第14話 異世界仕込みのパワーレベリングを開始します 後編
時刻は午後7時となっている。
外に出ると既に夕陽は落ちていて、街灯と月明りが街を照らしていた。
喫茶店から高校への道すがら、俺は空き地に立ち寄って拳大の石を拾った。
「何を拾ったの森下君?」
「気にしないで良いですよ。後々分かります」
と、その時――
【スキル:隠匿が発動しました】
【スキル:光学迷彩が発動しました】
【スキル:忍び足が発動しました】
【スキル:空間断絶が発動しました】
神の声が仕事をしてくれた。
まあ、手動でも発動できるんだけどウッカリ忘れていた。
確かに、今から俺たちがやろうとしていることは誰かに見られると非常によろしくない。
「これは……隠密の術? 私は専門ではないけど……それでもこれが恐ろしく高度な事は分かるわ」
「別に俺も本職って訳じゃありませんけどね」
そうして俺たちは高校の屋上へと辿り着いた。
と、俺は異世界ではお馴染みのアイテムを取り出した。
「アイテムボックス」
ヴィンっていう効果音と共に、アイテムボックスが虚無から出現した。
「それは……何?」
「アイテムボックスですよ。中は異空間とつながっていて、どんなものでも保存できます。まあ、トン単位で収納可能な倉庫だと思っていただければ……」
「そんな無茶苦茶な……いや、もう貴方については一々驚いても仕方ないわね」
屋上の落下防止用フェンスに背中を預けながら、腰までの黒髪を弄りながら阿倍野先輩が尋ねてきた。
「それで、何を取り出すつもりなの?」
「非常食用に閉じ込めておいたんですよ」
「閉じ込めておいた……?」
「ええ、これ系は……シメた直後が一番美味いですからね」
俺はアイテムボックスから――
――オークを取り出して屋上の端に放り投げた。
身長190センチ程度で体重は240キロ。
相撲取りを更に巨大化させた感じの魔物だ。
オークはこちらの様子をうかがって、その場で固まっている。
そこで阿倍野先輩は呆気にとられた表情を作った。
「豚の……妖魔? しかしこの霊圧……只者ではないわね」
ただのオークですが。
いや、まあ一応はオークの上位種でオークリーダーか。
とりあえず、駆け出し冒険者が一人でギリギリ狩れる感じの相手かな。
「とりあえず、これを倒せば素敵な事が起こると思いますよ」
「……にわかには信じられないけれど」
「まあまあ、論より証拠ですよ」
「ところで……これはかなり上級の妖魔よ。私一人で封滅できないことはないけれど、リスクは非常に高い。そして、不覚を取れば怪我ではすまないわ」
「最悪の場合は俺がフォロー入れますんで大丈夫ですよ。でも、ギリギリまでは手出しはしません。先輩が一人で倒すことに意味があるんです」
集団戦では経験値配分は功績者順になってしまう。
俺が倒しても意味がないって訳だな。
「……本当に大丈夫なの? 安心しても良いの?」
そこで俺はポンと掌を叩いた。
「それじゃあ、これを使いますか?」
アイテムボックスから俺は蜘蛛の糸を束ねた容器を取り出した。
「オーク種は鈍重で知能が低い事で知られています。それでこのアイテムは鳥モチのようなものですね。この糸を地面に張り巡らせたとこで待ち伏せすれば足を取られてその場で転倒します」
「そうして、起き上がろうとして地面についた手に糸が絡みついて、外そうとしてもがいて……もがけばもがくほど糸が絡まって泥沼という訳ね」
「そういうことです。後、後頭部の肉が薄くて、頭蓋も薄い。そこがオークの弱点です。防御力が高いので真正面から殴り合いをしたら先輩の力では恐らく泥仕合になるかと思いますよ」
阿倍野先輩は俺の手から容器を取ろうとして――首を左右に振った。
「どうしたんです?」
「貴方のようなピチクソ野郎に手取り足取り世話になる気はないわ。私は貴方のメル友で、あくまで対等な立場よ」
阿倍野先輩は懐から札をダース単位で取り出して念を込めた。
そして札を8枚オークリーダーに向かって投擲する。
ペシペシと札がオークリーダーの手足に付着して――事が起きた。
「呪符術:亡者の釜」
コンクリ―トの地面から無数の手が伸びてきてオークの手足に纏わりついた。
力で引きはがそうとするが、手の数が多く引きはがせるものでもない。
オークはまともに動けず、ただただ手足を振るって狼狽する事しかできない。
「炎符術:花鳥の舞」
放たれた6枚の札が炎の鳥となってオークに襲い掛かる。
オーク種は本能的に火を恐れる傾向があり、オークの精神的な動揺は十分に誘えるだろう。
「上手いな」
感嘆と共に俺がそう口を開いた時――
――いつの間にか阿倍野先輩がオークの背後の忍び寄っていた。
そうして、阿倍野先輩はどこに隠し持っていたのか、小太刀を片手にオークの後頭部に突き刺した。
小脳と延髄を破壊されたオークは、その場にドサリと倒れる。
「喧嘩が上手いんですね」
本当に上手いと思う。
足止めも、そして炎ですら……ただのオトリだった。
全ては、後頭部からの一撃を決める為に最初から組み立てられていた作戦だったのだ。
「今まで滅してきた下級の妖魔の数は1000では効かないわ。素人ではないとは自負している」
先輩の力は駆け出し冒険者程度だと思っていたが、経験による戦闘センスを考えるともう少し上方修正しても良いかもしれないな。
「しかし、こんなことで本当に強く……って……えっ……!?」
右手で心臓を押さえて先輩は大きく目を見開いた。
よしよし、きっちり経験値が先輩に入っているみたいだな。
「どんな感じですか?」
「……みなぎって……いるわ」
思わず吹き出しそうになってしまった。
そうなので、なんというかレベルアップの瞬間って……みなぎってきたああああああって感じになるのだ。
伊達に俺も50回以上経験していないので、先輩の言っている意味は良く分かる。
「先輩? ステータス測定しても良いですか?」
「……ええ」
名前:カグヤ=アベノ
種族:ヒューマン
職業:巫女
状態:通常
レベル:1→4
HP :352/352→501/501
MP :378/378→552/552
攻撃力:284→407
防御力:242→333
魔力 :328→455
回避 :247→335
うっし、レベルが大分上がっているな。
レベルが低いうちは必要経験値も低いし、ガンガンレベルが上がる。
それに被せて、格上を倒せば無茶苦茶経験値補正が入るので、今回はそれのおかげだな。
ちなみにオークリーダーはレベル9相当の化け物で、普通であれば先輩のレベルでは絶対に討伐不可能だ。
普通なら単独でこんな大番狂わせは命を賭けても、天文学的な確率になるだろう。
だからこそ一気にここまで上がったんだけど。
まあ、どうあれこうあれ先輩のステータスは約束通りに大体1.5倍になった。
何だか良く分からんが、早く強くならなくちゃいけない切羽詰まった事情があるみたいなんだよなこの人。
オークの在庫もこれで最後だし、もしもこれで足りないとなると禁断のあの方法を検討せざるを得なかったんだから……ほっと俺は胸を撫でおろした。
「はい、先輩」
俺は来る途中で拾ってきた、拳大の石を先輩に投げてみた。
「石?」
「先輩は自前の術で身体能力を強化しているでしょ?」
先輩は努力値でステータスの底上げをしている。
そして強化の方式はあっちの魔術師達と似たような方法で、そうであればオンとオフができるはずだ。
俺の意図を理解したのか先輩はコクリと頷いた。
「で、どうですか先輩?」
「今は素のままの……女子高生としての私の腕力のはずなんだけど……何というか……既に退魔師の私がこんなことを言うのも変なんだけど――」
発泡スチロールのように石を握りつぶしながら、ニヤリと阿倍野先輩は妖艶に口元に笑みを浮かべた。
「――人間を辞めた気分だわ」
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