第121話魔法少女編 エピローグ 後編

 サイド:坂上真紀



 バスの車内。私はカバンの中から単語カードを取り出した。


 ――私にはここ1年程度の記憶がない。


 高校1年生の私立の進学校に通う上で、これはかなりのハンデなのだけど……。

 まあ、無いものは仕方がない。

 そして、無いものを無いと嘆くことにどれほどの意味があるのだろうか。


「良し」


 そう頷いて、私は日課としている登校中の英単語カードで暗記を進めていく。

 そして、暗記のキリが良い時、何気なく視線を外に向けた。

 と、バスは信号待ちで――同じく信号待ちの徒歩の、中学1年生くらいの、ピンク色の髪の少女と目が合った。


「あっ!」


 私は目を見開いて、向こうも「あっ」とした表情を作る。


 そして、青信号になってバスが発車する。


「どうしたのマキちゃん? 突然声をあげて……」


 クラスメイトが驚いた表情で私に声をかけてくる。


「今の子……見覚えがあるような気が……」


「私も見たことあるわよ。確か、貴方が入院してた時に仲良かった子じゃないの?」


「入院?」


「ああ、確か、記憶障害……なんだよね」


「白血病……だったっけ」


 私は難病を克服した……らしい。

 そして、記憶障害に襲われた。

 しばらく家を飛び出して、行方不明になっていて、最後には巫女姿の、恐ろしいほどの美人が家に届けてくれた……という話だ。

 それはまるで、ファンタジーの世界のできごとで……。

 でも……と私は首を左右に振った。


「まあ、どうでもいいわ」


「どうでも良い?」


「記憶に残っていないってことは最初からなかったことと同じだろうから。忘れても良いってことだろうから。今の私には、来期の期末試験の方がよほど重要なの」





 サイド:森下真里亜



「……あ」


 登校途中の信号待ち、そして、私はバスに乗る一人の女の人と視線があった。

 ほどなく、バスは出発して――。


「待って……待ってっ!」


 あらん限りの力で、私はバスを追いかける。


 息を弾ませ、私は走る。


 何故だか分からないけど、私はあの人と――話をしなくちゃならない。ちゃんと、会って話をしなくちゃいけない。



 ――だから、走る。


 走る、走る。ただひたすらに走る。


 息が切れて、足もどんどん重くなる。


 でも、相手はバスで、私は――徒歩で。


 良い感じに渋滞していて、ギリギリで車影は追えるけど――と、そこで長い橋に差し掛かる。


 眼前に広がるのは一本道。


 信号も無ければ、渋滞も無い。

 バスはどんどん離れていく。

 


 ――ここで会えることができなかったら、もう2度と会えない。



 何故だかわからないけど、そんな確信が私にはあった。


「待って! お願い――待ってっ! 待ってええええっ!」


 走る。走る。ただ、走る。

 でも、バスはどんどんと先を急いで――そしてついにはバスは見えなくなってしまった。


「ハアッ、ハァっ……ハァッ――ハァっ――」


 橋の中腹、息弾ませる私、

 涙が出てきた。

 たぶんだけど……と、私は思う。

 無くなった記憶。

 恐らくあの人は……私のとても大切な人だった。


 その場で膝をついて、私はその場で肩を震わせて泣き崩れる。


「マキ……姉……」


 無意識で出てきた言葉。多分――それがあの人の名前。


 もう、会うことも無い、あの人の名前なんだろう。

 

 と、橋の向こう側から、息を切らせ、長髪を振り乱して――あの人が走ってきた。



「ハァっ! ハァっ! ハァっ!」



 決死の形相で、息を切らせながら、マキ姉は私の眼前に立った。


「……」


「……」


 お見合いすること数十秒。

 ダメだ、何て話しかければいいか分からない。

 そこでマキ姉は私に……やっぱり、どうして良いか分からないと言う風に語りかけた来た。


「あの……ごめんなさいね。今から私、変なこと言うわよ?」


「何?」


「初めて会ったのに、初めて会った気がしないのよ。私ね……通学中のバスを降りて、遅刻が確定しちゃうのに……いてもたってもいられなくなって、急いでここに駆け出しちゃったの」


「……」


「まるでずっと離れ離れになっていた妹に――街中で見かけたような。そんな勢いでね」


「……はは」


「どうしたの?」


「……私も同じこと思ってた」


 そうして、私は意を決してマキ姉に問いかけた。


「あの……私、今から変なことするよ?」


「……?」


 そうして、力一杯に抱きしめる。

 2度と、離れ離れにならないように。


「ちょっと貴方……?」


 何故だか分からないけど、あったかい何かが心の底から湧き出してくる。

 いや、溢れ出る。

 そして感極まった私は、涙を流した。


「良かった……本当に良かった」


「……そうね。そういうことなのね――私たちはきっと……」


 見ると、マキ姉もまた、涙を流して私を私を力一杯に抱き返してきた。



 5月の空。

 私たちは泣きながら、けれど笑いあって、そして力強く手を取り合って歩き始めた。

 そして、私たちが歩く橋から見える河川敷には、力いっぱいに咲き乱れる薄淡色の紫苑(シオン)の花が風にたなびいていた。



 ――紫苑:別名は勿忘草(わすれなぐさ)――花言葉:私を忘れないで




・作者からのお願い

 お話もキリの良いとこまできましたので、次回で今後の予定などをお知らせします。

 また、はたしてコレが面白かったのかどうか気になるので、★で称えていただけたりフォローや応援コメントを残していただけると非常に嬉しいです。



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