第79話アリエル編 エピローグ ~異世界における、とある少女と勇者のその後~  前編


「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」


 俺以外の全員が母ちゃんに茶碗を差し出した。

 結局、リンフォードは黒コゲになって……異世界帰りとかその辺りの件は有耶無耶になったままだ。

 サカグチさん曰く、その後の事については、数日考えた上で上手い具合にヴァチカンに報告をするそうだ。



 で、それから箱根で一泊して昼過ぎに旅館を出た。

 小田急から新宿に向かって、そこから横浜駅で母ちゃんに連絡を取って……俺の家でみんなで晩飯となっている状況だ。

 メニューは1キロのカラアゲとこれまた1キロの豚を使ったしょうが焼きとやっぱり1キロの牛肉を使ったローストビーフ。

 ちなみにローストビーフのタレは米が進むように、ニンニクと生姜がたっぷり使われたポン酢ベースの和風ソースだ。


「どういうことなのよ森下君っ!?」


「どうかしましたか阿倍野先輩?」


「この前の料理とは全然違うわ。そこらのシェフが作る料理より全然美味しいわよ?」


 まあ、ウチの母ちゃん料理上手だからな。

 つっても、今回は母ちゃんは全く本気を出しておらず、まあ、一般的な観点からいえば至極まともに作られている。

 母ちゃんの本気を知っている俺からすれば味付けも薄いし、酸味も利いてねえしで……すげえ味気ないんだが、みんなにはすこぶる好評のようだ。

 いや、美味いのは美味いんだけどね。

 俺だって外で食ってたら絶賛する味だが、母ちゃんの本気を知ってるだけに……やっぱり物足りない。


「はわわー皆さん良く食べますねー! はい、おかわりなのですー」


 それぞれの眼前に山盛りに盛られた茶碗がサーブさせる。


「KA・RA・A・GE……何と見事な。なるほどこれが噂に名高いジャパニーズカラアゲか……フライドチキンよりも……遥かに美味い……これは奇跡だ……神の奇跡だ……」


 大袈裟なんだよセラフィーナさんと思いながら俺は苦笑する。

 ってか、母ちゃんが作ってるから美味すぎるだけだからな。


「セラフィーナ!? この豚のしょうが焼きも尋常じゃないわよっ! こうして、茶碗に汁と一緒にぶっかけて……丼にして……ああ、美味しいわっ! たまらないわ!」


 ガツガツガツガツと美形揃いの女子軍団が猛烈な勢いで飯を平らげていく。


「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」

「おかわりっ!」



 再度、全員が茶碗の米をフィニッシュさせ、母ちゃんにおかわりをせがんだ。


「はわわー! 電子ジャーのお米がなくなりましたですー」


 その言葉で全員が沈痛の表情を作った。


「これだけ美味しい料理なのに……米が無い……だと?」


「残念にすぎるわ! ガーディアンズ!? 誰か……お弁当屋さんにでも……お米を買いに走ってきなさいっ!」


 と、そこで母ちゃんがドンと拳で張った胸を叩いた。


「こうなることを想定して、お鍋でもお米を5合炊いておりますですよー!」


 その言葉で全員の表情がパァっと花が咲いたように明るくなった。


「それじゃあおかわりを要求するわ!」


「森下母殿! このご恩は必ず……私もおかわりをっ!」


 と、母ちゃんがリビングから台所に向かった所で、事件が起きた。

 見てみると、台所のガスコンロの前で阿倍野先輩が立っていたのだ。


 そこで母ちゃんが口をパクパクとさせて阿倍野先輩を指さした。


 よくよく見てみると――台所に立った阿倍野先輩は鍋の中に超大量のローストビーフを大量にぶちまけていた。

 そして、ローストビーフのタレを盛大にぶっかけて、鍋を片手で持ち上げて、一心不乱に丼飯をかっこむがごとくに箸を動かしていた。

 そして、サカグチさんが驚愕の表情を作った。




「こ……この女……鍋ごと食ってるーーーーっ!?」




 すまし顔を作って右手で長髪をかきあげた。


「――このお米は私のものよ。私だけのモノよ。この人数でこの勢いで5合で足りる訳がないじゃない」


 食い意地酷ぇなっ!?

 ってか、アンタ……基本は良いところのお嬢さん育ちじゃなかったのかよ?

 全員が開いた口が塞がらないといった風に呆然とした視線を阿倍野先輩に向ける。

 猛烈な勢いで5合の米をフィニッシュさせた阿倍野先輩が、コプリと小さくゲップをした後に俺は尋ねてみた。


「ところで先輩はローストビーフが好きなんですか?」


「いいえ? この中ではカラアゲが一番お気に入りよ?」


「じゃあ、どうしてローストビーフだけでお米を5合も?」


 呆れたとばかりに阿倍野先輩は軽くため息をついた。


「鶏肉と豚肉、そして牛肉よ? 更に言うならこれはタダ飯なのよ?」


「つまり、どういうことなんですか? 一番好きなオカズで米を食べれば良いじゃないですか」


「分かっていないわね森下君。つまりね――」


 阿倍野先輩は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「――牛肉が一番高いのよ」



 本当に酷ぇっ!

 浅ましいにも程があるっ!

 本当に金持ちの家で育ったのかよコイツっ!?

 ってか、今現在……キャッシュで20億近くもってるだろ!?


 俺がゲンナリとしているのを横目に、阿倍野先輩は自分の席に戻り、そして腕時計を確認した。


「そろそろ帰るわね。明日は学校もあるし……」


 時計を見ると、もう夜の9時を過ぎていた。


「ああ、もうこんな時間ですか」


「後、森下君?」


 神妙な表情を作り、阿倍野先輩は俺に耳打ちをしてきた。


「レーラ=サカグチとアリエル……実は私は事情を知っていたのよね。本当は貴方に伝えるべきかどうか悩んでいて……で、結局、結果オーライにしても揉め事は起きてしまった。そんな感じでちょっとした負い目もあるわ。だから、何があっても今日だけは目をつぶってあげる。今回の件でレーラ=サカグチは結構な精神的ストレスを受けているはずだから……今日だけは甘えさせてやりなさい」


「……甘えさせるって……先輩? どういうことですか?」


「ご馳走様でした。それじゃあ私はここらで帰ります」


 俺の言葉には取り合わず、母ちゃんに頭を下げて、阿倍野先輩はゴルフバックを担いでそのまま玄関へと向かっていった。






 ――そして。

 午後10時を過ぎたあたりで、セラフィーナさん達が先に隣の家に帰った。

 母ちゃんは台所で洗い物をして、リビングには俺とサカグチさんの二人きりだ。

 

「お前は帰らねえのか?」


 不機嫌そうな表情を作ってサカグチさんは俺を睨み付けてきた。


「私がいたら迷惑だって言いたいの?」


「いや、そういう訳じゃねーんだけど……」


「……」


「……」


「まあ、セラフィーナ達は私が先に帰らせたんだけどね」


「……え?」


「……」


「……」


「アンタさ? アリエルのこと……思い出したんだよね?」


「……ああ」


「……」


「……」


 しばらく無言が続き、そしてサカグチさんが意を決したように小さく頷いた。


「アンタ? 大事な話があるから、ちょっと外まで……顔を貸しなさい?」


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