第44話 VSヤクザ屋さん その1
サイド:村山藤花
私の名前は村山藤花。
17歳。
身長157センチ体重52キロ。
Gカップという大きすぎる胸が悩みで、クラス委員長をしていて野球部のマネージャーもしているごく普通の女子高生だ。
ただし、家庭環境は普通の女子高生ではない。
会社勤めをしていたお父さんが株式投資を始めたのは私が小学校低学年位の頃だったと思う。
最初は余剰資金で現物取引をしていたのだけど、私が中学校くらいの時からお父さんは信用取引に手を出したんだよね。
最初の頃は馬鹿みたいに儲かって、海外旅行も年に何回も行ってたっけ……。
調子に乗ったお父さんはFXのハイレバレッジに手を出して、家族の崩壊が始まった。
数千万円あった預金は一瞬で溶けて、それを取り戻すために親族に土下座をして借金をして……。
そのお金も溶かして、親族からは縁を切られて、色んな金融会社から借金を重ねた。
そして最後には闇金融に手を出して、いよいよどうにも首が回らなくなったところで――
――お父さんは家族を残してラッシュ時の電車に飛び込んだ。
多額の生命保険を闇金融にかけられていたという話で、直接的な殺人ではないにしろ……まあ、そういう風に追い込まれたんだろうと思う。
でも、私たち家族に降りかかった不幸はそれだけでは終わらなかった。
金利が10日に1割とか言う頭のおかしいところから借りていたみたいで……生命保険金でも借金を賄いきれなかったのだ。
そして――
「お父さんの残した借金は――家族みんなで返さないとね」
私たちの家――ボロボロの木造アパートの一畳間で、タバコをふかしながら黒スーツの男がそう言った。
男の対面……ちゃぶ台を挟んでお母さんは土下座をしていて、私と弟は部屋の隅で震えていた。
「私もパートしかできなくて……お金を返そうにも……申し訳ありません。すいません! すいません!」
「まあ、学歴も職歴も資格も無い中年の貴方ではお金を稼ぐことは無理でしょうね」
男は短くなったタバコを畳に押し付けて火を消した。
「……あ」
顔を上げて焦げた畳を見るお母さんに男は大きな声で怒鳴り散らした。
「頭上げて良いって言ってねえぞ!? クソババアっ!」
「申し訳ありませんっ!」
再度、お母さんは畳に頭をこすりつけた。
「私としたことが……大きな声を出してしまいましたね。まあ、私が優しく笑っていられるかどうかはこれからの貴方たちの行動次第ですので」
「貴方……達?」
「私もね、色々考えたんですよ。どうすれば私と、そして貴方たち家族も含めて……みんなが幸せになれるのか。そうして考えに考えて……気づいたんですよ」
男は私に視線を向けて、そしてニッコリと笑った。
「ここに稼げる女の子がいるじゃないですか! 眼鏡を外せば美人だし、何よりも……この爆乳でしょ? 私の知り合いが女子高生専門の売春クラブを経営していましてね。そこで働いてもらえるなら……出血大サービスです。2000万まで膨れた借金の金利を全て止めましょう。後は月払いで給料の9割を天引きで返してもらえれば結構です」
ビクっとお母さんの背中が震えて、私の頭から血が引いていく。
「この子は17歳なんです! 勘弁……勘弁してあげてくださいっ!」
そして男はニコリと笑って大きな声で断言した。
「ところがどっこい、勘弁なりませーんっ!」
「……」
「……」
しばし、部屋に沈黙が訪れる。
室内には私と弟の震える音と、お母さんのすすり泣く音だけが響き渡っていた。
室内の沈黙を破るように、男が私に尋ねてきた。
「で? 藤花ちゃんでしたっけ?」
「……はい」
「どうしますか?」
「……少し、考えさせてください」
ニコリと男は微笑を浮かべた。
「良いでしょう。明日の夕方まで時間を差し上げます。私は常に紳士であろうと心がけています。どうか、私に手荒なことをさせないようにしてくださいね」
と、そこで男はパチリと指を鳴らした。
すると、身長190センチはありそうな筋骨隆々の黒TシャツとGパンの――金属バットを持った大男が部屋に入ってきた。
大男は部屋の隅まで歩いて、タンスの前で立ち止まった。
そして大きく大きく金属バットを振りかぶって――
――タンスに向けてフルスイングを決めた。
バゴォっ! と、破壊音が鳴り響き、木片が散らばり――タンスに大穴が開いた。
その音で、ビクっと私と、お母さんと、弟が体を大きく振るわせる。
「まあ、弟さんなりの頭が……このタンスのようにならないように色々考えてくださいね」
と、そこで大男が黒スーツの男に下卑た笑顔で尋ねかけた。
「兄貴? このメスガキも売りモンになるんでしょ? だったら味見しちゃっても構いませんか?」
黒スーツの男は無言で立ち上がり、そして大男に金属バットを自分に渡すように促した。
そして――
カコンっと乾いた音。
大男の顔面に黒スーツの男の全力のフルスイングが決まった。
そうして、大樹が倒れるように大男は大げさな音を立てながらその場に崩れ落ちた。
「馬鹿も休み休み言え! この子はまだ意思表示をしてねえんだよ!? 自発的にやるんじゃなかったらプロ意識が芽生えねえだろうが!? 無理やりにの嫌々のサービスでお客様が喜ぶとでも思ってんのか!? クズでゴミな親父が残した2000万の借金に対する責任感を持って、自分から頑張って進んでご奉仕をする! そんな感じになってもらわねえとこっちが困るんだよっ!」
ガコっ。
ガスっ。
グチャっ。
仰向けに倒れた大男に向かって、黒スーツの男は容赦なく金属バットを叩きつける。
「やめて! 兄貴! 死ぬ! マジで死ぬからっ!」
「一回死んで馬鹿を治せっ!」
ガコっ。
ガスっ。
グチャっ。
仰向けに倒れた大男に向かって、黒スーツの男は更に容赦なく金属バットを叩きつける。
「やべ……て……兄……貴……」
鼻骨が折れて、顔中血まみれの男に更に黒スーツの男は金属バットを叩きおろした。
「お前な? 今時オラオラ系のヤクザなんて儲らねえんだぞ? カモは生かさず殺さずで絞りとるんだよっ! 何回言ったら分かんだよこの脳筋っ!」
「ごべ……ごべんなさい……あにぎ……ごべ……ごべんな……さい……」
そこで黒スーツの男は金属バットを畳に投げ捨てた。
そうして、私に向かってニコリと微笑んだ。
「まあ、今日のところは警告です。くれぐれも私に手荒な事をさせないでくさいね? それじゃあこの辺りで……お引取りさせてもらいましょうか。良い返事を期待していますよ。藤花ちゃん?」
そうして、男たちは家から去っていき、後には破壊されたタンスと血まみれの畳だけが残った。
その日の夕暮れ。
私は森林公園を当て所なく歩いていた。
――もう、どうにもならない。
お母さんは泣いているだけだし、弟も震えているだけ。
この事態を何とかするには……やっぱり私が……。
そんなことを考えていると涙が出てきた。
と、そこで――私はベンチに座って楽しそうに話をしているクラスメイトの森下君と……1年学年が上の阿倍野先輩に出会った。
「あ、委員長」
「森下……君?」
スクールジャック事件の時にピンチの私を助けてくれた人。
正直、かなりカッコいいなと思ったので……アプローチをかけてたんだけど……仲が良さそうな二人を見て私はため息をついた。
私は自分の見た目が……そこそこ良いのは知っている。
でも、私は決して阿倍野先輩みたいな反則級の――まるで美術館から飛び出してきたみたいな美人ではない。
うん。やっぱりそういうことなんだよね。森下君は私とデートしてたときも阿倍野先輩のことで顔色変えて飛んでいったしね。
そこはもう、色々と思うところはあるけど、まあ、受け入れなくちゃいけないんだろう。
「どうしたんだよ委員長? 顔色が真っ青だぞ?」
正直、かなり精神的に参っていたのだと思う。
そして、森下君=正義のヒーローという図式が、スクールジャックの一件で私の中で確立していたのもあったのだと思う。
だから、私は開口一番……森下君にこう言ってしまった。
「助けて……森下君」
そして私は……後に……事態が無茶苦茶なことになった時に気づくことになる。
阿倍野先輩とクラスメイトのレーラ=サカグチさんが……まるでメ〇ルスライムの巣を見つけたかのごとくに、嬉々として我先にヤクザの事務所に乗り込む段になってようやく気付くことになったのだ。
私は――
――とんでもない連中に……助けてと依頼してしまったのだと。
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