。ドキドキ……しない?」


「しません」


「うふふ。可愛いのね」


「可愛い?」


 阿倍野先輩はクスクスと笑った。


 そうして、彼女は懐から鏡――コンパクトを取り出した。


「ごらんなさい。顔が真っ赤になっているわよ」


「……」


「正直になっても良いのよ?」


 再度、阿倍野先輩は右手の人差し指で俺の頬から顎をツーっとなぞった。

 続けて、彼女は俺に顔を近づけて、鼻先に甘い吐息を吹きかけてくる。


「……」


「ねえ、森下君?」


「何ですか?」


「キスしても……良いのよ?」

  

 そうして、阿倍野先輩は俺の顎から首筋にかけてを人差し指でなぞってきた。

 同時に、右耳に生ぬるい吐息を吹きかけてくる。


 ああ、くっそ……。

 流石にここまでされたら俺も男が廃る!


 やってやろうじゃねーかっ!


 俺は阿倍野先輩を抱きすくめた。


「あら? ようやくその気になったの?」


「火をつけたのは先輩ですからね?」


「ふふ。ねえ、森下君? 目を瞑って? 私がリードしてあげる」


 互いに抱き合う形。

 阿倍野先輩の言うとおりに俺は瞼を閉じた。


 っていうか、心臓が物凄いバクバクする。


 まあ、ファーストキスなんだから当たり前の話か。


 そして俺の唇にピトリと暖かいモノが触れた。

 そこで俺は瞼を開いて――


「阿倍野先輩!?」


 俺の唇には先輩の人差し指があてがわれていた。


「どういうことなんですか?」


「まだ、そういうことは早いわ」


「早い? どうして?」


「だって私――」


 阿倍野先輩は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「――拡張中ですもの」



「そういやそんなこと言ってたな!?」


「キスと同時に破瓜。これは私の定めたルールなの。だからキスはもう少し時間が欲しいの」


「アンタからエロ方向に焚きつけてきたんだろ? じゃあ、どうしてそんなことしたんだよ!?」


「それは……」


「それは?」


 阿倍野先輩は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「――面白いからよ」



「本気で一回殴るぞお前っ!?」


「ふふ、本当に可愛いのね。貴方をおちょくるのは飽きないわ」


「もう、本当にいい加減にしてくださいよね」


「でもね、森下君? これは貴方が悪いのよ?」


「どういうことですか?」


「――昨日……レーラ=サカグチ」


 別にやましいことをしていたわけではないが……泣きそうな阿倍野先輩の顔を見ていると、どうにも自分が悪いことをしたような気持ちになってしまう。


「……」


「私ね、森下君?」


「はい、なんでしょうか」


「――少し、妬いているのかもしれない。だから貴方にイジワルをしたのかもね」


 はァーっと、長いため息を俺はついた。


「……」


「こんな女……面倒くさい?」


 恐る恐ると言った風に、少し怯えた感情を表情に混ぜて阿倍野先輩が俺に聞いてくる。


「いいえ。でも……お願いがあります」


「お願い?」


「次からは――もう少しお手柔らかにお願いしますね」


「それは今後の貴方の行い次第ね」


 そうして、軽く頷いて阿倍野先輩は微笑を浮かべたのだった。



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