第12話 オジモヴからの任務 【3/4】

 案内された別館は、確かに街外れに建てられていた。建物のしつらえも悪くは無い。ただし、その中で働いている人たちの人相はこの街に来てから見た人間とあまり変わりは無く、お世辞にもよくは無かった。


 敷地に入ってから客間に通されるまでに、会った人間全てがカナリアに品定めするような目線を向けていた事を彼女が気付かないはずはない。


「お前、声が出ないんだってな」


 客間で椅子に座ったカナリアに対して、ここまでカナリアをエスコートしてきた男がそう尋ねた。

 カナリアを憐れ見るような視線をかけるその男は、新入りと呼ばれたぐらいに若く経験が浅そうにカナリアの目に映る。


 頷いたカナリアの目を見た後、彼はこう言った。


「少しここで待っていてくれ。料理長に話をしてくるから。

 あと、ディナーまではまだ時間があるから何か茶でも持ってきてやるよ」


 彼はまだそれほど悪い人間ではないのだろう。雇い主のように真っ黒になり切れない人間。カナリアはそう感じていた。

 そうでなければ、カナリアに対してそんな表情を向けないし、まして彼女を一人部屋に残したまま部屋を出ていくことなんてしないだろう。


【不用心過ぎ】


『リアの事を見た目通りだと思ったんだろ』


 二人きりになった途端の最初の会話がこれだった。


【私はそんなに子供っぽいかなぁ?】


『子供っぽいと言うよりは、気が抜けすぎだ』


【気を入れるところあった?】


『ねぇな』


【でしょ?】


 クスッと笑うカナリアの姿は、見る人が見れば年頃の女の子にしか見えないだろう。

 他愛もない会話をしながら、《危険探知ディテクション・デダンジー》、《罠探知ディテクション・デピアージ》、《生命感知サンス・ドレヴィ》、《聞耳エクテ》などの魔法を矢継ぎ早に、しかも逆探知されないようにごく短時間で行う年頃の女の子なんて存在はしないわけだが。


【盗聴や罠の類はこの部屋には無し。館の大体の人の数も掴めたよ。今の所人の出入りはないから簡単だと思う。

 あ、そうそう。さっきの男の人はちゃんと料理長って人に調理方法を相談しているみたい】


『……うまそうに料理ってか?』


【美味しいかなぁ?】


『聞く事だけちゃんと聞いてからにしろよ?』


【わかったよ、ハボン】


 客が誰で、食材が何で、どう調理するのか、カナリア達には予測がついていたが、ほぼ予想通りの彼らの言動にカナリアはもう一度笑っていた。



 カナリアとシャハボが方針を決めた後ほどなくして、例の男はトレイにティーポットにカップ、気を利かせたのかクッキーを持って戻ってきた。


「待たせたな。焼き菓子が丁度出来たから貰って来たぞ」


【ありがとう】


 カナリアは石板を持ち上げて彼に見せる。

 それを読んだ後、彼はちょっと驚いた仕草を見せた。


「どうやったんだそれ?」


【魔道具。私がしゃべる為のね】


「ああ……、なるほど、そうか。便利なもんだな」


 そう言っただけで彼は興味を失ったらしく追及はしなかった。


【便利って……それだけ?】


「ああ、お前はオジモヴ商会からのアレだろう? 変に好奇心を出して後で会長にどやされたくはないからな」


 言ってから、彼は余計な事を言った事に気付いてばつの悪そうな顔をする。


「それよりも、折角淹れた茶と焼きたてのクッキーだ。どっちも温かい内に食ってしまえ」


 下手糞な取り繕い方ね。とカナリアは内心思うが、それを表情には出さずに、笑顔を見せた。


【貴方、親切なのね】


 カナリアの顔と石板を彼の視線が行き来し、その後視線は逸れる。

 カナリアの笑顔は自然に漏れていた。この人は嘘を付くのも苦手で、悪い事するのにも少し気兼ねしているんだと思ったからだ。


 そしてもう一つ。甘い人。とも。


【ところでこのお茶とクッキーはどんな味? お茶は特にすごくいい香りがするけれど】


 カナリアは何も知らないかのように振舞い、彼にそう尋ねる。

 返答如何では彼の運命はまだ続いていたかもしれない。けれど、カナリアの投げた救いの手に彼は気付かない。


「お茶の方は何だったかな、たしかニドナって葉だったはずだ。いい香り過ぎて貴族の連中が買い占めていて、市場にほとんど出回っていない品だそうだ。

 クッキーの方はお茶に合わせて香草を混ぜ込んだうちの料理長の自信作だよ」


【それは楽しみ】


 カナリアはそれの中身が何かを知っている。

 お茶の葉はニドナではなく、ニドナシと言う毒草だった。少量を呑めば体が麻痺し、多ければ死ぬ。気付かれないように無味無臭にするのではなく、わざと良い香りと味にしてあるそれは、初めて飲む者に喜びを与え、二度目は無いという毒草だった。

 クッキーの方にもアタリがついている。こちらは一般的な麻薬だろう。出された枚数は三枚だが、どのくらいの濃さで入ってるのかカナリアは気になっていた。


 両方とも人体にいい物では絶対にない。それをわかっていながら、カナリアは自然にお茶に口をつけ、そのクッキーを食む。

 なるほどと思えるほど、ニドナシの茶とそのクッキーの味は丁度良いバランスだった。

 ニドナシの豊潤な香りを邪魔せずに、クッキーのホロ甘さと麻薬の刺激が組み合わさる。


【美味しい】


 純粋に喜び、カナリアが石板を見せると、良心の呵責を覚えたのか男は少し悲しそうに笑った。


「そうか、良かった」


【私一人で食べるのは勿体ない。貴方も少し食べない?】


「いや、客人の食べ物には手を付けるなと言われているんだ」


 お決まりのセリフに対し、カナリアは悲しそうな表情を演技で付ける。


【残念。じゃあ、かわりに少し私とお話しない?】


「ああ、少しの間ならな」


【良かった】


 カナリアは喋る事をしない。けれど、それは感情が少ないというわけでは無く、特にこういう際には彼女の表情はコロコロと変わる。

 そして、それを武器にしてカナリアは自分の仕事をしようとしていた。


【お兄さんお名前はなんて言うの?】


「カロンだ」


【そう、カロンさん。いい名前ね】


 カナリアが名前を褒めると、少しだけカロンの固さが取れたようだった。


【カロンさんはこの仕事ついて長いの?】


「……まだ入ったばかりだよ。一年ちょっとって所だ」


【どうしてこの仕事を?】


「金だよ。仕事はまぁ、大変だけれど、金が貰えるなら仕方ないさ」


【お金って、大事だよね】


「ああ、そうだな」


【あの商会長のヨーツンさんって、お金沢山持ってそうだよね】


「そりゃな。この街を仕切っているぐらいだし」


【そう言えば、ヨーツンさんの周りに人が多かったし、入れ替えごっこなんてしていたけれどあれはいつもの事?】


「ああ、あの人はいつもあんな感じだよ。やっている事がやっている事だから敵も多いのさ」


 少し口を滑らせたことにカロンは気付いていない。


【そっか。イザックさんもヨーツンさんは大変だって言っていたしね。金持ちって大変なんだねきっと】


 イザックの名前を出した瞬間、カロンの表情が強張る。

 相変わらずの憐れむような目線を彼はカナリアに向けていた。


「……君は何も知らないんだな。情が移るから子羊とはあまり会話するなとポルカに言われた理由が分かった気がする」


 カロンはカナリアを見ていたが、その口から出た言葉は彼自身に向けられていた。


【知らないって、何のこと?】


 カナリアは雰囲気も表情も先ほどと変わらない。カロンから漏れ出てくる言葉に期待をしてはいるが、それを表に出す事はしない。

 そして、カナリアの事を何も知らない羊だと思っている彼は、カナリアの求めていた言葉を口にした。

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