第37話 VS九尾の狐 エピローグその2


「本当にどういうことなんですか?」


 優雅にコーヒーをすすりながら阿倍野先輩は天井を見上げた。


「私の家は金持ちよ」


「ええ、知っています」


「そして古くからの名家よ」


「ええ、それも知っています」


「つまり――ウチには国宝があるのよ」


「国宝?」


「ええ、阿倍野本家の更に上の組織から管理を任されている国宝ね。刀で――正宗とか村正とか聞いたことが無い?」


「ゲームとかで良く出てくるやつですよね。知っています」


「で、ウチにはそういうのが何振りかあるのよね。ちなみに、全部国宝以前に――日本国が誇る退魔系のウルトラ呪術アイテムよ。まあ、だからウチが管理しているのだけれど」


「……?」


「そして、今、日本にはレーラ=サカグチがいるわよね?」


「日本というかこの街にいますよね」


「アレはヴァチカンの特務部隊よね。パイプとしては十分。で、宗教系はアホほど金持っているのよ……現物を引き渡して彼女が本国に連絡を取ってから10分以内に口座入金の――即金だったわ。信じる者と書いて儲け。いや、漢字って本当に上手くできているわよね」


「どういう……事なんですか?」


 再度、阿倍野先輩は遠い目で天井を見上げた。


「ヴァチカンって刀系の武器があんまり無いらしくてね。ドミニオンズっていうか、魔装天使って最近……異常に数が増えたのよ。ドミニオンズ量産計画を実現させちゃって世界の霊的戦力バランスは滅茶苦茶になってアメリカもカンカンなんだけど、そこはまあ良いわ。で、ドミニオンズは数が増えすぎたせいで装備が追いついていないの。フェイクの聖遺物とかを無理やり与えてたんだけど、実物に比べればそんなものはカス以下の装備だしね」


「まさか先輩……?」


「ふふっ……売る物があって、買う者がいる。そして国宝の安置場所を私は知っている。まあ、必然的にそうなるわよね」


 と、そこで喫茶店の備え付けのテレビからニュース速報が流れてきた。

 テロップにはデカデカと赤文字で――




 ――神奈川県横浜市緑区の神社より国宝の盗難!? 盗難点数は5点以上!?



 

 と、書かれていた。


「アンタ……まさか……やりよったんですか?」


「ええ、そういうことね」


 ニヤリと阿倍野先輩は微笑を浮かべた。


「……セキュリティー凄かったんじゃないですか」


 そこでふふっと阿倍野先輩は笑った。


「……索敵スキルって凄いわよね。まさか本当に一切気づかれないとは思わなかったわ」


「アンタの発想の方が凄いわ。これまでの話を総合するにヴァチカンって中立ではあるけど、先輩にとってはどっちかっていうと敵側なんでしょ?」


「最初に私に喧嘩を売ってきたのは阿倍野家よ。そこは考慮に値しないわ」

 

 まあ、確かにそりゃあそうか。この人……無理やりな不正ジャッジで死にかけてんだもんな。


「ちなみに、日本の退魔組織から狙われないんですか? かなりの装備……ってか、国宝を盗んで売ったんでしょう?」


「――ヴァチカンがバックについてるから大丈夫。私はやつらの軍門には下ってはいないけど、結構なところまで話は通しているから日本国としても、私にはおいそれとは手出しはできないわ」


 と、そこでテレビに視線を移す。

 そこでは憔悴しきったスーツ姿のヒゲ面ダンディと、着物姿の上品なオバサマがインタビューを受けていた。

 共に年齢の割には恐ろしい美形だが、目の下にクマができていて、今すぐに倒れそうな勢いだった。


「ちなみに、アレがウチのパパンとママンよ」


「パパン!? ママン!?」


「ええ、ニュースでは流れないけど、今回の件でパパンとママンにはしかるべきところからお達しがあるはずよ。まあ、ウチの阿倍野の分家は一家取り潰しは確定ね。年間数千万円の利益を産む駅前の不動産は取り上げられて、預貯金も全額没収。パパンはこれから一生……時給700円で鹿児島の離島の神社の神主生活よ」


 時給700円……いまどき、高校生でも……もうちょっと貰えるだろう。


「ちなみに、住居は築150年のまっくろくろすけですら住まなさそうなボロ屋を用意されるので、家賃はゼロ。畑もあるはずだし、ママンが家庭菜園をすれば食うには……ちょっとだけ困る程度ね」


「先輩はそれで……良いんですか? セレブな肉親の一転の転落人生ですよね?」


「ええ、これでは良くないわ。良い訳が無いわ」


「だったら――」


 俺の言葉をさえぎって先輩はニコリと笑った。


「そう。良い訳が無い。手ぬるすぎるわ。衣食住にちょっと困る程度で――満足できる訳が無いじゃない。アフリカの餓死寸前の子供たちをみてごらんなさい。何故に究極のクズであるところの私の両親が……罪も無い人たちよりも良い生活が許されるの? 納得できるわけがないじゃない! 大体、私は不動産所得者が……ついここ数日で物凄い大嫌いになったのよ! 自分がそうなれるなら勿論――大・大・大ウェルカムだけど、自分とは縁がなさそうなら話は別! 嫉妬と妬みでヘドがでるわ! 人生舐めてんじゃないわよ! 不労働所得にはもっと税金かけなさい! ドンペリ飲んでんじゃないわよ! 冗談じゃないわよこの野郎っ!」


 あ、鬼だこいつ。

 そして、面倒なことに自分の感情にものすごい正直だ。

 ついこの間まで、不動産経営というリスクすら犯さずに、ビル所有者から地代を得るだけで、面倒なことは不動産屋さんに全部丸投げで――アホみたいな収入を得ていた一族の一員なのに……没落した瞬間に……。

 この華麗なる手のひら返しには正直呆れる。

 っていうか、こういうやつがぶっちゃけ……敵に回すと一番面倒だ。

 この人には今後も絶対に逆らわないでおこうと俺は心に誓った。


「で、これから先輩はどうするんですか?」


「駅前のタワーマンションの最上階を購入したわ。高校生って事で色々と名義の関係もあるから……かなりボラれたけどね。まあ、最初からそこまで読んでいて、姉の装備を盗むのは勿論のこと……従兄弟の家の国宝もたくさんパクったのだけど」


 住居の確保早えな。

 話を総合すると入金は……ついさっきの話だろ。

 ってか、実家だけじゃなくて従兄弟の家にも盗みに働きにいっていたのか。そっちもお家お取りつぶしになるんだろうな。

 くわばらくわばら……。

 と、まあ、それは良いとして……。


「つまり、これで一件落着って話ですよね」


 そこで先輩はフルフルと首を左右に振った。


「まだ……一番の肝心な事が終わっていないわ」


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