第78話 小都市ノキ 【1/4】
厚い雲が立ち込め雨が降る中、カナリアとクレデューリの乗る馬車は予定通り夕刻の、完全に暗くなる前の時間にノキに到着していた。
小都市ノキ。
名の通り、ノキの市街は大きくはない。しかし、辺境における中継地点として、なんとか都市と言えるぐらいの大きさを保っていた。
街道の要所ではあるが、人の手によって攻められる事もない場所に位置しているため、城壁なども整備されておらず、都市の境は土地と人口の状況によって木製の柵が広がる程度である。
街道と繋がっている場所とて開けており、城門も無ければ見張り番も居ない、そんな都市であった。
クレデューリは一度立ち寄っている為、そこに警備は無い事を知っていた。
それ故に、彼女は市街に入った後、冒険者協会のある建物へ直行する予定であった。
しかし、ノキに入った直後に、馬車は待ち受けていた簡易な柵と民兵によって止められる。
行われたのは簡易的な検問。
それ自体はよくある事であり、なんら珍しくない。事情を知らぬカナリアは静かに待っていたのだが、色々と心当たりのあるクレデューリは、やや緊張した様子で民兵との応対をする。
程なくして馬車の中に顔を出したクレデューリは、カナリアにこう告げた。
「単なる確認だったよ。
柵は門がわりだそうだ。警戒の為に夕方になると置くらしいが、すぐに除けてくれるそうだよ」
彼女の平坦な表情は、それが単なる確認だけではない事を暗に表す。
『どうしたんだ?』
「馬車で来るのが珍しかったから確認したそうだが、私を見るなり冒険者協会に行くようにと言って来た。
元々その予定だと言ったら、あちらはホッとした様子をしていたけれどね」
シャハボの問いにクレデューリは答えた後、意味ありげな視線をカナリアに向け続けていた。
【貴方の関係?】
カナリアは読みやすい様に《
読んだ彼女の表情は何とも言えない面付きのまま。しかし、すぐに意を決めてクレデューリは言葉を紡ぐ。
「すまない。先に謝らせてもらうが、可能性が無いわけでは無い。
しかし、はっきりとはなんとも。
私と一緒に来た以上もう遅いのかもしれないが、ここで降りて貰っても構わないがどうする?」
少し考えるような仕草を取った後、カナリアは首を横に振っていた。
彼女は既に決めていた答えをクレデューリに見せる。
【このままついて行く】
「そうか。だが、もしいざこざが起きてしまったなら、私を気にせずに早々に逃げてくれ。
こんなつまらない私事に君を巻き込みたくないんでね」
【大丈夫。何かあったら自分で対処するから気にしないで】
カナリアの答えにクレデューリはしっかりと頷き返していた。
「君なら、心配はないか」
クレデューリの目に映るカナリアの様子は、自信ありげと言うよりは全く気に掛けない様子であった。
外見だけならば、カナリアは線の細めで可憐とも言える少女である。
それでさらに荒事の可能性を気にもかけないとなれば、まるでカナリアが無知なようにも思えてしまう。
しかし、クレデューリは知っている。カナリアはもしかすると自分よりも遥かに上の技量を持った冒険者であることを。
この時ばかりは余計な心配をしないで済む分、クレデューリの心中は楽であった。
「何事も無ければの話だが、今夜の宿の手配は任せてくれ。
代金もこちらで持とう。
出会った時の一食分のお返しだとでも思ってくれ」
そんな事にはならないかもしれない。だが、そうなって欲しい。
願掛けとも言えるクレデューリの言葉にカナリアが頷き返した後、二人は暫し視線を交わす。
無言の確認を終えた後に、クレデューリは御者台に戻って馬を走らせていた。
揺れる馬車の中でいつも通りにカナリアはシャハボを撫でる。
実の所、既にカナリアは、クレデューリが民兵と会話をしている間に《
辺りには明確な敵意が無い事を確認した上で、クレデューリとの会話をしていたのだった。
恐らくクレデューリが懸念するような事態は起こらないだろう。そうカナリアは考えていた。
かと言って、完全に楽観しているわけでは無い。カナリアには別の懸念が浮かんでいたのだ。
《
【なんだか慌ただしいね】
『ああ。この雨で、そろそろ夜だってのに随分と人の動きが多いな』
カナリアは目で見て確認はしていない。あくまで魔法で人の動きを確認しただけである。
そして、確認した事実も、人の往来が多く感じる、その程度の事であった。
【クレデューリの関係じゃなさそうね。
お仕事の盛んな街なのかな?】
『そんな訳はないと思うが』
カナリアとシャハボは当たり障りのない点から話を進めるが、互いにこういった場合の相場の予想は付いている。
【厄介事?】
『……その可能性はあるな。俺達に関係ないと良いんだが』
【冒険者協会で何かあるかもね】
『十中八九そうだろうな』
冒険者協会はただ冒険者の管理や依頼の取りまとめをしているだけではない。
国の関係しない要事の際の対応、例えば
むしろここの様な地方都市では、要事の対応こそが本業だと言えよう。
何かこの都市の周辺で問題ごとが起きているに違いない。
魔法で感知したのはちょっとした違和感程度の事ではあったが、直前に遭遇した出来事も掛け合わせる事で、カナリア達はそんな結論を出していたのであった。
* * * * * * * * * *
ほどなくして馬車は冒険者協会の前で止まる。
冒険者協会の建物は、酒場を兼ねているせいで間取りの大きな建物であった。
建物の脇の馬車止めにクレデューリが案内されている間に、先に降りたカナリアは早々に建物に入る。
建物の中にも漂う普通らしからぬ重い雰囲気。
入って来たカナリアを幾人かの冒険者が一瞥しただけで、残りの者達は其々のチームで酒を飲み、話をして、飯を食らっている。
よくある光景なのだが、カナリアはその場が妙に静かだと感じていた。
場の空気だけではない。
カナリアが受付に歩いて行く間も、姿を見られこそすれども、一度も手を出されなかったのだ。
カナリアはその冒険者には似つかわしく無い容姿が故に、こういった所ではちょっかいを掛けられる事がままあった。
掛けられれば掛けられたで面倒ではあるのだが、この場でそうされないという事自体が何かが起こっている事を暗に示しているのであった。
「あんた、一緒に来ている騎士様の付き人かい?」
受付に着いた所で、そこに居る男に声を掛けられたカナリアは首を横に振る。
「じゃあなんだ、どこかの貴族の娘かい? 守られて来たんだろう?」
再度首を横に振るカナリアの頭の上から、シャハボは口を開いた。
『冒険者だよ。そうは見えんかもしれなんがな』
彼が目を丸くしたのは、喋ったシャハボに対してか、カナリアに対してか。
カナリアはそんな彼の様子など気にせずに、シャハボに掛けられたカーナの偽装
「ちょ、ちょっと待ってろ」
やっと声を出した彼は、そう言ってからすぐに後ろに下がってしまっていた。
受付に立たされたままのカナリアは小さく息を吐く。
聞かれたから答えたはいいものの、彼女の欲していた事は面倒な話よりも先に夕飯の方であった。
『面倒事確定か』
シャハボの呟きにカナリアは静かに頷く。
少し待った後に雨に濡れたクレデューリが合流し、時を同じくして戻って来た男に連れられて、カナリア達は奥の別室へと連れていかれたのであった。
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