第11話 オジモヴからの任務 【2/4】

 道中にある、最初に任務でイザックを送り届けた街をほぼ素通りする形で、カナリアは道を急いだ。

 走る速度自体は当然馬よりも遅かったが、夜眠る事さえせずに、食事の休憩のみで彼女は走り続けた。結果、目的の街まで三日と掛からず、依頼を受けてから二日目の昼過ぎには目的のゴーリキー商会の近くまで来ていた。


『走り続けて疲れたか?』


【少しはね。でも大丈夫】


 その返答は、昼夜を問わず走り抜けた人間が言う事ではない。だが、カナリアは汗一つかいていなかった。

 シャハボの体を撫でることでカナリアは会話をする。


 この街はヨーツンと言う名前の街だった。手紙の届け先のゴーリキー商会の商会長、ヨーツン・ゴーリキーの名前を取っている。街道沿いではあるが、辺境の片田舎に彼の別荘地を立てたのがきっかけで、そこから人が集まって短期間で街になったらしい。

 イザックと別れる前に可能な限り聞き出した情報をカナリアは思い出していた。

 普段は忙しく働きまわっているため居場所を掴むことは難しいが、今に限っては確実にこの街に居るらしい、商会長のヨーツンに手紙を届ける事。

 そしてヨーツンの街で一泊して七日以内に戻ってくる。

 それが今回の任務。


 難易度の高さを強調されてはいたが、街に来て改めてその理由をカナリアは感じていた。

 行き交う人々のガラの悪さである。それらのほとんどは定住している者と言うよりは冒険者だろう。でもどちらかと言うとガラの悪い男が行き交い、物を売る者達もそれらに負けないぐらいのガラの悪さだった。 

 たまに見かける女性も、あきらかにそれらの男向けの商売をしているなりをしている。


 そんな中で、まっとうな冒険者じみた格好のカナリアは明らかに場違いであったが、気に掛ける一人と一羽のコンビではない。


『じゃ、お届け物の配達と行きますか』


【いつも通りお願いね、ハボン】


 ゴーリキー商会の建物に入ったカナリア達は、受付で商会長を呼びつける。

 面会予約も無い彼女達ではあったが、イザックの名前を出すとすんなりと話は通っていき、執務室らしい部屋に通されていた。

 待ち受けたのは、年老いてでっぷりとした体格の男。彼は椅子に座り、入口の正面のデスク越しにカナリアを睨みつける。後方で筋肉質でいかにも用心棒じみた男と、細身だが、神経質そうな目つきの鋭い男が固めていた。

 側面の壁にも二人ずつ張り付いていて、それだけならまだしも、カナリアが部屋に入った後で、一人の男が入り口のドアを塞ぐように立つ。


 カナリア達が手紙を届けに来ただけと言ったにもかかわらず、その部屋の中にはあきらかに剣呑とした空気が流れていた。


「で、イザックの使いってのはお前か」


 正面に構えた太い老人が、その体格に合ったしわがれ声でカナリアに話しかける。


『ああそうだ。そういうあんたは、ヨーツン・ゴーリキーさんでいいのかい?』


 こういう時はあまりカナリアは喋る事をしない。どんなにシャハボの口が悪くても、喋るのはシャハボの役割だった。


「おい! 貴様! 自分の口で話さんかい!」


 カナリアに食って掛かるのは、老人の後方に立つ目つきの鋭い男の方だった。


『すまねぇ。カナ……この子は口が利けないんだ。代わりに俺が話すから勘弁してくれ。

 ところで、なんで商会長の方が立って用心棒の真似事なんてしてるんだ?』


 シャハボの言葉に周囲の人間が揺れる。

 動じなかったのは、今この場で喋った人だけ。


「小細工を弄さずとも、本当のようじゃな」

「ああ、本当にイザックの使いならば、受け取ろうじゃないかその手紙とやら」


 そう答えたのも老人が先で、カナリアに食って掛かった男が次だった。

 彼らは立ち位置を入れ替えた後、目つきの鋭い方の男がカナリアに向かってはっきりとこう言った。


「俺がゴーリキー商会の商会長、ヨーツン・ゴーリキーだ。お前たちはオジモヴ商会のイザーク・オジモヴからの手紙を持って来た。で、間違いはないな?」

『ああ、そうだ』

「では、手紙を受け取ろう」


 返事はシャハボが返し、カナリアは無言のまま手紙の入った箱をヨーツンに手渡しする。

 箱を渡された時点で一瞬だけヨーツンの表情に変化があったものの、箱を開けてその手紙を読み終わるまで、いや、読み終わってからも彼の表情は変わらなかった。


 彼が手紙を読み終わるまでの短い間にカナリアは彼と周囲を観察する。

 カナリアは囲まれて居るにもかかわらず、さして危機感を感じていなかった。元々の性格の問題もあるにはあるが、一番の理由が彼我の力量を正しく理解しているからだった。


 言ってしまえば、相手にならない。囲っている人間たちは冒険者ランクでいけば6か5と言った所だろう。正面に居る筋肉男と老人は少し歯ごたえがあるかもしれないが、それでもこま切れ肉程度の歯ごたえだろうとカナリアは感じていた。


 仕事中だしあくびはしてはいけないと少し押し殺したところで、手紙を読み終わったヨーツンが口を開く。


「で、お前はこれを読んだのか?」


 カナリアは首を横に振る。石板こそ首から掛けていたが、その価値を理解されると面倒なので会話はシャハボに任せる事にして使わずにいた。


「そうか。そうだろうな」

『見ずに届けろってのが任務なんでね。この子は中身を知らない』

「そうか。中身を知りたいか?」

『遠慮する。それは任務の内に入っていないのでね』

「ふん、義理堅いな」

『これでもこの子は一端の冒険者なんでね』


 カナリアの形をした金属ゴーレムが喋る事に何の疑問も持たないかのように、ヨーツンは会話を続けていく。


「で、お前たちはどうするつもりなんだ?」

『任務がまだ終わっていない。とりあえずは一泊出来る所があるといいんだが』


 ここまでヨーツンの表情はほぼ変わらなかった。だが、この一言でヨーツンの眼光だけが鋭く光る。


「そうか。ならばこちらで手配しよう。街のはずれに来客用の別館を用意してある。この街のガラの悪い連中に絡まれないで済むいい場所だ。

 道中疲れたろう、今夜はゆっくりしていくと良い」


 頷いたカナリアを見て、彼は入口に立っている男に声を掛けた。


「おい、新入り。この子を別館に案内しろ。そして、着いたらすぐに料理長に連絡しろ。客人用のディナーを用意するようにとな。

 ああそれと、大事なものを届けてくれた客人に、くれぐれも粗相をしないようにしろ」


 それを聞いたカナリアはヨーツンにニッコリと微笑んで返す。

 ヨーツンもそれに釣られて口の両端を上げるが、その笑みの意味が両者とも同じであったとは彼は気付く由もない。

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