第77話 女騎士クレデューリ 【4/4】

「ああ、どうぞ」


 そう返したクレデューリは、少しだけ口の端に笑みを浮かべる。

 二人が合流してからというもの、要事以外ではカナリアは全くクレデューリに声を掛けていなかった。

 それ故に、珍しくカナリアが自発的に声を掛けて来た事を好ましく思ってのクレデューリの表情であったが、対するカナリアはいつも通りの無表情のまま変わりない。


 少しだけ浮かんでいたクレデューリの微笑はすぐに苦くなっていた。その顔持ちのまま彼女はカナリアの石板を読む。


【ノキまではあとどのくらい?】


「もうすぐの予定だ。このまま走れば日が暮れるまでには着くと思うよ」


【すぐに冒険者協会に行くの?】


「そのつもりだ。多少遅くとも開いているし、宿の手配もそこを通した方が早いだろうしね」


【そっか。わかった】


 カナリアが聞いたのは簡潔な二つの質問のみであった。

 回答を聞いた後で満足したカナリアはすぐに馬車内に戻ろうとしたのだが、クレデューリはすぐにそれを止める。


「ちょっと待ってくれ。

 珍しく君から出て来たんだ、少し私も話がしたい」


 いったん浮かせた腰を再度下ろし、カナリアは石板を向けた。


【何?】


「何、大した事では無いんだが、少し世間話がしたいだけさ」


 クレデューリはお喋りな方ではない。しかし、カナリアと出会ってからほんの一日二日ではあったが、せっかく一緒に居るのにほとんど会話が無かった為に、少しだけ会話に飢えていた。

 そんなクレデューリは、頷いたカナリアを前に話を切り出す。


「何を話そうか……

 そうだな、君のシャハボ君についてだ」


 当たり障りのない話題の一つとして、クレデューリが選んだのはシャハボに関してであった。

 【?】とだけ書かれたカナリアの石板を前に、クレデューリは話を続ける。


「私は魔道具には疎いので教えて欲しいのだが、シャハボ君の様などう……いや、存在は珍しいのか?

 それとも、魔道具使いであればさして珍しい物では無いのか?」


【わからない。少なくとも、私はシャハボしか知らない】


 返答を返すカナリアの表情には全く変化が無かった。

 無表情なままのカナリアと、文字だけの言葉。

 クレデューリはそこから真偽をはっきりと読むことは出来なかった。

 しかし、彼女は感覚で掴んだ答えを口にする。


「そうか。であれば、きっと珍しいのだろうな」


【かもしれない】


 曖昧に返事こそしたものの、実の所、カナリアにとってもその質問は考えた事の無い事柄であった。

 クレデューリに言った通り、カナリアはシャハボしか知らない。カナリアにとって大切なのはシャハボだけであり、そもそも同じような小鳥のゴーレムがこの世に居る可能性を考えた事すらなかったのだ。


 そこまで考えた所で、カナリアに新たな疑問が浮かぶ。


【でも、どうしてそれを知りたいの?】


「いや、なんてことはないさ。

 馬を走らせている間、色々な事を考えていてね。

 頭の痛い今後の対応の事を考えながら、気晴らしに『もしそうだったら』の話なんて事も考えていたんだよ。

 もし、あるじから受けた命が本当であったら、とか。

 もし、私が君に会うのが一週間早ければとかね」


【それは?】


「ああ、現状の私の目的は、王都に早急に戻ってこの件の落とし前をつける事だ。

 けれど、もしもの状況が本当の方だったら、私は幸運だったんだろうなと思ったのさ。

 君と一緒に行動すれば、私にもシャハボ君の様な素敵な魔道具を手に入れる機会があったかもしれなかったのにってね」


 仮定、もしそんな事があったら。それはありえなかった事柄。

 カナリアはクレデューリの言わんとする事を理解する。

 けれども、カナリアが石板に書いた言葉はこの一言であった。


【シャハボは私のだよ?】


 クレデューリは見当違いのカナリアの回答に目を丸くし、すぐに少しだけ笑いながら弁明した。


「もちろんさ。いや、そうじゃなくて、君はシャハボ君を直しに行くんだろう?

 シャハボ君の様な素敵な存在を直せるような、そんな事が出来る人間がもし居るなら、新しく作る事も出来るんじゃないかなって思ったのさ。

 第一は我が主人にだけれどね」


『いるかどうかはまだ確定じゃない。優秀な魔道具作成者と言うのも聞いた話でしかないからな』


 そんなシャハボの割り込みは、馬車内からであった。

 追うようにカナリアが石板で自らの意思を表す。


【それに、居たとしても簡単に受けてくれるかどうかもわからない】


 息の合った二人の答えに、クレデューリは苦く笑うしか出来なかった。


 二人の言う事は正しい。しかし、今彼女が求めているのは正しい回答ではなかった。

 本当の所、彼女は気の張らない、緩い会話を楽しみたかったのだ。

 王都に行けば、クレデューリの前には陰鬱で危険な事態が待ち構えているのは間違いがない。だからこそ、少しの間でも心休まる会話をと思っていたのだ。


「ああ、君たちは本当に慎重だね。そして息も合っている。

 まぁ、そんな機会があれば良いなと思っただけの話だよ」


 言い切ったクレデューリは、取り付く島もないカナリア達を前に、少しだけため息を吐いていた。


 話をしようと切り出したのはクレデューリの方が先であったが、カナリア達とは話にならないと音を上げたのも彼女の方であった。


 戦いでは確かに強いが、人間性に難あり、か。

 魔道具使いと言うぐらいだし、他人には興味ないのかもしれないな。

 会話下手は戦い慣れた人間にままある事か。


 そんな事を彼女は心に秘めながら、クレデューリは話の締めを告げる。


「雨が降り始めて来たな。もう少しゆっくりお喋りをしたい所だが、先を急いだほうが良さそうだ」


 彼女の言葉に頷いたカナリアは幌の中に戻り、クレデューリはノキの街まで馬を走らせるのであった。

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