第61話田中花子 ~セラフィーナ~ その4

 ――鎮祭。

 横浜各地の邪なる存在を鎮めるために儀式。



 私はいつもの巫女衣装に身を包み、備前長船を片手にとある山奥の神社の鳥居に背中を預けていた。


「徳川の世以降、今の日本は霊的には完全に安定している。どのような化粧の者が……今更この日本を害しようと言うのかしらね……本当に馬鹿馬鹿しい」


 まあ、それでも阿倍野本家としては、この鎮祭に虎の子の守護者を派遣したという実績は欲しいのだろう。


 今の私の力は、森下君のおかげでドミニオンズに匹敵――とはいえ、ロンギヌス開放時のレーラ=サカグチには到底太刀打ちできないけれど――程度には実力者ではある。

 手前味噌だが、日本という狭い範囲内ならそこそこ以上の実力者ではあるのだ。


 と、そこで神社の神主の祝詞が聞こえてきた。

 うん、こちらも一流を用意しているようだ。祝詞に乗せられた魔力が半端ではない。恐らくは退魔師としても私と同等の力を持つ有力者が派遣されている。


 と、そこで私はふわァとあくびを一つ。

 まあ、ぶっちゃけた話、今回の件で横槍が入る可能性は皆無だ。

 よっこいしょとばかりに私はその場に座り込んだ。


 ――まあ、この程度の仕事を押し付けられる程度でヤクザ屋さんの事件をチャラにしてもらえるなら……ぶっちゃけありがたい。国宝の件についてはヴァチカンと本家の更に上の組織まで根回ししたおかげで、後付けの理由で阿倍野分家の資産の正当な売却と言う形で上手く収まったけど……まあ、本家とは後々まで確執は残りそうね。


 と、そこで私は神社の参道の山道を登る長い階段から霊圧を感じて即時に立ち上がった。

 そして、腰の備前長船を確認する。

 背筋に冷や汗が走り、私は次に懐の札に手をやり、残数の最終確認を行う。

 

 ――来る。


 そう思った瞬間、耳にバイクの猛烈なエンジン音が聞こえてきた。

 そして私は階下から放たれるフロントライトの光に照らされた。

  

「1500CCのモンスターバイクで猛スピードで階段を駆け上がる……か」


 エンジン音を聞きながら、私は後ろずさって鳥居の中に入る。

 そこは半径30メートル程度の広場の中心。

 すぐに私は備前長船を鞘から引き抜いた。

 

 ――後ろは直でそのまま本殿につながっている。ここで私という壁が侵入者に抜かれると終わりだ。


 そして、私が抜かれるということはそのまま横浜は災禍に見舞われるということを意味する。


「鋼鉄の巨大な騎馬を駆る聖騎士……まあ、時代に上手く調和したものね」


「そのとおりだ! 騎士は騎乗してこその騎士だろうっ!?」


 白銀の槍を片手に、広場にバイクで乗り付けてきたのは――フルフェイスのヘルメットにライダー用のラバースーツといった風情の森下君の担任のセラフィーナ……いや、田中花子だ。


「それでは行くぞっ!」


 フルスロットルにバイクのアクセルを回して、猛烈な加速で鋼鉄の騎馬が私に迫り来る。


 そして、ほどなくして繰り出されるは、しなやかな上半身のバネを活かした白銀の槍による強烈な一撃。


 ――カキィ――ン。


 月夜に刀と槍の金属音が響き渡る。


 時速100キロのバイクの加速を乗せた聖騎士の渾身の槍。


 何とか心臓を貫く軌道を刀で逸らしたが、備前長船を持つ私の掌はビリビリと痺れる。


「故あって鎮祭の儀式を妨害しに来た! 東方の巫女――阿倍野輝夜とお見受けする!」


「ヴァチカン……か」


 完全に油断していたと私は歯軋りした。

 レーラ=サカグチとは友好な関係を築いていたと思っていたので、その可能性は最初から私の頭の中で排除されていたのだ。


 考えてみれば、とにかく魔物の殺戮を至上命題とする連中からすれば、封印された魑魅魍魎が湧き出るこのイベントを見逃すはずもない。


「貴殿には恨みは無いが、これもヴァチカンからの天命! 大人しく頭を垂れて引き下がるなら命までは取らん! 我は聖騎士――セラフィーナ! いざ――推し通るっ!」


 さきほどの初太刀からすると、流石に聖遺物を所有するレーラ=サカグチのガーディアンズだ。


 私も本気を出さなくてはとても対処できるものではない。


 私は懐からダース単位で札を取り出した。


 右手に備前長船、左手には24枚の札。



「かつては陰陽を極めし清明が子孫――東方の防人:阿倍野輝夜。土足で他人様の国にあがりこんで我が物顔……礼儀を知らぬ西方の下郎に垂れる頭は持ち合わせてはいないわ。推し通るのであれば私の屍を超えていきなさい」


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