第110話VS魔法少女300体 その5

「真理亜……ちゃん?」 


「マキ……姉?」


 老婆としてのマキ姉じゃなく、かつての……瑞々しい肌を伴った紫の衣装に身を包む魔法少女。

 でも、さっきと違ってその瞳にはしっかりとした、凛とした意思の力を伴っている。


「強制的なバーストセカンドの影響か……あるいは、死亡してからそれほど時間が経過していないか。あるいはその両方か。どちらにしろ、今はまだ、正気を保つことができるみたい」


「マキ……姉」


 しばし二人は押し黙り、そして私は力一杯にマキ姉に抱きついた。


「真理亜ちゃん? いつの間にか……背……私と同じくらいになったみたいね」


「……うん。マキ姉がフルバーストを使ってから……もう半年以上だもん」


「成長期って奴ね……たった一人で……貴方は半年も……一人で夜の道を歩いてきたんだよね」


 そこでマキ姉は抱きつく私を引き剥がし、そして私の頭を優しく撫でてくれた。


「ごめんなさい。私が……本当は私がやらなくちゃいけないことを貴方に背負わせてしまった」


「……だって、残ったのは私しかいなかった。だったら私がやるしかなくない? それに、マキ姉がやるべきって話じゃないよ。これは魔法少女全体の話なんだから」


 そこでマキ姉は目頭を押さえて――でも、涙は抑えきれずに彼女の頬を伝った。


「……ごめんね。本当にごめん。ねえ、覚えてる? あの病院で、私は貴方の漫画を見たよね?」


「……忘れるわけ……なくない?」


 そこで、マキ姉は泣きながらも笑みを使った。


「正直にいうと、下手糞だと思ったわ」


 一瞬私は呆けた表情を浮かべ、でも、それでも――心の底からの笑顔でマキ姉に言った。


「それって酷くない?」


「ええ、酷いでしょうね」


 ハハっと二人で笑いあい、そしてマキ姉は真剣な表情を作った。


「描き続けなさい」


「……?」


「これからも、生きて、貴方は漫画を描き続けなさい」


「……え?」


「今は下手で良いの。けれど、努力は自分を裏切らない。いつか、誰かを楽しませる。そんな漫画を……貴方は描くのよ。いや、描かなくちゃいけない」


「……どういうこと?」


「貴方には夢がある。でも、私たちにはそれはもう適わない。だから、貴方だけは生き残って、そして――絶対に夢を適えなさい」


「マキ……姉?」


「絶対に生き残りなさい。血反吐を吐いても、泥水をすすっても――貴方だけは……必ずね」


「……」


 しばし私は押し黙り、詰問するように――けれど慈愛の表情でマキ姉は言った。


「返事は?」


「……」


「…………返事は?」


「……はい」


「うん」と頷き、マキ姉は再度、私の頭を撫でてくれた。


「逃げなさい」


「……え?」


「現地組織の実力者――けれど、あの二人は長くはもたない。卑弥呼に到達する前に戦う力を失うでしょう。今、この場の全ての戦力は貴方ではなく、二人に意識を集中している。今なら逃げることはできるはず」


「逃げるって言っても……」


「次元の出入り口は塞がっている。でも、貴方ならできる。システムへの干渉権限を持っている貴方なら。いや、違うわね――魔法少女式格闘術を扱える貴方なら……必ずできる」


「魔力の力点と作用点をズラすってこと?」


「元々、私たちは次元のブレのシステムの中で生きている。だからこそズレを利用して魔法少女式格闘術を確立させることができた」


「……うん」


「出入り口で魔法少女式格闘術の魔力エネルギーの運用を応用するの。扉が閉じてすぐの……ズレが少ない今この瞬間なら……貴方ならできる」


 言っていることは分かるし、方法を提示された今なら、私ならどういうふうに魔力を運用すれば良いかも分かる。

 そして、おそらく……それはできる。

 次元の扉を開くことはそれほど難しいことじゃないだろう。

 そう、扉が閉じた直後の今ならね。

 

「そろそろ私が正気を保てるのも終わりみたい」


 マキ姉の表情が能面のように変わっていく。

 どうやら、ここで本当に終わりみたいだ。


「もう一度言うわ。貴方は生きなさい。もう、このシステムを終わらせなくても良い。無理な責務を背負わせて……ごめんなさい。貴方だけは生き残りなさい。みんなの分を生きなさい。貴方にはその義務があるの」


「……」


「返事は?」


「…………」


「…………返事は?」


「………………」


「……………………返事は?」


「……ごめん、マキ姉」


 魔法少女の残数は30と少し。

 二人の勢いは明らかに落ちているし、致命傷を受けていないにしても、多少の手傷も受けている。


「ごめん……って? どういうことなの真理亜ちゃん?」


「それはできないよ」


「あの二人に情が移ったの? それで、全員玉砕するつもりなの?」


「……………………………違うよ。私、あの二人のことなんてロクに知らないし、そもそもそんな安い話じゃ……なくない?」


「違う? どういうこと?」


 そこで、私は心の底からの叫びで、精一杯の大声でマキ姉に対して叫んだ。


「――私がっ! 全てを終わらせるって決めてるんだからっ! マキ姉たちの、みんなの仇を――私が討つしかなくないっ!? 今、この場しか――それってできなくないっ!?」


 驚いたようにマキ姉は目を見開いた。


「それに、お兄ちゃんの名前を出されて――私がお兄ちゃんの妹だけって……ただそれだけの理由で命を張れるような人たちを、見捨てて逃げるとかできるわけなくない?」


「真理亜……ちゃん?」


「私はそこまで……ここで全てを投げ出して逃げ出すような安さ大爆発のクソみたいな女には――お父さんとお母さんには育てられてないんだよっ!」


 しばし、何かを考えてマキ姉は力強く私の頭を撫でてくれた。


「…………エクセレント。本当に、この上なく良い返事よ」


「うん」


 そして、マキ姉は私を撫でていた手を離して、そのままの手の高さで自分の頭にもっていった。

 ほとんど、二人は同じ身長になっていって――。


「もう、身長も同じくらい。いや……抜かれそうね。あんなに小さかったのに、いつの間にか……本当に大きくなったみたいね」


 そうしてマキ姉は感慨深げに私に向けてニコリと笑った。


「貴方は戦うことを決めた。いや、決めてしまった。だったら戦い抜いて、そして――その上で必ず生き残りなさい」


「……うん」


 その場に落ちていた剣をマキ姉は拾う。

 そしてニコリと笑った。


「もう、本当に私はここで終わり。すぐに私の意識は卑弥呼に乗っ取られる。貴方に私は牙を向くでしょう。だから……」


 そして――


 マキ姉は自らの心臓を突き刺した。


「……どう……して?」


「はは、ざまあないわね。色々あったけど、最後の最後で私はシステムから自らの意思で抜け出してやったわ」


「でも、そんなのって……そんなのって……」


「私の命よ。死に方くらい……選ばせなさいっ! グフっ……絶対に貴方だけは生きなさい。私達の屍を超えて……行き……なさ……い」


「マキ……姉……」


「返事は?」


「……はい」


「……うん。良い返事よ」


 そうして、マキ姉は菩薩のような表情を浮かべて、その場で倒れこんだ。




 ――同時に、私の心臓に熱い何かが灯った。




 今までの色々なこと。


 理不尽に振り回された。いや、振り回され続けてきた。

 そんな、みんなと――そして、私。 


 マキ姉の生きざまから受け取った大切なモノ。

 確かに心臓に灯った熱い何かは炎となり、灼熱の血潮となって血管を伝って全身に駆け巡る。


「ごめん、マキ姉。漫画を描き続けるって言う約束……守れないかもしれない。フルバースト……今の私には残りのチャクラ量も無い。確実に私の魂は……老婆の段階を経ずして燃え尽きると思う」


 でも……と私は思う。


「そう、だって、みんなが……みんなの気持ちが……願いが……」


 傍らに倒れる魔法少女の成れの果て――坂上真紀。


 そうなんだ。

 これはみんなの思いで紡がれた、願いのバトンリレーなんだ。

 そう、ずっと、私はこの人に守られていた。


 ――でも、私は、この人たちに何も報いることはできていない。


「私だけ生き残るなんて、そんなムシの良い話なんて無くない? 安全圏で最後の最後だけ私だけが生き残るなんてできるわけない……そんなのできるわけなくない?」


 熱き血潮が体を巡る。

 今からやろうとしていること。

 それは、後先を考えない、私のできるありったけ。



 つまりは、魂の慟哭と言い換えても差支えが無い。



 そう、ソレに備えて、体が準備を終えているのが分かる。

 私の周囲に魂のオーラ、みんなの願いが纏われていく。




 ――そう、なら、私は――私にできることをっ!


 ――ここで終わりになったって――!


 そうして私は絶叫した。


「ここで燃え尽きたって――構わないっ! だから、これで――これで良いっ! 私は戦うっ! バトンは確かに受け取ったよマキ姉――っ!」


 魔法少女バーストセカンド、その先への変異を始める。

 ゴテゴテとした防御魔装備が取り払われ、防御無視の後先を考えない攻撃特化の半裸――カミカゼ・スタイルへと変わって行く。

 そうして、私は弓を構えて私のできるありったけ……全魔力を解放した。


「これが魔法少女:森下真理亜の――最初で最後のフルバーストっ! 己が存在の全てを力に変え、闇を照らす光の矢となりて――いざ――推して参るっ!」



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