第3話 極大魔法:トールハンマー
「すげえなこりゃ」
ビルからビルへ――飛び移りながらの移動だ。
猛烈な速度で眼下の景色――色とりどりのネオンが流れていく。
さながらニューヨークの摩天楼を飛び回るアメコミの蜘蛛っぽいヒーローになったような気になる。
駅前の繁華街をビルからビルに飛び移り、市街地のマンションからマンションを飛び移り、そして病院の屋上からの大跳躍で国道を飛び越えて森に入った。
ここから先はしばらく山道となる。
家から山道まで確か10キロ近くはあったんだが……俺は時計を確認して苦笑した。
「10キロを3分……か。軽く新幹線くらいの速度で走ってきた訳だな」
予想はしていたことだが、やはり俺の身体能力は勇者としてそのままの能力となっている。
時速200キロでの高速移動も、ぶっちゃけてしまうと本気でのダッシュ……という訳でもないのだ。
なんせ、瞬間的にであれば、俺は余裕で音を置き去りにすることができるんだからな。
そして樹木を縫いながら進んでいく。
太そうな幹を選別して蹴って加速を生む。
先ほどの速度とほとんど同じ速度で移動しているはずだから時速は200キロだ。
半端な太さの幹を蹴ってしまうと、幹が弾けてしまって高速移動はかなわない。
俺は精神を集中させて、できるだけ頑丈な幹をできるだけ優しく蹴り続ける。
【スキル:索敵が発動しました】
【スキル:暗視が発動しました】
【スキル:体術が発動しました】
【スキル:集中が発動しました】
気を利かせて神の声がスキルを発動させてくれたようだ。
スキルが発動したことで俺は更に加速する。
ムササビか何かになったみたいだな……と、そんなことを考えている時、視界が広がった。
どうやら、森を抜けてようやく目的地である海に出たようだ。
腕時計で確認したところ、家を出てから20分程度だ。
海までは確か……100キロ近く離れていたので、まあそんなところだろう。
「スキル:索敵と気配察知を行使」
夜の海岸には誰もいない。今は春先だし、深夜2時半だ。
逆に言うと誰かいる方がおかしいし、だからこそ俺はこの場所に来た。
砂浜を数十秒歩き、俺は目的物に視線をやった。
高さ2メートル程度で重さ50トンのテトラポット……コンクリートの塊だ。
「スキル:身体能力強化」
術式を展開させて筋繊維に魔力を流す。
これで俺のステータスは倍近くまで跳ね上がったはずだ。
まあ、近接職であればこのスキルを極めるてからでないと全てが始まらないというレベルの基本中の基本ってやつだな。
そうして俺は3割程度の力で、テトラポットに右ストレートを放った。
「ふんっ!」
ドゴオオオオオっと猛烈な轟音が周囲に響き渡る。
そして――無数の砂利粒が扇状に半径400メートルの範囲に飛び散った。
上半分が吹き飛んだテトラポッドを眺めて、俺は肩をすくめた。
「ちょっとした……コンクリートの散弾銃ってところだな。よし……重力魔法――飛翔」
ふわりと宙に浮かんだ俺は魔力をコントロールして加速を始めた。
すぐに音速の壁を突き破り、マッハ2程度の速度で飛翔することおおよそ20分。
太平洋沖400キロ程度のところで俺は移動を止める。
集中力を高めて魔力を錬成する。
魔力が体内を駆け巡り、心臓の鼓動が早まっていくのが分かる。
そうして精錬された超高純度の魔力が俺の掌に集まっていく。
この技の威力は俺の持つカードの中でも最大級だが、いかんせんタメの時間が長い。
まあ、今回は実践じゃなくて試し打ちなんで、何の問題もないんだけど。
そして、俺はあの世界で勇者にしか扱う事の出来ない――禁忌とされる魔法を発動させた。
「極大魔法――雷神一閃(トールハンマー)っ!」
俺の掌から雷属性のエネルギー粒子砲が海面に向けて放たれる。
「はは……やっぱりそうなるんだよな」
水が打ち上げられ、海面に200メートル半径の穴が開いた。
露出した海底も、深くエネルギー粒子砲に抉られていた。
そして、ナイアガラの滝のような状態で、海面に開いた穴が急速に埋まったいく。
降り注ぐ大小の水しぶきと土砂の中で俺は思った。
――どうやら、俺は……規格外の超生物として日本に戻ってきたらしい。
嬉しい反面、これは不味いことになったな……という気持ちも強い。
現代日本でこんな力を、他の人間に見られてしまうと化け物扱いされて大変なことになるのは明らかだ。
――最悪の場合、俺は地球で異世界における魔王のような扱いをされるかもしれない。
ともかく、この力を隠しながらじゃないと普通に生活はできないだろう。
「極力目立たないようにしねーとな」
俺は一人で頷いて、今後の方針を固めたのだった。
翌日。
俺は朝飯を食べながらテレビニュースを眺めていた。
今日の朝飯は塩鮭とお米と味噌汁とほうれん草のお浸しだ。
やっぱり、日本人は米だよな……と、しみじみ思う。
異世界ではパン食ばっかりで、本当に米食が五臓六腑に染み渡る感じだ。
ってか、ウチの母ちゃんは料理上手なので、それが影響しているのもあるだろう。
――ともかく目立たないようにしないとな。俺のせいで家族に迷惑がかかったら洒落にならねえ。
と、俺がみそ汁をすすっているところで、テレビのニューススタジオが騒がしくなった。
そうしてニュースキャスターが神妙な顔つきで語り始めた。
『緊急速報です。本日深夜未明。太平洋で小規模な地震が発生しました。震源地は地下ゼロメートルで……政府官邸は某国の小型核兵器ないしは、それに類する威力の新型爆弾兵器実験の可能性が高いとの見解を示しています。太平洋沖400キロメートルの出来事であり、官邸は事態を重く見て――』
そこまで聞いて俺は「ブフォアっ!」と味噌汁を噴き出した。
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