第62話田中花子 ~セラフィーナ~ その5

 サイド:レーラ=サカグチ



 ――東京:帝国ホテル高層。

 

 階下に広がる宝石のようなネオンの群れ、高価な調度品で固められたスイートルームで私は叫んだ。


「ハァ? 何言ってんの?」


「横浜を焦土と化す。そう言ったのですが? 既に貴方の部下には私から直接に命令を下しました」


 すまし顔の金髪ロンゲ……リンフォードは微笑を浮かべた。


「アンタ……ただの聖騎士よね? 組織としての序列はドミニオンズである私の方が遥かに上よね?」


「現在の制度上はそうですね。しかし、これは命令です」


 ヴァチカンからの命令……? 

 そう言われてしまっては私も言い返せない。

 でも、それでも……。


「私はただのドミニオンズではない。奇跡認定されているおかげで、ヴァチカンも私にもおいそれとは処分は下せない。その上で敢えて言うわ。ただの聖騎士が私の意向に逆らうって言うの?」


「どういうことでしょうか?」


「今回の作戦は中止よ。知り合いが噛んでいるみたいでね……これは私が定めし私の法理の決定事項よ」


 そこで再度、リンフォードはクスリと笑った。


「ええと……姫……でしたかね。雑魚に祭り上げられて突然変異で羽が生えているおかげで多少のワガママもヴァチカンから見逃されて、それで――天下を取ったつもりですか? この小娘が」


「小……娘……?」


 そこでコクリとリンフォードは頷いた。


「どうにも勘違いされているようですね。これは命令です。ヴァチカンは関係なく、純粋な力関係からの私個人による貴方への命令です。今回のこの件はヴァチカンからも絶対命令という形ではありませんしね。あくまで、可能であれば仕掛けろ……程度の命令です」


「だったら、なおさらアンタの言うことなんて聞けないんだけど!?」


 そこでリンフォードは立ち上がった。


「言うことを聞けないのであれば、聞いてもらいましょうか? 少し痛い目にあってもらいます」


「ハァ? 特務聖騎士かなんだか知らないケド……ドミニオンズを舐めすぎじゃない?」


「だったら、やってみれば良いじゃないですか。ご自慢のロンギヌスで。ちなみに、今回は力関係をハッキリさせる為であれば……貴方によるロンギヌスの使用もヴァチカンも許可をしておりますのでご安心を」


「吐いた唾は今更飲めないからね!? 覚悟なさいっ!」


 ロンギヌスの使用を許可? 

 ただの聖騎士が全力の私をどうこうできるとでもヴァチカンは思ってんの?


 ――もう、ほんっとうにアッタマにきた!


 私は魔装を展開させた。


「全魔装オーバードライブ! 聖遺物――ロンギヌスの使用を解禁するっ!」


 そうして私は、全力でロンギヌスを――つっても殺しちゃ不味いから――リンフォードの肩口に向けて繰り出した。


「スキル:物理攻撃反射」


 リンフォードの肩口を、確かにロンギヌスは捉えた。

 でも、次の瞬間――私の肩口から鮮血が飛び散った。


「きゃっ!」


 甲高い声と同時に私はその場で倒れた。


「報告どおりにお優しい性格のようだ。もしも頭や心臓を狙われていたとしたら厄介でした。ヴァチカンとしても奇跡認定生物としての貴方には相当な価値を見出しているようですから」


「物理……攻撃……反……射……?」


「ええ、それと魔法攻撃反射が私の能力です。そして、本当に勘違いされているようですが私はただの聖騎士ではありません。6天聖への内定も貰っていますしね。そして当然、私はそこでは止まりません。この絶対能力でこの世の頂点まで駆け上がります」


 そこで私は絶句した。


 ヴァチカン最高峰――6天聖。


 多分、6天聖クラスになると九尾より余裕で……つまり、スキル不使用だと、森下大樹よりも余裕で強い。


 それに併せて、物理と魔法の反射能力。

 あまりにも非常識な戦闘スキルだ。


 ――これはちょっと……いくらなんでもな力だ……例え森下大樹でもこいつを何とかできるとは思えない。


「で、どうするんでしょうか? 姫? これは極東における指揮官である私からの命令です。命令違反を犯すつもりですか?」


 肩口から溢れる血液を右手で押さえながら、私はその場で立ち上がった。


 そして、私はリンフォードに向けてファックサインを作った。


「でも、それでも――私はアンタには絶対に屈しないっ!」


「はは、本当に報告どおりだ。ここまでのハネっ返りは初めて見ました」


「私は――ワガママ放題に――好きに生きろって――どっかの誰かと約束したのよ! だから、絶対に心の芯は曲げない!」


 そこでリンフォードは楽しげに頷いた。


「命令違反の宣言ですね。わかりました……貴方は奇跡認定もされています。ヴァチカンも価値を認めています。私もそれなりには貴方の処遇についてはヴァチカンの意向に沿わなければならない。確かにそれはそうかもしれませんが、残りの5人はどうでしょうかね?」


「ガーディアンズ?」


「そうです。彼女たちは聖騎士としてはトップクラス。各々がドミニオンズの下位程度なら圧倒できる力を持っていますが……それこそ所詮は聖騎士です。ヴァチカンからすれば、一山幾ら……のね」


「何が言いたいの?」


「――極東における霊的バランスの掌握は私が自由裁量でヴァチカンに任されています。まあ、貴方たちは私の部下になるのです。で……私の邪魔をするのであれば、現時刻を持って貴方達を敵対勢力として認定し、貴方に厳重な処罰を、そして残りの5名は私が直々に粛清――いや、殺します」


「……え?」


「命令違反には処罰は当然のことでしょう? これは次期6天聖の私の決断です。自由裁量権を与えられている以上、ヴァチカンもそれほどには問題にはしないでしょう。元々、ヴァチカンは勝手に聖遺物の使用を独断で解禁する貴方に……誰かにお灸をすえて貰いたかったみたいですしね」


「それを私が許すとでも――」


「許すも何も……貴方の力ではどうにもならないでしょう?」


「……」


「……」


「……」


「……」


「で、どうするのですか? ドミニオンズ殿?」


 確かに……と私は思う。


 ヴァチカンの至上命題はより多くの魑魅魍魎の殲滅だ。

 だったら、今回の件は千載一遇のチャンスでもある。


 ヴァチカンの理屈に従うなら、リンフォードに分があるのは間違いない。

 私自身もいつかは……こんな時がくるんじゃないかとは思っていた。


 そして何より、今の私に……個人としての力でも、組織内のパワーバランスを考えたところでもリンフォードに対抗する術は無い。


「……分かったわ。貴方に従いましょう」


「ご理解が早くて助かります」


「ただし、今回の阿倍野輝夜の件については私に納めさせて」


「ええ、結構ですとも。ただし、神社の封印更新を妨害する件についての貴方の裁量は一切認めませんよ?」


「…………それで良いわ」









 サイド:阿倍野輝夜



 互いにボロボロだった。

 実力は伯仲していて、互いに互角。


「流石は……聖遺物の所有者である上位ドミニオンを守るガーディアンね」


「それはこちらの台詞だ阿倍野輝夜。もしも貴様が共に戦場で背中を預ける味方であれば――どれほど心強い味方か……」


「でも、ここらで潮ね。私はまだ刀しか使っていない」


「……」


「そう、私はまだ……符術を見せてはいない」


 ――炎符:極獄炎


 今使える私の最大の攻撃術式。

 恐らくは、この術を使えば私は人殺しになってしまうだろう。

 そうなれば……森下君が悲しむ。

 だから、この術は今回の戦いでは絶対に使わなかった。


「ああ、そんな気はしていたよ。恐らくはお前の力の方が私よりも1ランクは格上だ」


「分かっているのならば、ここで矛を収めなさい」


 そこでセラフィーナはハハっと笑った。


「引く? 何故に? ここで引く理由は何もない!」


「どういう……こと?」


 そこで、神社の階段の下から――4台のバイクのけたたましい音が聞こえてきた。

 その意味するところを考えて、私は戦慄した。


「私は一人ではないのだっ!」


「……でしょうね」


 そうして、大きく息を吸い込んでセラフィーナは高らかに笑った。


「我々はファイブマンセルなのだ! 5人で一組――5人が揃ってドミニオンズのガーディアンズとなるのだっ!」


「……」


 増援を意味するバイク音がどんどん近づいてくる。


「レーラ=サカグチはこの件については知っているの?」


「今回のこれは姫の上司にあたる者からの直接に指令を受けた。直接確認を取ったわけではないが……無論、了承済みのことだろう」


「……」


「それと、貴殿については最悪の場合は殺しても良いと命令を受けている。そしてこの国の組織に対する今後の我々のスタンスを示すデモンストレーションの為に、生け捕りの場合は拷問にかけて地獄を見せろとの指示だ。恨みは無いが……これも天命だ」


 このクラスの相手が……残り4人か。

 今のこの瞬間にセラフィーナを符術で畳み掛けて無力化することはできるけど、そこから先はどうにもならない。


 私は札を捨てて、懐からスマートフォンを取り出した。


 ――森下君……ごめんなさい。貴方にはこれ以上借りを作らないつもりだった。そうじゃなければ私たちは対等な恋人になんかはなれっこない。そう思っていた。


「でも、これはちょっと……私一人では……対処できない」


 結局……と私は自嘲気味に笑った。


 ――あの人がいなければ私は何もできない。多少強くなったとして、結局は私は未だに一山幾らのそこらの退魔師なのだ。


 唇をかみ締めると血の味がした。久しく忘れていた、無力の鉄の味が口内に広がった。


 そして――


 ――私はただ一言……森下君に「助けて」とメールを送った。



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