啼かないカナリアの物語

綾村 実草

一章 それは、手掛かりを探す物語

第1話 ジェイドキーパーズ 【1/3】

 この世界の魔法は声に出す事で発動される。

 カナリアと呼ばれる少女は魔法を使う魔法使いウィザードだった。

 ただし、物心ついた時から彼女の声は出ない。


 声が出ない魔法使いウィザードは一人もいない。カナリア以外は。

 彼女が声を出さずに魔法を使えるのは、特異な能力のせいなのか、それとも身に着けている道具のせいなのか、余人は知る由もない。


 けれど、カナリアの前にはたまにこういう輩が現れる。

 その秘密が道具のせいだと見切りをつけた冒険者のチームが、私欲を満たす為にカナリアの前に立つ。


「危害を加えるつもりはない。ただ、選んでくれたらいい。

 何度か誘った通り、俺達のチームに入って、そうだな、一年でいい。

 いくつかの任務を一緒にこなして貰うか、それとも君の持っているある品を俺達に売ってもらうかだ」


 そう言ったのは冒険者チーム、ジェイドキーパーズのリーダーのジェイドだった。

 ジェイドのチームとカナリアは、つい数日前まで商人の護衛任務で肩を並べていた仲だった。

 いや、それはつい先ほどまで同じで、任務完了後に、ジェイド達が拠点としているタキーノという地方都市まで移動すると言う事で、カナリアはそれに付いていたのだった。

 ただ、ジェイドの言葉通り、連日にわたってカナリアはチームへの勧誘を受け、やんわりとだがそれを断っていたのだが。


「任務をこなした時にはちゃんと頭数で割った報酬を約束しよう。

 ああ、品物を売ってもらう時にも、こちらは満足にはとは言えない額になるだろうが金は払うよ」


 目的の都市が近くなり、カナリアに決断を迫ったというところだろうが、あくまでジェイドの言葉は真摯であり、棘のある口調では全くなかった。

 ただし、この状況が、カナリアが池で水浴びをした直後であり、何も身に着けていないという事を考えなければ。


 彼女の肩まで伸びた真直ぐな金髪はまだ乾いてさえいない。端正な顔立ちと普通よりもちょっとだけ小柄で細身の体は、落としきれていない水滴で色白く艶めく。


 カナリアを見ながらジェイドはこんな事を思う。

 冒険者や魔法使いウィザードよりは夜の仕事をしていると言った方がまだ納得のいく体だな。

 その平らな胸だと特殊な趣味の客しかつかないだろうが、と。


 実際、それは彼の趣味ではない為、裸の少女の前でもジェイドは紳士で居続けられた。


 そんな彼に、ある存在が声を掛ける。


『けっ! どの口が言ってるんだよ! 乙女の裸の前でさ!』


 そう言って裸の少女の肩に降りたのは、くすんだ色の金属で出来た小鳥。足は片足しかないが、見紛うことなく鳥のカナリアの形をした金属ゴーレム。

 この少女がカナリアと呼ばれるようになった原因でもあるそれだった。

 声を出せない少女のカナリアの代わりに、このゴーレムはまるで生きているように言葉を話していた。


「その喋るゴーレムにも、とある筋から購入の依頼が掛かっている。

 金額で言えば全員分の家が買えて、今後の生活にも困らないぐらいの大金だ」


 ジェイドのその表情には、金に溺れたと言うよりは、苦渋の決断というようなものが浮かんでいた。


 カナリアは周囲を見渡す。


 自分の脱いだ服と身の回りの小物が置いてあるところにはミラルドが立っている。

 ミラルドは女性であり、エルフの血が半分混じっているハーフエルフと呼ばれる種族だが、大柄でガタイが良く、チームの肝っ玉姉御兼、盾役ディフェンサーとしての役割を果たしていた。


 そして正面にジェイド、その横にはカナリアと同じく魔法使いウィザードのササがいた。

 ササはカナリアと同年代ぐらいの若手だが、ジェイドに魔法の素質を見抜かれてチームに加わったらしい。そう護衛任務の時に聞いた事をカナリアは思い起こす。


「こんな事してごめんね、カナリアちゃん。でも、私達には……ううん、私にはお金が必要なの。

 任務中には言えなかったけれど、私ね、地元に病気になったお母さんが居るの。町医者にお願いして薬を出してもらっていたんだけれど、もう長くないって言われてて、完治させるためには高い薬や治癒魔法とかでたくさんのお金が必要になるの」


 そう言ったササの潤んだ目には、必死さこそ出ているものの淀みは見当たらない。


「こんな事をしておきながらなんだが、ササの母親の事は事実だ。薬を買うには普通に働いていたんじゃ間に合わんから、危険を承知でササを俺のチームに入れたんだ」


 ジェイドが入れたフォローに頷くササ。


「なんなら、これから行くタキーノ市で、真実の宝玉を使って嘘かどうか試して貰っても構わない。仲間になってくれるのであれば、それの使用代金は俺が払おう」


 真実の宝玉とはそれを触った状態で嘘を付くと色が変わる魔法が掛けられている魔道具だった。使用するにも少なくない金を支払う必要があるが、この場では即ち、私達は嘘を言っていないと言いたいのだろう。


 改めて周囲を確認した後、カナリアは胸を手で隠したまま、どうしたものかと未だに裸のままの自分の体を見る。

 話すのは少女のカナリアの役目ではなくて、カナリアの形をした小鳥のゴーレムの役割だ。お互いの役割をわかっているかのように小鳥のゴーレムは口を開く。


『金が必要なのはわかった。だからって、このやり方は無いんじゃねぇのか?』


「ああ、それはすまないと思っているよ。だから、筆談用の石板と下着ぐらいはすぐに返そう。ゴーレムからではなく、本人から返事を聞きたい事もあるしね」


 ジェイドの言葉の後、ミラルドがカナリアの下着の上下と一枚の石板を持ってくる。

 下着は綿の、お世辞にも高くも無いし使いこまれたもので、石板の方も装飾らしいものはない、どちらかと言えば無骨なものだった。


 カナリアはミラルドから手渡されたそれらを受け取った後、まず先に下着をつけた方がいいのか一度逡巡する。そのあとで、すぐにミラルドが離れていきそうだったのでその背中を指で突いた。

 振り向いたミラルドに対して、裸である事は気にせずに石板を両手で持ち、彼女にその面を見せる。


 石板はただの石板ではない。魔道具だった。ペンを使ったわけでもないのにそこには文字が浮き出てくる。


【他の服は返してくれないのですか?】


 有り体に言えば、声を出すことが出来ないカナリアの直接的な意思表示を行う道具。これ自体も汎用品ではなく、売れば相当な金になる事は想像に難くない代物だった。


「ああ、交渉が纏まったら、返してあげるよ」


 ハスキーな声でミラルドが返答を返す。


【どうして?】


「私達の、身を、守る為さ」


 小首をかしげるカナリア。身を守るとはどういうことなのかと浮かんだ疑問はそのまま石板に浮き出るが、ミラルドは返答をせずにカナリアから距離を取った。


 理解が出来ないカナリアは、とりあえずとばかりに一旦石板を置いて下着を身に着ける。シャツとパンツのみ。本当に最低限の服しかないが、それを着込んで石板を持ち直したところでジェイドが改めて声を掛けた。


「カナリアちゃん。君、本当は魔法使いじゃないだろう? 身に着けた様々な魔道具で魔法使いのように振舞っているだけなんだろう?」


 【ああ】とだけ、それも一瞬だけカナリアの石板に言葉が浮かぶ。

 カナリアは理解した。彼らが何を思ったのか、何をしたいのかも。


 それを見たのか見逃したのか、いずれにしろジェイドは返事をしないカナリアに言葉を続ける。


「知っての通り、うちのチームには二人魔法が使える人間がいる。ササとルドリだ。

 二人ともこう言っていたよ、カナリアちゃんが魔法を使う時には、魔力の波動こそ感じるものの発声をしていないってね。聞き取れないぐらいに小声なのかとも思ったけれど、全く発声していないと二人とも太鼓判を押してくれた。

 俺は魔法使いじゃないが、少しぐらいは知っている。緊急時には詠唱を省略する事はあるけれど、って事ぐらいはね」


 ジェイドの傍にいるササが頷いたのを確認してから、彼はもう一度こう言った。

 

「じゃあどうしてカナリアちゃんが魔法を使えているんだって考えたら、答えは一つしかない。

 君は魔道具を使って魔法を使っているんだろう?」

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