第10話 オジモヴからの任務 【1/4】
「ところで、私からも一つお願いがあるのですが」
イザックは商人の笑顔を崩さなかったが、その目の光だけが先ほどと変わっていた。
『表の仕事か? 裏のか?』
雰囲気が変わった事を気にもせず、シャハボは単刀直入に聞きにくい部分を尋ねる。
「難しい所です。我々、特に辺境の商人にとっては、表裏の区別などあってないようなものですから」
白々しく話すイザックだが、これではカナリア達の興味を引けないと気付いたのか、言葉を続けていく。
「ですが、お願いしたい件に関しては、冒険者協会の方を通して依頼する事は可能です」
冒険者協会を通すと言う事は表の仕事になる。けれど、表と直接言わない当たり別の事情があるのだろう。
『中身と報酬は?』
シャハボの言葉に飾り気は一切ない。
「申し訳ございません。
受けて貰えるまで詳しい内容の方は明かす事は出来ません。ただ、非常に難易度の高い仕事、としか。
その代わりですが、報酬の方は弾ませて頂きます。そうですね、探し人の情報、などはどうでしょうか?」
場の空気が完全に変わる。シャハボとイザックの会話に、カナリアの存在が割り込んでくる。
「カナリアさんが人を探して旅をしている。その情報まではこちらにも届いております。
今回私の依頼を受けて頂ければ、報酬の一部として、そのお手伝いを積極的にさせて頂きたいと思っています」
【どうやって探すの?】
「私には商いで培ったコネがございます故。ご依頼を受けて頂ければ、依頼完遂までの間にその探し人の情報を集めて、完遂時にお渡し出来ればと」
【今その情報は持っていないの?】
「申し訳ございません。私はカナリアさんが人を探している事は存じていても、どのような方を探しているかの情報までは持ち合わせておりません」
用意されきった言い回しに、カナリアは次の言葉を止めた。
『受けると言えば、すぐにお前の依頼は受けれるのか?』
カナリアの気持ちを察しつつ、シャハボは確認を進める。
「いい質問です。残念ながら、答えはいいえです」
『なんだそりゃ』
「理由は2つあります。一つは、真っ当な仕事故に冒険者協会へ正式に依頼を出さないといけない事。もう一つは、受けて頂くにあたり、カナリアさんが真に私の希望に沿う人間かを証明して頂く必要があります」
『おいおい、なんだその2つ目の理由』
「最初に言った通りです。この任務は非常に難易度が高い。失敗は絶対に許されません。それこそ、いえ、その点で言えば間違いなくクラス1の冒険者様にお願いするような仕事と言っていいでしょう。
ですので、冒険者証だけでなく、直接、私にカナリアさんが任務に足る実力を持っていると証明して欲しいのです」
カナリアはイザックと視線を合わせる。今までは温和な表情を浮かべていたイザックの顔には、真剣さだけが残っていた。
【証明と言うのは何をすればいい?】
カナリアは自らの視線を石板で遮ってそう聞いた。
イザックは馬車に戻り、小さな箱を持ってくる。
「こちらの箱の中には1通の手紙が入っております。これを、2つ隣の町のゴーリキー商会に届けて下さい。
簡単ですが、難易度は高い任務かと思います」
真剣そうに語る彼に、シャハボは突っ込んだ。
『単なる
「ええ。高い難易度です。届けられる迄は決して箱の中身を開けて見てはいけません。もちろん、誰かに盗られてしまってもいけません。
無事に手紙を届けて、私の下に報告に帰ってくる。難易度の高い任務になるかと」
『チッ。カナリアは子供のお使いすらまともに出来ないと思われてるのか』
真面目に語るイザックにシャハボは愚痴で返すばかり。
そうは言っても、シャハボもカナリアも頭の中では別の事を考えていた。
要点で言うと、どこかに難易度を上げる要素があるのではないか、だとしたらそれはどこかと言う点だ。
【期日は? 行くまでに難所が有ったり、
「目的の街まで、片道は馬車で3日の距離です。そうですね、往復と向こうでの一泊を合わせて7日の期間でどうでしょうか。
難所らしきところは無いかと思います。街道は整備されていますから。盗賊や
盗賊や
あとは手紙の中身が本当に重要な物と言う線と、依頼外の事が発生することがほぼ確定と言う線ぐらいしか彼女には思い浮かばない。
【依頼外の事が発生した場合は?】
「こちらの依頼は手紙を届けて戻って来て頂く事です。それ以外は依頼の範疇外となりますが、任務達成の為に必要な事があればカナリアさんで対処して頂くことになります」
この話を聞いてカナリアは少し安心した。経験がある。この手の話は依頼の範疇外の事件が起きる可能性が高い。
難易度を上げている理由はこれなのだろうと見切りをつける。
それさえわかってしまえば、カナリアに拒否をする理由は無かった。
【それならば受けてもいいですが、こちらの任務には報酬はあるんですか? まさか、難易度が高い仕事を無償でと?】
喜びの笑みと言うよりは、一瞬だけ質の悪い方の笑みがイザックの顔に現れたのをカナリアは見逃さない。
「ええ、もちろんですとも。
難易度の高い仕事ですから別途報酬はお支払いいたします。冒険者協会を通す時間も無い仕事ですのでその分色もお付けしましょう。
そうですね、前払いの報酬として、一晩の食事に、クラス1の英雄が使ったリュックと香油、あとは旅の基本セットなどはいかがでしょうか?
あとは、馬を一頭お付けしようかと思います。
残りの報酬に関しては、戻って来てからと言う事で」
カナリアはそれを聞いて少しだけほほ笑んだ。
前回の護衛の任務の時にはカナリアはイザックと直接会話する機会はほとんどなく、彼の事をあまり知らなかったが、今回のやり取りでカナリアはイザックの事を少しだけ気に入っていた。
彼は気持ちいいぐらいに商売人だ。聡明で、自分の利の為に動く人間であろう。けれども、その商売の為には、決めたルールは守る人間だと感じていた。
利益を得るためには何でもするだろうが、決めた事や契約は裏切らない。つまり、こちらが依頼を達成すれば、偽る事なく報酬を渡してくれるだろう。
【まずはその手紙の配達任務。承ります】
カナリアは石板にそう明言した。
「ありがとうございます」
紙や布や魔道具で記載する事はしなかった。だが、お互いが口頭と石板で条件などを復唱して、最後に握手をして締めくくる。
「私はタキーノにしばらくおります。昼夜を問わずにタキーノのオジモヴ商会の支部に居ますので、任務が終わり次第そちらの方を尋ねて下さい。あそこの都市はカナリアさんにとっては多少居づらい場所になるかとは思いますが、ご了承頂ければと」
【わかった】
話が終わり、品物のやり取りを行っていると、時は過ぎて夜が明けかけていた。
カナリアは移動用の馬を断り、かわりに食料と雑貨類の方をねだっていた。
元々話がまとまれば無償で提供するつもりだったのだろう、イザックはねだられるままにポンポンと物を見せては渡している。
けれど、リュックがいっぱいになりそうになったので、彼は止めてこう言った。
「今は最小限の荷物に留めておいて下さい。欲しいと仰ったものに関しては、この任務が終わり次第、商会支部の方でお渡しします。
大丈夫です。任務が終わればしっかりお渡ししますから」
太陽が少しだけ顔を出した時点で馬車を駆り、イザックは地方都市タキーノへと走っていった。
貰えなかった物を思い出し名残惜しそうな顔を浮かべていたカナリアの顔は、馬車が遠ざかるにつれて平時の姿に戻りゆく。
『この仕事、罠だと思うか?』
【そんな気はしない。この先に罠は仕掛けられているかもしれないけれど、きっと言った通りの任務じゃないかな。
イザックはきっと腹黒いけれど、彼との契約は信じられると思う】
『同感だな。じゃあ、いつも通りやるか』
シャハボの言葉にカナリアは頷き。二人は二つ隣の街へと足を向けた。
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