第111話VS 卑弥呼 そして――。 その1

 サイド:レーラ=サカグチ



「光の……矢?」


 卑弥呼への導線――私たちの眼前の魔法少女達が次々に矢に貫かれて薙ぎ倒されていく。


「レーラ=サカグチ。恐らくあれは……」


「ええ、魂を削っての大技ね……でも、ただでさえフルバーストを使用している妹ちゃんの負担は……」


「聞くまでもないことでしょう? でも……本当に兄妹ね」


「うん。本当に」


 悲しげな表情で阿部野輝夜は天を見上げた。


「見境無く、自分の命までを削って、それでも……周囲の誰かの為に」

 

 フルバーストの敢行。

 この意味が分からないほどに私たちは馬鹿ではない。

 だから、私の心臓に、熱い炎を灯った。

 そして恐らくは――阿倍野輝夜もそうだろう。


「年下にここまでさせてんのよ? 絶対に……負けられないわ」


「ともあれ、これで道が開いたわ。後は、私たちは私たちの仕事をすれば良い。ただ、そのことだけを考えれば良いの」


 言葉通り、ほとんど全ての魔法少女は今の攻撃で殲滅された。


 でも……と私は思う。


「アンタ……ドライなのね? 妹ちゃんはこれで終わりよ? 卑弥呼を倒そうが、システムを潰そうが潰さまいが……少なくとも老婆の運命は確定しているわ」


「いいえ」と阿倍野輝夜は首を左右に振った。


「私は――彼を信じているだけ。何があったって、彼なら必ずなんとかしてくれるってね」


「外敵という意味なら、アイツなら事態の収拾はできるかもしれない。でも、フルバーストを使っちゃった妹ちゃんはもう……この状況から、アイツがどうにかできると?」


「ええ、彼なら必ず……ね。ともかく、私たちは私たちの仕事をしましょう」


「……」


 何故だろう。

 コイツにこんなことを言われれば、本当にアイツなら……何とかしてくれるんじゃないかという気持ちになってくる。

 と、そこで私は首を左右に振った。

 後のことは、今は考えるべきじゃない。今、私たちのすべきことは、妹ちゃんの覚悟を――受け取ってあげて、キッチリと結果を残すことだ。


「うん。それじゃあ、収まるところに収まるように、私たちは私たちの仕事を――」


 私たちは全身に軽度の裂傷を受けている。

 けれど、まだ戦える。戦う力を失ってはいない。


 だったら――。


 私はロンギヌスを掲げ、そして阿倍野輝夜は備前長船を正眼に構え、駆け出し始めた。 

 全ての元凶である、システムの核である卑弥呼のクローンへと向かって。




 ◆◇◆◇◆◇ 




 サイド:レーラ=サカグチ



「ちょっと……阿倍野輝夜……?」


「何……よ……レーラ=サカ……グチ……?」


 満身創痍の私は地面に這い蹲り、阿倍野輝夜は卑弥呼クローンに襟首を捕まれ、片手で持ち上げられているのが現況だ。


 開幕当初の全方位攻撃呪術魔法(ぶっ放し)。

 それだけで私たちの防御術式の全てを突破され、戦闘継続不能となって二人は地面に膝をついた。


「勝算はある……みたいな……そんなこと……言ってなかった?」


「無傷の状態なら……ね」


 確かに……バーストセカンド状態の魔法少女たちとの連戦で私たちの防除術式は磨耗していた。

 あるいは、阿倍野輝夜の言うとおり、無傷であれば開幕当初の全方位攻撃呪術魔法(ぶっ放し)を回避できたのかもしれない。


「きゃあっ!」


 悲鳴と共に響き渡るゴリっと鈍い音。

 その音は片手で襟首を持たれ、左手一本で持ちあげられた状態の阿倍野輝夜の――右手の親指の骨が、卑弥呼のもう片方の腕で粉砕された音だ。


「くふふ、今宵の生贄(ニエ)は良い声で鳴く。わらわはこの嬲り方が好きでの?」


 卑弥呼を阿倍野輝夜はキっと睨み付ける。


「嬲り方?」


「並みの術者ではすぐに壊れてしまう。しかし、中途半端な力を持つ……お主はすぐには壊れまい。強者を自負する小動物を少しずつ壊し、泣き叫ぶサマを見るのはほんに――面白い」


「悪趣味なことね」


 阿倍野輝夜は精一杯の虚勢のつもりか、卑弥呼に向ける睨みを強める。


「……ぐっ」


 再度響き渡るゴリっと鈍い音。

 今度は、右手中指を粉砕されたらしい。


「その反抗的な態度もいつまで続くか見物じゃ。予言しよう。主(ぬし)はこれから行われる苦境で、何度も何度もわらわに懇願するのじゃ。助けてくだされ……とな」


「私が貴方に慈悲を請う? ありえない話ね。貴方に助けを請うくらいなら死んだほうがマシよ」


「そう、それじゃよ」


「それ?」


「殺してくれ、もう死なせてくれ……そういう風に主(ぬし)は助けを請うのじゃ。わらわに救いを求めるのじゃ」


「死ぬことが……救い?」


「ここまで言っても分からんか? まずは、全身の骨と言う骨を原型をとどめぬまでに折る。そして、治癒魔法と輸血を行いながら、生きたままに臓物を少しずつ抜き取っていく――そう言っておるのじゃ」


 そこで阿倍野輝夜の表情に、初めて怯えの色が走った。

 ってか……私の背中にも冷や汗が走る。

 不味い、これは不味い。

 特に私は生命力が半端じゃないから……玩具としては阿倍野輝夜もずっと……コイツにとってはお気に入りのものとなるだろう。


「まあ、まずは手足の指からじゃな」


「ぎっ……!」


 小指を粉砕されながら、それでも阿倍野輝夜は卑弥呼を睨み付ける。


「ふふっ! ふふふっ! ほんに愛いやつじゃ! 大抵の者はここらで音をあげるぞっ! いや、自死の手段を考え始める。まあ、わらわもそれは承知しておるのでそれはさせぬがな」


 そこで、再度キっと阿倍野輝夜は卑弥呼を睨み付けた。


「あいにくね。私はもう――自死には逃げない」


「ほう、どういうことじゃ?」


「最後の最後まであがき続けるわ。あの時――そのせいで彼に不要な心配をかけてしまったから。そして勝利の女神は気まぐれよ。最後まで諦めない人間には――それほど酷な扱いはしない」


 そういやコイツ、九尾のときに自殺を図ったんだっけ。

 でも、まあ、コイツらしいっちゃあコイツらしい発言ね。

 と、そこで私は状況を整理する。

 今の私と阿倍野輝夜のダメージ。そして、卑弥呼の力量。

 最後まで諦めない。それはやっぱりリンフォードの時に私が学んだことでもある。

 でも――


 ――ダメ。


 現状じゃどうにもなんない。

 けど……と私は体内の魔力を練成させる。

 その時が来れば、瞬時に対応できるように。今の私ができるありったけを……卑弥呼に叩き込めるように。そして、それは阿倍野輝夜も同じようだ。

 そこで、卑弥呼は呆れたように阿倍野輝夜に言った。


「ほう、本当にまだ勝負を諦めていないと見える。籠の中の鳥の状態で――魔力を練成させているとな?」


「必ず――吠え面かかせてやるわ」


「ほう、そうか。できるものならやってみいっ!」


「――――ッ!」


 今度は右手人差し指。

 ビクンと阿倍野輝夜の背骨が、吊られたままにハネる。

 けれど、彼女は未だに卑弥呼を睨み続ける。



「なるほど。良い度胸じゃ。じゃが――」


 左手で阿倍野輝夜を宙吊りにしている卑弥呼は、右手で彼女のアゴにフックを放った。

 ボクシングの技術で、アゴを揺らすことで脳震盪を引き起こす技だ。

 プリンのように頭部をシェイクされ、行動不能となった阿倍野輝夜をその場で投げ捨て、卑弥呼は喜色の笑みを浮かべた。 


「――良かったの。先に死にたいという奴が来たのじゃ。巫女の少女よ――そこでしばらく指をくわえておれ」


 卑弥呼の視線の先――


「もう、十分じゃない? 別に嬲る必要って――なくない?」


 ――そこにはフルバースト状態の魔法少女。半裸の森下真理亜が立っていた。


「くふふっ。死にたいのか?」


「もう、私――半分死んでるみたいなもんじゃなくない?」


「くふっ! かはっ! うははははっ! そりゃあそうじゃのうっ! 確かに半分……主(ぬし)は死んでおる。うふふっ! かははははははっ! これは面白い、これは阿呆じゃのうっ!」


 何がおかしいのか、卑弥呼は腹を抱えて笑い始めた。


「ねえ?」


「なんじゃ?」


「笑い声が――不快なんだけど? 黙ったほうが良くない?」


 そこで卑弥呼は表情を愉悦に歪め、そして森下真理亜に向き直った。


「なるほど。可愛くないほうの阿呆か。いや、それはそれで後の、叫び声が心地良い。しかし主(ぬし)よ?」


「……何?」


「フルバースト。それは所詮はシステムのサポートの力じゃ。例え命を削ろうと――システムを司る、絶対者であるわらわに勝機があると?」


「――つっても、アンタを叩き潰してやるしかなくない? それが――私の使命なんだから」


 そこでクスリと卑弥呼は笑った。


「本物の阿呆のようじゃ。ならば――お望みどおりに叩き潰してやろうか」


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