第64話作戦会議

 箱根温泉へ向かう特急電車の中で弁当を食べながら阿倍野先輩が唐突に切り出してきた。


「作戦会議をしましょう」


「作戦会議ですか?」


「ええ。まずは状況を整理するわね。鎮祭の儀式は3つの拠点のうちの2つを落とされれば終わりで、失敗すると大地震と百鬼夜行が起こるの。そして拠点は箱根の山奥に二つあるのよね。儀式の始まるタイミングは明日の夕方……ほぼ同時刻よ」


「そういう話でしたね。それで恐らくはサカグチさんとガーディアンズ5名が二手に分かれて拠点を落としにくるはずです」


「ぶっちゃけた話、レーラ=サカグチに私は勝てないし、ガーディアンズも私が対処できるのは2名までね。5人でこられると完全に無理ゲーよ」


「勝算はあるみたいな事……言ってませんでしたっけ?」


 コクリと阿倍野先輩は頷いた。


「貴方がいるじゃない」


「え?」


「貴方って音速超えて移動できるでしょ? 私もどっちが来ても1分なら粘れるわ。だったら両方とも貴方が速攻で片付ければ万事オーケーじゃない?」


「1分以内に片づけた上で、先輩の所に駆け付けろと? 簡単に言ってくれますね……」


「でも、事実でしょうに?」

 

 そこで俺は今まで隠していた事実を阿倍野先輩に告げた。


「MPが……無いんです」


「ん? どういうこと?」


「地球って魔素が薄いんですよね。異世界だったら寝て起きたらMP全快だったんですが……地球では寝て起きても10とかしか回復しないんです。元々、帰ってきた後は魔王戦の後でMP消費した後でしたし……九尾の時にも大技ぶっ放しましたしね」


 そこで阿倍野先輩は大きく口を開いて呆けた表情を作った。


「……え?」


「そんでもって先輩に回復魔法を施したので、それで俺のMPはゼロです。スキルも基本的にはMPを消費しますので……」


「つまり、どういうことなの?」


「ガス欠状態です。今の俺なら九尾にも勝てませんし、音速移動もできません」


 うわぁ……という表情を作って、阿倍野先輩は残念なモノを見るような視線を俺に向けてきた。


「森下君?」


「テレビで、海外の……奇想天外なエピソードを経験することになった人を紹介する的な番組あるじゃない?」


「海外で本当にあった難病克服物語とか、脱獄物語とか、悲運な恋愛物語とかそういう奴ですか?」


「そう、それよ。で、特に悲運な恋愛モノなんかは最後はハッピーエンドになるわよね?」


「ええ、まず間違いなくそうなりますね」


「で、再現映像なんかでは白人の綺麗な役者さんが演じている訳よ」


「はい」


「そうして、最後にハッピーエンドの後に、現在の二人……的なエピソードがあるじゃない?」


「ええ、ありますあります」


「超高確率で二人の顔は不細工だったりするわよね」


「確かに……そうですね」


「今の私の気分は、実際の現在のハッピーエンド後の二人を見ている気分よ」


「言葉では言い表せないほどにとてつもなく残念な気分になったと言いたい訳ですかっ!?」


「そういうことね。MP切れの貴方なんて……本当にピチクソ野郎じゃない」


 物凄く残念な表情を阿倍野先輩は作った。

 ってか、こいつ本当に口悪いな。


「ところで森下君?」


「何ですか?」


「都会のど真ん中で寝泊りして魔力……いや、異世界風に言うならMPね。4000を超えている貴方みたいな化け物がまともに回復する訳がないでしょうに」


「どういうことなんですか?」


「魔力ってのは大自然の霊気を身体に溜め込むものなのよ。パワースポットで寝泊りすれば回復は非常に早いわ」


「え!? そうだったんですか?」


「日本で言えば富士山とか……他にも竜脈上に建てられた神社なんかの施設だと早いわね一日200~300は回復するんじゃない?」


 これは誤算だ。

 そんな回復方法があったとは……。

 ってか、日本でそんなにドンパチするなんて欠片も思ってなかったからMP残量が少なくても特に気にしていなかったのは完全に油断だ。


「しかし困ったわね。箱根の神社で一泊して夕方までいれば……まあ、100~200は回復すると思うけれど」


「MP残量100~200ですか。まあ、それだけあれば音速移動で駆けつけて、両方ともぶっ飛ばすことは可能です。長距離音速移動だけでMPはほとんどカラになりますが」


 そこで、再度、阿倍野先輩は残念なモノを見るような視線を俺に向けてきた。


「98パーセントの確率で、レーラ=サカグチとガーディアンズを倒してそこで終了って訳じゃないわ。多分……九尾以上に面倒なのが来るから貴方のMPが移動でゼロになったら困るのよ」


 地図を広げて俺は思案する。


「音速を超えた最大戦速じゃないとどんだけ急いでも10分はかかりますよ? 素のステータスでも流石にサカグチさんくらいならワンパンでいけますから……俺は良いとして、先輩はその間にフルボッコですよね? 相手も俺が駆けつけるのも分かってるでしょうし、向こうも速攻で先輩を無力化して拠点を潰すにかかるでしょうし……」


「……これは本当に困ったわね。貴方の唯一の取り柄は……最強であることだけだと思っていたのに。まさか……ガス欠だなんて……このビヂグソ野郎が」


 ビヂグソって言われた……。

 本当に酷いなこの女。


【スキル:精神攻撃耐性(中)が発動しました】


 ありがとう神の声。

 っていうか、神の声を持っている俺じゃないとこの女とは絶対に付き合ってられねえよな。


「この件については完全に貴方が悪いわ」


「確かに、MP残量を甘く見ていた俺が悪いかもしれません」


「悪いのはそこじゃないわ。大体、どうしてドラクエシステムじゃないのよ! ステータス=強さの……分かりやすい異世界じゃないのよっ!」


「ドラクエ……ですか?」


「そうよっ! スキル倍率補正の重ねがけでマシマシドーピングステータス系の異世界なんかに飛ばされた貴方がどう考えても悪いじゃないっ!」


「飛ばされた場所の話ですか!? ってか、俺のせいですかそれっ!?」


 理不尽だ。

 そこは俺の努力ではどうにもできんところだろう。

 そこで先輩は暗い表情を作った。


「さすがの私でも……かなりのお手上げの状況みたいね。策が思い浮かばないわ」


「要は、俺が高速移動しなくても間に合う……つまりは先輩が連中相手に多少は粘れる程度になれば良いんですよね?」


「何を言っているの森下君。それができれば苦労はしないわ」


 そこで俺はコクリと頷いた。

 この方法だけは絶対に使いたくなかったんだが……背に腹は変えられない。



「じゃあ先輩――レベルアップの為に……期間限定で……ちょっとだけ……行って見ますか? 異世界?」


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