第11話 イタリア育ちのフィンランド人
あれから――。
阿倍野先輩に頼み込んで、メールは必要最低限に留めて一日一回の電話にしようと言う事になった。
物凄い不満そうだったが『メル友からレベルアップしてリア友一歩手前状態ですよ』と言った瞬間から妙に上機嫌になって受け入れてくれた。
早いうちに阿倍野先輩から逃げ出してフェードアウトしないと……と、思いながら俺は放課後の下校道を歩いていた。
と、そこで俺はクラスメイトの後姿を見つけた。
「あれは……レーラ=サカグチさん?」
30メートルほど先を行く彼女は携帯で誰かと話をしているようだ。
そうして彼女は道をズレて、空地へと入って行ってしまった。
普通ならこのまま通り過ぎてスルーしているところだ。
だが、たった数日でクラスの一部男子を奴隷状態にしている彼女に……俺は純粋にある種の興味を抱いていた。
10歳で大学院を卒業しているのに、何故か日本の高校に通っているし、8分の1しか日本人じゃないのに、ただそれだけをもって『だから日本語ペラペラです』とか説明されてしまったりとか……もう色々とツッコミどころ満載の彼女を気にするなと言う方が無理だろう。
彼女が入っていった空地と言えば、ドラ〇もんに出てくるような空き地だった。
草が生えてて土管が3本あっての……正にそのまんまな感じだ。
俺は建物の影からレーラさんの様子を伺った。
土管の上に腰をかけた彼女は苛立った様子で何やら電話で話をしている。
人に聞かれたくない話だから空き地に入ったのだろう。
土管の近くには遮蔽物は無く、確かにあそこなら誰に聞き耳を立てられる心配はないだろう。
【スキル:地獄耳が発動しました】
久しぶりに神の声がきちんと仕事をしてくれた。
20メートルほど離れているが、これで会話の内容はバッチリ拾えるぞ。
一体どんな話をしているんだろう……。
「上手く日本のハイスクールに潜入したわ」
潜入?
ただの転校じゃ無かったって事か?
気になった俺はこの場でじっくりと会話を聞いてやろうと決意を固める。
「どうやら日本の退魔組織は私と協調路線を取るつもりはないみたい。敵対意思はないようだけれど、歓迎もされていないみたいね……」
タイマソシキ……?
何を言っているんだこのイタリア育ちのフィンランド人は?
「ええ。わざわざ転校させてまで現地にねじ込むって事は……どうしても私の力が必要ってことでいいのよね?」
いかん、話が読めないぞ。
タイマソシキ……退魔……退魔組織……。
退魔組織っ!?
いや、でも、そう考えれば色々とつじつまが合う。
あの時も、そしてあの時も……なるほど、そういうことだったのか。
「……もう一度尋ねるけど、それが本当にヴァチカンの命令なの? 命令であれば従わざるをえないけど……」
やっぱりな。
イタリア育ちとくれば絶対にヴァチカンとか聖教会とかのカトリック系が出てくると思っていたぜ。
そう、間違いなくこいつは……レーラ=サカグチは――
――中2病だ
日本のアニメの影響って本当に凄いんだな。
まさか海外にまで中2病患者を生み出しているとは思いもしなかった。
電話の相手方も海外の中2病ネットワークの連中だろうか。
しかし、こういう遊びって……ごっこ遊びとか、そういう設定で会話を楽しむとかそういう系の奴だろ?
俺にはイマイチ楽しさが分からんのだが……。
「連中はそこまでなりふり構ってられなくなってるってこと?」
何やらサカグチ世界では色々と緊迫しているようだ。
ご丁寧に彼女の額から一筋の汗が流れ落ちていく。
顔も美形だし女優さんをやってみても中々サマになるんじゃないのかな。
「ええ、分かったわ――それが世界の意思なのね」
うおお!
世界の意思と来ましたか!
痛い、痛いぞ……これは痛いぞ……!
数年後に恥ずかしさのあまりに枕に顔をうずめて足をバタバタするパターンの奴だぞこれは!
「ええ、ええ、分かったわ……しかし、まさか……中立を保っていたアメリカが私達に敵対するなんて……」
いやいや、すげえな!
どこの世界のアメリカかは知らんが、サカグチさんの所属している組織すげえな!
アメリカと敵対かよ!
USA! USA!
「分かったわ。十字軍はまだ動かないと考えても良いのね?」
クルセイダーズ!
いやはや、本当に中2ワードのオンパレードだな!
「ええ。ええ。私個人には思うところはあるけど、教皇様より聖遺物を授かりし魔装天使(ドミニオンズ)として……任務は確実にこなすわ」
そこで俺はとうとうコケそうになった。
聖遺物に始まり魔装天使ときましたか……ドミニオンズときましたか。
いやー……こいつはとんでもない逸材だ。
ご両親は大変だろうが――
――ハタから見てる分にはとっても楽しい。
俺はこういう不思議ちゃんは嫌いじゃないんだ。
「全ては神のご意思の元に……」
そうして彼女は電話を終えて、胸の前で十字を切った。
と、そこでサカグチさんに近づく一つの影があった。
「あら? レーラ=サカグチ? 今夜は満月よ――ドミニオンズである貴方がこんなところで油を売っていても良いの?」
「それを言うならアンタもでしょ?」
俺は思わず物陰から身を乗り出してしまった。
なんせ、サカグチさんの痛い設定に付き合ってあげている新手の中2病が現れたのだから、俺のボルテージは上がらざるを得ない。
そして新手の中2病の姿を確認した俺は絶句した。
――なんということでしょう! そこには阿倍野輝夜の姿があったのです!
ブルータス、お前もか! ってか、何やってんだよ阿倍野先輩……。今年18になるんだろ? 勘弁してくれよ……
阿倍野先輩は何やら挑戦的な瞳でサカグチさんを見据えて、サカグチさんも阿倍野先輩を睨みつけている。
「それじゃあ、今夜はどちらが多く狩れるか……勝負よ?」
「悪いけれど、今夜は私は11時20分が門限だから」
まあ、阿倍野先輩は11時30分から俺と電話しなきゃいけないもんな。
ともかく、俺は頭が痛くなってきた。
ただでさえ残念な阿倍野先輩が……中2病まで併発させていただなんて……。
脱力しながら俺は帰路へとついた。
そして午後11時半、今日は俺から阿倍野先輩に電話をかけることになっている。
「あら? 映画:リングの着信音がするので不吉……と思えば……森下君だったのね」
「人の着信音をホラー映画の主題歌に設定しないっ!」
と、それは良しとして俺は阿倍野先輩に聞いてみた。
「レーラ=サカグチさんの事なんだけど、彼女について何か知っているかい?」
「彼女と接触したの?」
「接触って言うか、色々知っておいた方が良いと思ってね」
観察対象として面白そうなのは事実だ。
ハタから見ている分には凄く楽しそうだしな。
「ふむ……単刀直入に言うと、私は彼女の秘密を知っているわ」
「秘密?」
「ここだけの話と言うことで黙っておいてくれるなら――教えてあげてもいいわよ」
「ここだけの話と言うことにするよ。教えてもらえるかな?」
「レーラ=サカグチ……実は彼女――」
彼女は電話の向こう側で押し黙った。
そして大きく大きく息を吸い込んでこう言った。
「――友達がいないのよ」
「だろうなっ!」
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