異世界帰りの勇者が現代最強! ~いじめられっ子だった俺が帰ってきてもファンタジーで異能バトル系少女をビシバシ調教することになった件~

白石新

第1話 プロローグ

「ははっ! ははっ! マジでおもしれーっ!」


 時刻は夕暮れ。

 ここは春日山高等学校旧校舎4階の男子トイレ。

 旧校舎は特別な授業の時くらいしか使われないから、騒いでも問題にはならない。

 トイレの中には僕と中田と宮迫、そして村島の4人だ。

 宮迫はトイレ掃除用のデッキブラシを握っていて、中田はゴムホースを持っている。

 そうしてリーダー格である村島はラバーカップを片手にニヤニヤ笑っていた。

 金髪、茶髪、青髪ピアス。どいつもこいつも育ちも頭も悪そうだ。



「もうやめてくれよ! 僕が何をしたって言うんだっ!」



 ゴムホースからの水を受けて僕の学ランはずぶ濡れだ。

 まあ、端的に言うと、僕は……イジメを受けているという訳だな。


「ほらほら、キレイキレイにしないといけねえぜっ!」


 デッキブラシが僕の腹に伸びてくる。

 トイレ掃除用具……と、僕は嫌悪感を抱きながら、大きく身をのけぞらしてデッキブラシを避けた。

 と、そこでラバーカップを持つ村島がこちらに向けて歩を進めてきた。


 ゾクリと全身に鳥肌が立つ。


 だってラバーカップって、大便器をスポスポして詰まりを取り除くやつだろ?

 不潔とかそういう次元じゃなくて……それは流石に生理的に無理だよっ!

 吐き気すらこみ上げてきて僕は半泣きになった。


「泣くにはまだ早い。なんせこれから顔面をスポスポしてやらねえといけねえんだからなっ!」


 下卑た笑みを浮かべる村島に僕は絶句する。


「許して……許しておくれよ……」


 情けない顔で懇願しているのが自分でもわかる。

 そこで村島がはてなと不思議そうな顔をした。


「許してくれって言われてもなあ。お前は何かしたのか?」


「どういうこと……?」


「お前は俺たちに対して、何か悪いことでもしたのか?」


「いや、それは……」


「そうなんだよ」と村島は頷いた。


「お前は何もしてねえんだよ。だから許しを乞う必要はねえんだ」


「だったらもう……辞めておくれよ」


 村島は首を左右に振ってキッパリと言い放った。


「俺らが暇潰しでやってる事だからそれは無理だ。お前が虐められる事に理由なんて……そもそもねえんだ。俺らの気分次第で、お前はヒキガエルみたいに潰されて死ぬようなクソ以下の存在なんだよ」


「そんな……」


 と、そこで残る二人は爆笑した。


「いやー村島さん! マジでパねえっすわ!」


「ほんとほんと。極悪非道といえばまさにこのことですわ」


 そこで村島はラバーカップを片手に僕に向けて更に一歩を踏み出した。


「ごめん! 本当にそれだけは許してっ!」


 たまらないとばかりに僕はトイレの個室に逃げ込み鍵を閉めた。


 ドンドンとドアを叩く音と共に、3人の笑い声が強くなる。


「お前な? 学校のトイレの個室ってのは、天井とドアの間に大きな隙間があるもんなんだよ。それで逃げたつもりか?」


 ゴムホースの水が天井とドアの隙間の空間を縫って、バシャバシャと個室内をすぐさまに水浸しにする。そして続けざまにドンドンとドアが更に強く叩かれる。


「痛いことはしないから出ておいでー。デッキブラシとラバーカップで顔面のお掃除するだけだよー!」


 ドンドンドンドンとドアを叩く音が強くなる。


「出てこないなら、後でたっぷり痛い目にあってもらいますよー? 今ならまだお掃除だけですみますよー?」


 と、そこで村島は舌打ちした。


「出てこねえな。おい中田。よじ登って隙間から中に入れ。そんでもって引きずり出してこい」


「うっす」








 ――そうして、トイレのドアをよじのぼった中田はすっとんきょうな声を挙げた。



「どうした中田?」


「いや、村島さん……あの……なんていうか……」


「だからどうしたって聞いてんだろ?」


「消えてるんっす」


「ハァ?」


「いないんですよ。森下……」


「何馬鹿な事を言ってやがる」


 中田は個室内に侵入し、内部からドアを解除した。


「ほら、いないでしょ?」


「マジで……いないな」


 そうして、森下大樹が異世界へと転移したその場所で、しばし3人は無言で立ち尽くしていたのだった。








 異世界から現れた勇者率いる世界連合軍と魔王軍の戦闘は7日に及んだ。


 教会の聖騎士団も合流した各国連合とオーガ、リザードマン、アンデッドの混成兵団は敵味方入り乱れて大地を埋め尽くした。


 流れた血液があらゆる全てを朱色に染めたのは前哨戦に過ぎず、魔王軍は大巨人やドラゴン等の大物を戦線に投入することになる。


 大巨人のフットスタンプは数十メートル級のクレーターを何百と言う規模で大地に刻み、ドラゴン達のブレスは大森林を丸コゲにした。


 人間も負けてはおらず、大賢者率いる宮廷魔術師団が36時間かけて練り上げた大規模儀式魔法が山を一つ吹き飛ばした。



 4日間の攻防の後、双方の通常戦力がほぼ全て無力化された。

 そして最後に、戦場に双方の決戦兵器である――勇者一行と魔王が投入された。




 炎熱で湖が蒸発し、氷結で海が凍る。

 勇者の剣撃で大地に深く長い裂け目が数多と刻まれ、その戦いは後の世の地形図を大きく書き換えるようなシロモノとなった。

 3日3晩彼らは戦い続け――


 そして――。




「しかし……本当にボロボロだな」


 俺はくたびれた聖剣に寄りかかりながら、傍らの大魔術師に微笑みかけた。


「うん。本当にもう駄目かと思ったよ」


 言葉通り、全員が体中に傷を負っていて立っているのがやっとだ。

 MPも完全に尽きているし、身体能力強化の術式すらロクに行使する事はできない。

 今なら、世界最強のパーティーと呼ばれるこの3人を殺るのにオーガの10体も必要ないだろう。


「でも、俺たちは……倒したんだ。魔王を」


 と、そこで大魔術師はその場で膝をついている姫さんの肩を叩いた。


「悪いんだけど、回復魔法お願いするわ。MPの自働回復スキルは私よりも姫様の方が高いでしょ? そもそも私は攻撃専門で回復系は無駄にMP食うし、プリーストである姫様だったらボチボチ最低限の魔法は行使できるはず……」


 言葉を受けて、姫さんは小さく頷いた。

 そうして大魔術師に掌をかざしたが、大魔術師は呆れたように苦笑した。


「回復魔法は、真正面から魔王とドツキ合いしてた我らが勇者様に一番最初にしてあげるべきでしょ?」


 言葉を受けて、姫さんは笑いながら俺に近づいてきた。


「しかし……本当に帰るのですか?」


 体中が淡い緑色の光に包まれる。


 姫さんの回復魔法は……いつ受けても気持ちが良い。

 心が癒されるっていうか……まあ、実際に体は癒されてるんだけど。


「ああ」


「どうしても……ですか?」


 涙目になりながら姫さんは俺の瞳をじっと見据えてきた。


「俺が帰るってのは転移した時からの約束だろう?」


「せめて、荒れ果てた大地を再興させるまで……私と一緒に国を率いてはくれませんか?」


「魔王を倒すところまでが俺の仕事だ。復興はこの世界の人間がやるべきことだろう?」


「確かにそれはそうかもしれません」


 そうして姫さんはクスリと笑った。


「でも、人って変われば変わるものなのですね」


「ん? どういうことだ?」


「この世界に来た頃はダイキさんは……それはそれは頼りないものでした。それが本当に魔王を倒すなんて……」


 まあ、それは自覚はある。

 いつのまにか僕じゃなくて俺って言葉を使うようになったしな。


 ――この世界に来てから3年。


 色々経験したからなんだけど、多分……俺が決定的に変わったのは一緒に旅していた兄貴分の武道家……ヤンさんがドジ踏んだ俺を庇って死んだ時からだ。


「ともかく、俺は帰る」


「何度も聞きますが、本当に帰るのですか?」


「ああ」


「帰る理由は?」


 しばし黙って、俺は溜息と共に言った。


「俺は帰って母ちゃんのカレーが食いたいんだよ」


 そこで姫さんと大魔術師は大きく口を開いて笑った。 


「まあ、帰りたい理由なんて……本当のところはそういうものなのでしょうね」


「とはいえ、それは酷いって話だけどさ。アンタね? この世界にいれば富も名声も思いのままなのよ? それを全部捨てて……本当に帰っちゃうわけ?」


 つっても、この世界の飯不味いんだもんよ。

 まあ、この世界での生活も悪くはなかったけど、やっぱり望郷の念ってのは強いもんだ。 


「確か、魔王を倒せば次元転移魔法の制限が解除されるんだよな?」


「ええ、今の貴方であれば、念じればすぐに元の場所に戻ることができるでしょう。場所は転移してきた場所。時の経過もこちらの数年はあちらの時間では数時間と言ったところでしょうか」


 姫さんの回復魔法のおかげで体の傷はほとんど癒えた。

 そこで俺は右手親指を立たせて、姫さんと大魔術師に告げた。


「じゃあな、二人とも!」


 そうして寂し気な表情で――けれど、確かな力強い笑みで二人は俺を見送ってくれたのだった。





 ――そして。


 私――ダイム国王女であるユーリカ=ハルトマンは、止めどなく流れる涙と共に何十分もその場でうずくまる事しかできませんでした。


「しっかし、姫様も馬鹿だよね」


「……ええ、アナスタシア。私もそう思います」


「2度とダイキは帰ってこないんだよ? 本当に気持ちを伝えなくても良かったの?」


「……だから私は何度も引き止めたでありませんか」


「ったく……奥手の姫様らしい遠まわしなやり方よね」


「……でも、貴方も良かったのですか?」


「私はね。良いんだよ。姫様の為に身を引くって早い時期に決めたしね」


 私は涙を拭いて、何とかその場で立ち上がりました。


「しかし、あの方は……私たち二人の心を盗んで行ってしまいましたね」


 アナスタシアはダイキの消えた空間に向けて、ファックサインを向けます。

 アナスタシアのこの癖は下品だから辞めなさいと何度も言ったのですが、結局……旅の終わり……今現在のこの状況まで直らなかったようですね。

 いや、直す気がないんでしょうね……この人は。


「これで向こうで半端な相手とでも結ばれてでもしなさい。絶対に承知しないんだからねっ!」


 私は苦笑して、アナスタシアが中指を立てる空間に向き直ります。

 そうして、私は深々と頭を下げたのでした。


「私たちの世界を救ってくれてありがとうございました。異世界からの勇者……私の初恋の人……ダイキ。そしてさようなら」





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