第14話 秘密の夜会 【1/5】

 商会の建物ではまだ少なくない人数がせわしなく働いていた。

 隠れて何かをするでもなく、カナリアは正面からそこに立ち入る。


『ヨーツンはいるか? ディナーが遅いから催促に来たんだが』


 シャハボの言葉にそこで働いている人たちは一度は動きを止めた。幾人かはカナリアを見たが、その後カナリアの相手をせずにすぐに自分の仕事に戻っていた。


【随分不愛想だね】


『明らかに不審者だとしても、余計な事に首を突っ込むと自分の首が飛ぶって事だろ。よく躾けられてるってわけだ』


 シャハボを撫でながら、カナリア達は会話を続ける。


【どうしようか?】


『焦らなくても大丈夫だ。ちゃんと来客対応をする仕事を持ったやつは用意されているはずさ』


 シャハボの声がその場に響いたのと、一人の執事然とした男が出て来たのはほぼ同時だった。


「ヨーツン様はこちらにはいらっしゃいません。失礼ですが、招待状はお持ちでしょうか?」


 最初に来た時には居なかったと思われる彼は、カナリアに向かって丁寧な振る舞いでそう言った。


『ねぇな。だが、この子はさっき一度ここに来たんだ。その時にディナーを用意してくれると聞いてたんだがな』


 シャハボの言葉に、男は怪訝な顔をする。


「確認いたしますので、少々お待ちください」


 近くの人間と確認をした彼は、仕草だけで人を一人先に送り、その後で態度を一変させた。


「確認に時間を取ってしまい、申し訳ありませんでした。

 ディナーの会場はこの街の中心にある大ホールのある建物になります。

 ご足労おかけいたしますが、そちらの方においで頂ければと存じます。

 先に使いの方を出させて頂きましたので、お客様のおもてなしの準備は抜かりないかと」


『ふぅん。誰かエスコートしてくれる奴はいないのかい?』


「重ねて申し訳ございません。私を含め、全員がまだ業務が残っています故、お客様ご自身でお願いできますでしょうか」


 何とは言わないが、彼が懐に手を入れたので、カナリアはそれを手仕草で制した。

 かわりに彼は深々とお辞儀をする。


『……仕方ねぇ。じゃあ、行くか』


「どうぞ、今宵はごゆっくりとお楽しみくださいませ」


 カナリア達は商会の建物からすんなりと外に出ていた。

 何もされないのであれば、カナリアも何もしない。別館で何が起こったのかを知らない彼らは幸運だった。


 急ぐでもなく、どちらかと言うとのんびりした足でカナリア達は街の中央へと足を向ける。

 ここの街の区画は放射線状になっていた。つまり、どちらに向かえば真ん中になるかは簡単にわかる。

 ゆっくりと歩いている間に、少しだけ一人と一羽は他愛もない会話をする。


『……おもてなしの準備をしてるそうだ』


【普通に美味しいものが出て、一晩の宿を用意してくれればいいのにね】


『そうはならんだろうな』


【そうだろうね】


 カナリアは少しだけ、起こりうることを想像してそれを憂いた。

 そこに善悪の感情は無い。請け負った任務だからそうこなしているだけであって、それを邪魔するから排除するだけなのだ。

 他を殺したいわけでもないし、だからこそあまり凄惨な状況にもしたくはないのだが、時と場合によっては致し方も無いと言う事もままある。

 既にカナリアは別館で働く少なくない人数の人間を殺していたわけだが、それでも、起こりうる未来を憂う気持ちは持っていた。


 ほどなくして、目的の館はすぐに発見することが出来た。

 ただ、それは館と言うよりは、この小さな街には場違いなぐらいに大きな建物だった。


 入口には、また別の執事面をした男が立っていて、今度はしっかりとカナリア達を待っていた。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 用心なんてサラサラせずに、カナリアは男の後を追い、建物の中に入っていく。


『つくづくカナリアは用心しないな』


【用心はしなくても、ちゃんと用意はしてるよ? 本当に美味しいものが出てきたら驚くぐらいの気持ちはね?】


 通されたのは大きな屋敷の地下だった。

 この先には罠があります。と言わんばかりの地下通路を通り、カナリアは両方の側に扉のある、少し薄暗い小部屋に入った所で一旦止められる。


「余程、腕に自信がおありのようですね。このようなあからさまに危険な所に単身で堂々と乗り込むとは、その度胸には感服いたします」


 カナリアの方を振り向いた男はそう言った。言葉遣いは丁寧で滑らかに言い切るも、少しだけその手が震えているのは、言い表せない恐怖を彼が感じていたからだった。

 対するカナリアは、何を言いたいの? と問わんばかりにかわいらしく小首を傾げる。


『美味しいディナーと綺麗な寝床さえあれば、こっちに文句はねぇんだがな』


 カナリア達の要求はその通りだったのだが、悲しい事にシャハボの言葉は、文字通り受け入られる事は無い。


「ええ、ディナーはこの先に用意してありますので、どうぞお進み下さい」


 深々と頭を下げる男性。

 入ってきた方と反対側の出口を潜り、カナリアはその先へと向かう。

 向かった先は、石積みの壁で囲まれた楕円形の広場。ありていに言えば、闘技場のような場所だった。

 カナリアの三人……いや、四人分ぐらいの高さまでの垂直の石壁が立てられている。それのさらに上部が恐らく地上部なのだろう、いくつもの座席が設けられて、マスクで顔を隠した人間たちが談笑をしている。


『ショーグラウンドってわけだ。ダンスでも踊るか?』


【やだ。お金貰えたとしてもやだ】


『じゃあ、美味い物でも貰えるようにおねだりでもしますか』


【シャハボ、お願いね】


『機会があればな……』


 カナリアが周囲を確認している間に、シャハボが小声で彼女に耳打ちする。

 カナリアはシャハボの体を触って返答しているため、はた目には囀る小鳥を撫でる、冒険者風の少女にしか見えないはずだった。


 カナリアが周囲の確認を終えた後、同じくして興味を持った観客たちがカナリアを確認した後に、一人の男が円錐の筒を持って大声を上げた。


「皆様! 本日は当ゴーリキー商会の秘密の夜会にようこそおいで下さいました!」


 持っているのは魔道具なのか、その声は室内に良く響いた。


「常連の方々は既にご存じでしょうが、本夜会は存在しない、うたかたの夢で御座います!

 皆様はただいまご自宅でお休み頂いている事でしょう!

 明日になれば忘れてしまう夢で御座いますが故に! 大いに飲んで食べて、そして、日常に非ざるショーをお楽しみ頂ければと存じます!」


 周囲から万雷の拍手が聞こえ、カナリアも思わずそれに乗って拍手する。

 けれど、その行為は場を盛り下げてしまったようだった。


 カナリアの様子を見た幾人かの観客がブーイングを発する。

 それもそのはず。彼らは、凄惨な殺戮ショーを見に来ているのだ。間違っても、かわいい女の子が喜ぶ姿ではない。

 この場で観客が求めているものは、この後を想像して恐怖に震えるメインディッシュの姿だった。


「ご不満の声もありましょうが、皆様、少しばかりご清聴下さい。

 今宵の可憐なゲストですが、彼女は我々を裏切ったオジモヴ商会からの詫びの品でもあり、れっきとした冒険者であります。

 しかも、クラスは驚きの1でございます!」


 司会の男の声によって、ブーイングがざわつきに変化する。


「お客様方はクラス1の冒険者を見た事がございますでしょうか?

 残念ながら私は寡聞にして存じませんが、このような可憐な少女がなれるものでは無いとだけは存じております」


 同意の頷きと、何かを察したのか観客の笑い声が響く。


「念の為私どもでも調査しましたが、当然ながら該当するような冒険者の情報はありませんでした。

 ですが、一人だけ噂を知る者がおりました。

 彼女の名は、啼かないカナリア。

 カナリアと言うのはかわいい小鳥ではありますが、同時に可哀そうな生き物でもあります。鉱山で働く鉱夫やドワーフ達はカナリアを坑道に連れていきます。愛でる為ではありません。いつも可憐に鳴いているカナリアですが、もしも毒が出た場合、真っ先に啼かなくなって死んでしまうのです。

 ああ、可哀そうなカナリア!

 もう一度申し上げましょう。彼女の名は、啼かないカナリア。

 カナリアは彼女です。ですが、彼女が通った後にはすべての生き物が死に絶える! 啼かないカナリアは死を告げる存在なのです!!」

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