第60話田中花子 ~セラフィーナ~ その3

 その日の夕方。

 田中先生のHENTAIカミングアウトで本格的な頭痛に襲われていた。

 ってか、そもそも俺とサカグチさんはそんな関係じゃねーしな。



 

 そして、下校する俺の隣にはこれまた面倒な女――阿倍野先輩がいた。


「ところで森下君?」


「はい、何でしょうか?」


「アナルとアヌスって何が違うのかしらね? 語感は非常に似ているのだけれど……意味も恐らくはほとんど同じのはずよ」


「本気で一回死んでください」


 突然すぎる下ネタに、俺は阿倍野先輩の頭をパンとハタいた。

 いわゆるドツキツッコミだ。

 昼休みのアレで、もう色々とゲンナリしていたところに、更に被せての突然の下ネタでウンザリしていたのもある。


 だから、俺はちょっとイラっときて阿倍野先輩にドツキツッコミを仕掛けたのだ。


 ――パコンと軽い音。


 阿倍野先輩の頭がハタかれて、黒の絹髪がハラリと揺れた。


 阿倍野先輩は能面のような顔のまま顔色ひとつ変えずにノータイムで——



 ――俺に右ストレートを繰り出してきた。


 

 それは、ボクシングの教科書どおりの綺麗な右ストレートだった。


 ボグっと鈍い音と共に、阿倍野先輩の右拳が俺の鼻っ柱に突き刺さる。


「……」


「……」


 こいつ……無言で……真顔で殴り返してきやがった。

 軽く頭をハタいただけなのに……全力全開で容赦なく殴り返してきやがった。


「……」


「……」


 そうして阿倍野先輩はバサリと長髪を右手でかきあげた。


「次は無いわよ? 森下君?」


「え?」


「次に私に暴力を振るったら――」


「振るったら?」


 阿倍野先輩は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。




「――貴方の家に火をつけるわ」




「家族がいるから辞めてくださいっ!?」


「ふふ、冗談よ」


「本当にそういう冗談は辞めてくださいよね」


「あら、勘違いしているみたいね? 私は貴方の親戚全ての家に火をつけるわ。貴方の家族だけは済まさないから。そういう意味での冗談よ」


「お前それマジでやる気だろっ!?」


 ってか、どいつもこいつもキャラが濃すぎる。

 どうなってんだよこの高校は……。


「ところで森下君? 今日は午後11時半の電話はキャンセルでお願いするわ」


「え? キャンセル?」


「貴方の愛する――輝夜にゃんからのラブ電話が無いということで、貴方がとても寂しい思いをするのは分かっているわ。でも、今日はどうしても都合が悪いのよ」


「輝夜にゃんネタは思いつきの一過性ではなかったんですね」


「ええ、そうよ。いつか必ず貴方に輝夜にゃんと呼ばせてみせるわ」


「絶対に呼びませんから安心してください」


「ちなみに私は大樹にゃんとは絶対に呼ばないから」


「一方的な羞恥プレイを強要させられているだとっ!?」


「ふふ……」


「ところでどうして今日の電話はキャンセルなんですか?」


「この前のヤクザ屋さん事件で阿倍野の看板を使ったでしょ?」


「確かにそんな感じだったですよね」


「あの件でちょっと阿倍野本家がご機嫌斜めなのよ。国宝もパクっちゃってるしね」


「ご機嫌ナナメ?」


「基本的にヤクザも含めて相互不干渉というのが鉄則なのよね。それを無理やり気味にお金を強奪しちゃったから……」


 無理やり気味というか、誰がどう考えても完全にただの強盗だからなアレ。


「それで?」


「ちょっと、面倒な仕事を押し付けられたのよ。それも無料(ロハ)で」


「面倒な仕事って言うと?」


「九尾の復活の関連でこの周辺の霊的バランスは大きく崩れているのよ」


「ふむ?」


「端的に言うとね、人知れず……地震と津波関係の地鎮祭が行われるのよ」


「地鎮祭ですか?」


「九尾以外にも色んな大物の化け物が封じられている神社があるのよね。まあ、要はその封印を更新するっていう儀式よ」


「ふーむ」


「神社は3つ。前半戦で今日一つの神社の鎮祭が行われて、後半戦で5日後に残る二つの神社の鎮祭が行われるわ。そして私は今日……鎮祭を滞りなく遂行するための守護者として選定されたの」


「ちなみに、鎮祭が失敗するとどうなるんですか?」


「3つの内の2つが更新失敗だと大変なことが起きるわね」


「大変なこととおっしゃいますと?」


「震度7の地震が起きて津波と併せて横浜は壊滅。その後は百鬼夜行という言葉をご存知かしら? それが現代で起きるわ。恐らく、魑魅魍魎が町中に闊歩してその対処の為に政府から戒厳令が敷かれるわね。全国から退魔師とか自衛隊の特殊部隊とかが大集合……。ひょっとすると同盟国のアメリカからの特殊部隊が来るかもしれない。で、魔物をあらかた片付けるまでは横浜は経済拠点として麻痺状態になるわ」


「本当に大変なことになるんですねっ!? 大丈夫なんですか?」


「ここ700年に鎮祭は7回行われていて、邪魔が入ったっていう話もないし、まあ……守護者はお飾り的なシロモノよ。まあ、相当にヘヴィな重要な儀式であることは間違いないのだけれど……」


「先輩? 俺も一緒に行きましょうか?」


 そこで阿倍野先輩はクスリと笑った。


「大袈裟なのよ貴方は」


「いや、でも……先輩は俺に色んなことを秘密にしてた前科がありますし」


「貴方の力はあの件で十分に理解したわ。私が本当に困っていることがあるのなら、これからは貴方に絶対に相談するから。ともかく、今回の件は私一人で十分対処……というか、警備員さんよろしく、神社の鳥居の前で突っ立っているだけだから」


【スキル:第6感が発動しました。森下大樹は嫌な予感を感じました】


 スキル発動か……。

 つっても、第6感のスキルはあんましアテにならんしな。 

 まあ、その道のプロである阿倍野先輩が言うからには本当に大丈夫なんだろう。



「それじゃあ先輩、今日はこの辺りで」


 いつもの帰り道、そしていつもの分かれ道。

 俺は軽く阿倍野先輩に頭を下げた。


「ええ、それじゃあね森下君」 



 ――そして、俺はこの日に阿倍野先輩を一人で行かせたことを後悔することになる。

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