第13話 オジモヴからの任務 【4/4】
「イザックはね、ヨーツン商会の下請けだったんだよ。ヨーツン商会は大切な仕事をイザックを含め幾つかの下請けに回したんだ。
でもね、イザックの所、オジモヴ商会は何の理由があったかは知らないがそこから離反したらしい。
その後のヨーツンさんの怒り方はすごかった。そして、その後来たのは君さ。多分詫びの品なんだろうね」
【詫びの品? 手紙の事?】
可哀そうな子羊はそっちだよと笑いだしたくて、とぼけるのにカナリアは内心少しだけ苦労していた。
カロンはそんな事つゆも知らずにカナリアに向かって話を続ける。最後まで話したらどうなるのか知りもせずに。
「ああ、詫びの品は君の事だよ。
そろそろ効いて来たんじゃないかな? ニドナの毒は早いから、体が動かせないだろう?
それとも麻薬の方が効いていて気持ちよくなっている頃かな?」
カロンの言葉にカナリアは少し品が悪い笑顔を作った。大きな笑い声をあげるような仕草を取るが、声の出ない彼女がするとそれは作り物っぽくなる。
カナリアは魔法使いとして、《
たとえニドナシの毒を致死量摂った所で、一般的な致死量程度なら死ぬことは無い。まして、今回の様な、麻痺させることを目的とした程度ならば、多少体が重い程度だった。
麻薬に対しては効きはするが、どれだけ摂取してもある一定以上の効果は出なく、依存性などは完全に出ない体質になっていた。
今回は、久しぶりの毒物と言う事もあってカナリアは全く解毒をしていない。自らの抵抗力を鍛える為にもと理由をつけて、それらを楽しんでさえいた。
結果として、ニドナシはほぼ効力は出ていなかったが、麻薬の方が少しばかり、いや、確実にカナリアの気分を向上させていた。
声の出ない笑いを上げたカナリアの姿に驚いて、カロンは一瞬だけ後ずさる。
カナリアはカナリアとて、気分が高揚している状況でもうまく演技が出来るようにと必死だった。
カロンに飛び掛かるのは簡単だった。ただ、今回はそれよりも、もう少し演技を続けて情報を得る事を彼女は選ぶ。
【わわわたたたししししををヲどどとううしししタいいいののの】
文字の大きさを変え、少しでも混乱を表現するようにカナリアは石板に文字を浮かべる。
「ヨーツンさんに気に入られればそのまま夜伽の相手だろうさ。ただ、今夜は他の重要な人達も来ているからな、ショー送りは間違いない。今夜のディナーは君さ」
【ここころろロささされレレれれルるるルる??】
その文字を読んだカロンは、見ても居られないとばかりに石板から顔を背けた。
「今のうちに幸せな気持ちを満喫するといい。それがきっと最後の幸福な時間なんだから」
カロンはそう言ってから立ち上がり部屋を去ろうとする。
もし、もしがあるならばだが、彼がこの場でカナリアを逃がすなり、懺悔でもしていたなら話は変わっていたのだろう。
けれど、カナリアのお遊びと温情はそこで終わりだった。
ドアを開けて部屋を出ようとした瞬間、ストッ、という何かが落ちる音が聞こえてカロンは後ろを振り向いた。
そこには薬が効いて動けないはずのカナリアが立ち上がっていた。
ただ、前に伸ばした両手は小刻みに震え、その直下にはナイフが落ちている事で彼はすぐに安心する。
何かの理由で薬の効きが浅かったのかもしれない。でも、護身用のナイフも掴めないようなら自分だけでも取り押さえる事は出来るだろう。
カロンが考えた事はこれだけだった。
落ちたナイフが魔道具である事なんて全く想像はつかない。そして、その魔道具が《
次にカロンが理解したのは、薬が効いて動けないはずのカナリアの両手が動き、祈りをするように組み合わさった事だけだった。
祈り? いや、そこにカロンは光が見えた気がした。
次の瞬間、彼は自分と同期で入って力仕事が得意なムロの事を思い出した。そして、自分の直属のボスであるポルカや、料理よりはむしろ薬の扱いに長けた料理長の事も。
カロンは自分がムロと同じ力を持っていることに気づいた。ポルカの持つ組織運営の知識や、商会に隠れて持っている裏金の事も。料理長の凄腕や、彼の持っている隠し子の事も。
突然彼は色々な人の知識や技術がそこにある事に驚く。今名前を出した人だけではなく、顔は知っているけれど名前は聞いた事も無い人の技術や、クレゾの事まで。
だれだ、クレゾって? 疑問。だれだ、ポルカって?
……誰だ、カロンって……?
カナリアの両手が組み合わさった瞬間に、カロンは糸が切れた人形のように倒れていた。そして、それはカロンだけではなく、力自慢のムロや、ポルカ、料理長、クレゾ……別館に居る全ての、カナリアを除くすべての人間が同じように斃れていた。
次にカナリアが両手を広げると、そこには煌々と光る球体が浮かんでいる。
それは、今倒れた人間たちの生命力、命。そう呼べるものだった。
カナリアは声を出す事は出来ない。けれど、魔法を使う事は出来る。彼女は無言のまま《
《
術者が不老不死になれるから禁呪となった。と、普通はそう考えるが、事実は違う。
《
それだけではない。他の人間にそれを使わせて力を抽出し、生成された生命力だけを別の人間が吸収しようと試みたとしよう。その場合、生命力を吸収した人間は、超過した生命力に耐え切れずに死んでしまうのだ。
使うだけで死ぬ、利用しようとしても死ぬ。ほぼ例外なくそれが続いたため、《
カナリアはその禁呪を、事も無げに館の中全ての人間を対象にして使い、生命力をかき集めていた。
そして、その煌々とした光に満足した彼女は、それを一気に飲み干す。
『……うまいか?』
【ううん、質の悪い味】
『ゲテモノ好きのリアの好みの味って事か』
シャハボの言葉に頷くカナリア。その姿に何ら変化はない。
自爆するはずの魔法を使い、十や二十では利かない数の人間の生命力をその身に吸収したのにも拘らず。
【ディナーの前の前菜ならいい感じだと思うよ?】
『……やっぱりその食い物の趣味直したらどうだ?』
そのやり取りは薬物の影響など全くなくなったようで、普段と変わらない口調だった。
無音になった館の中を一人歩き、カナリアは外に出ていく。
夜闇が近づく時間になって来ていたが、恐らく商会に出向けば商会長がどこに行ったかぐらいわかるだろう。
カナリアは無駄な殺しは好きではない、ただし、引き受けた任務で必要であるならば、もしくは任務の障害になるのならば排除に気兼ねはない。
【彼はちょっと可哀そうな気もするけれど、仕事だしね】
『十分優しいよ、リアは』
【ありがとう、ハボン。じゃあ、これからディナーを頂きに行こうか?】
もしそれが声に出ているならば、肩に止まるカナリアの人形に話しかける少女はとてもかわいらしい姿に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます