第34話 VS九尾の狐 その9
「な、な……な……なっ……なっ……なんじゃ……なんじゃそりゃあ?」
なんじゃそりゃあと言われても俺が困る。
こんな防御結界も砕けないようじゃあ、即刻で勇者廃業だ。
再度、九尾はパクパクパクパクパクと何度も口を開閉させる。
「ありえぬ……到底信じられることではない」
「事実、ありえたことだろうが」
そこで九尾はこの上なく不満げな表情で言った。
「確かに単純な戦人(いくさびと)としての力は我はぬしに適わんじゃろう」
「ようやく事実を受け入れるつもりになったのか?」
「うむ」と九尾は頷いた。
「まともにやっても、ぬしには適わぬ」
「だったら……とっとと降参したらどうだ?」
「降参? 我が降参? 何故に絶対的優位に立ちながら降参せねばならんのじゃ?」
「……どういうことだ?」
「これを見てみるのじゃ」
九尾の指差す先――9本の尾は8本となっていた。
そして更に九尾は阿倍野先輩の方角に向けて指を向けた。
その先には、阿倍野先輩の後方から彼女に襲い掛かる影が見えた。
「我の分体じゃよ。人を助けに来たようなお人良しには――人質を取られて抵抗できずに嬲り殺されるという姿が良く似合うとは思わんか?」
九尾の分体の気配を察知した阿倍野先輩は後方を振り向き舌打ちした。
見たまんま狐……いや、ライオンのような大きさの肉食狐が今にも阿倍野先輩に襲いかかろうとしている。
速度を見る限り……阿倍野先輩と九尾の分体の力量の差は圧倒的だ。
ステータス基準で恐らくレベル10の開きはあるだろう。
「森下君……ごめんなさい。やはり私は貴方の言うとおりの足手まといみたい。でも……迷惑はかけないから」
彼女は咄嗟の判断で自らの刀を自らの右首筋にあてがおうとした。
――おいおい、それは想定外すぎんぞ? どこまで俺を振り回そうってんだこの女はっ!
自死を選ぼうとした彼女に、俺は冷や汗をかいて――そして。
「阿倍野輝夜ァアアアアアッ! 借りも返さないままに勝手に地獄に行くなんて許さない! でも、流石にこれで――貸し借りゼロだかんねっ!」
翼を広げ、羽ばたかせ――金髪の小柄な美少女が、今にも九尾の分体に確保されそうになっていた彼女を横っ面から抱きかかえてかっさらっていった。
「ちょっと気絶している内に色々ダッシュな展開になってるみたいじゃないっ! けれど、神の守護――身体自動治癒能力を持っている私に……無駄に時間を与えすぎたわね! このクソ狐っ!」
全速力で超低空飛行で九尾の分体から離脱しながら、阿倍野先輩を背負ったサカグチさんは九尾に向けて笑みと共にファックサインを作る。
「良し! でかした――サカグチさんっ!」
ガッツポーズを作りながら、俺は金属バットを拾い上げ、そして九尾の分体に向けて遠方から上段斬りの素振りを行った。
「真空斬っ!」
発生したカマイタチが九尾の分体に向けて放たれたカマイタチは一瞬で巨大狐の首と胴体をオサラバさせた。
「ほう、この罠をしのぐか……じゃが……アレを見てみい」
「アレだって?」
九尾の示すサカグチさんがいる場所を見た瞬間、そこにはサカグチさんを囲むように配置されている9体の土蜘蛛の姿が見えた。
「謀略を施すならば2段構え。基本中の基本じゃろう?」
本日何度目か分からない勝ち誇った笑みに対し、サカグチさんが大声をあげた。
「ハッ! オーバードライブ状態の私を……今更土蜘蛛数匹でどうこうできる訳がないじゃないっ!」
その瞬間、つい先刻まで所在していた土蜘蛛は姿を消した。
いや……透明化した。
これは……スキルで言えば光学迷彩か。
「ハハ、笑わせくれるのう! これは土蜘蛛の特殊進化種族じゃ。擬態を使い周囲と溶け込み透明化した土蜘蛛を……視認できぬ状態でぬしにどうこうできるわけがない!」
「見えない……ですって? オマケに足手まといを背負いながら対処……? 無茶言ってくれんじゃないのっ!」
勝気なサカグチさんの瞳から強気の色が消えていく。
「オマケに二人じゃ重くて翼で空にも逃げれない! どーすりゃ良いってのよ!」
この馬鹿!
自分がヤバいって敵に教えてどうすんだよっ!
俺が頭を抱えている時、九尾が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「フハハっ! 二人まとめて確保するのじゃ! 人質は多いほうが良い!」
と、そこで――
「レーラ=サカグチ! 14時の方向から来るわ! 真後ろに飛んでっ! 全速力! 今すぐっ! 飛び幅は7メートル!」
サカグチさんに背負われている阿倍野先輩が叫んだ。
一瞬の逡巡の後、全てを理解したサカグチさんの瞳に勝気の色が戻った。
「了解っ!」
サカグチさんが飛んだ後、ビュオンと風切音が彼女達の先ほどまで所在して場所でうなった。
「次は18時の方向からっ! 右真横に飛んで……12メートル!」
「了解はしたけど……この私に向かって上から指示してんじゃないわよ!」
真横に飛んだサカグチサンは笑いながらそう言った。
「次っ! 前方に7メートル飛んでっ!」
次々と見えない相手からの突撃をかわしていく二人を見て、九尾は目を白黒とさせている。
「何故……何故じゃ!? 何故にあの程度の使い手達が視覚に頼らず……分かるのじゃ!?」
俺と阿倍野先輩は互いにアイコンタクトを交わして――
「これで最後っ! 飛べるだけ真上に飛んでっ! レーラ=サカグチ!」
「重いっ! アンタ! ちょっとダイエットした方が良いんじゃない!?」
「うるさいっ! チビで貧乳の貴方と違ってこっちはFカップの巨乳なのよっ!」
「アンタ後で絶対殺すかんねっ!?」
そうして翼を羽ばたかせてサカグチさんは垂直方向への大ジャンプを決行した。
その高さは10メートル程度だろうか。
良し、これなら十分にやれる。魔力のタメも十分だ。
「零式――真空斬っ!」
金属バットを360度の全てに向けて一周振るう。
高さ1メートル。
半径100メートル圏内の全てが――俺の発生させたカマイタチによって分断されていく。
ボトボトボト。
蜘蛛達の両断された死骸が周囲に転がった。
「何故じゃ……何故なのじゃ……これで……万策尽きたのじゃ……」
九尾もまた上方に飛んで真空斬を避けていた。
そして俺は地面に降り立ち、グッタリとその場でうなだれている九尾に向けて声をかけた。
「何故かって? そんなことは簡単だ。阿倍野先輩の索敵のスキルだよ。あの二人を甘く見すぎたな……このマヌケ野郎っ!」
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