第15話 秘密の夜会 【2/5】

「彼女が通った後には、すべての生き物が死に絶える! 啼かないカナリアは死を告げる存在なのです!!」


 カナリアは……生きているカナリアは、その口上を聞いて、良く出来ていると頷いた。

 皆殺しをする存在のように紹介されてもそれは違うのだが、口上としては良く出来ている。


『ケッ。カナリアを無差別な殺し屋のように言いやがって』


 カナリアを悪く言われているように思えて、シャハボは文句を言っていた。

 なだめようとシャハボを撫でるカナリアの姿は、観客の興をさらに沸かせる。


「実は、そのカナリアの噂を知っていたのは、我々ゴーリキー商会の護衛長であるモスコーでした。

 ご存じの方もいらっしゃると思いますが、モスコーは専属の護衛長になる前は、クラス3を所持する凄腕の冒険者でもありました。ああ、そう、筋肉がムキムキで、すこし頭の薄い彼です。

 はい、そんな感じの!」


 誰かが真似をしたのだろう、観客の興はどんどんと盛り上がっていく。


「モスコーは続けてこう言いました。

 『俺は、降りる! 啼かないカナリアが相手なら、命をどぶに捨てるだけだ!』とね。

 おやおや、それは護衛長らしからぬお言葉。身分も金銭もすべて捨てて逃げると言ったのです。我らが親愛なる会長に向けて、直に!

 ですが、会長は慈悲を持ってこう言いました。

 『殺せないならそれでいい、かすり傷でいいから一太刀入れてみろ。お前の名誉にもなるし、俺もそれで満足してやる』

 ああ、なんと優しい我らが商会長! ヨーツン様!」


 満載の拍手と共に、司会はヨーツンの方を向き、恭しくお辞儀をした。


 カナリアもヨーツンを視認する。警備の行き届いた場所に座ってはいるが、目に届く所に居て良かったと彼女は思った。


「と言う事で、本日のメインイベントは、我らがモスコー護衛長対、啼かないカナリアとなります。お賭けになりたい方は、お早めにテーブルの方に札をお出しください。本日のイベントは早期決着が予想されますので、イベンターが登場し次第、すぐに締め切りとさせて頂きます」


 司会がそう締めくくり、上の観客席が盛り上がる中、闘技場部分でカナリアは一人立ちつくしていた。


【お腹空いた】


『匂いも届かないしな。上に行って何か取って来るか?』


【出来るけれど、そんなことしたらショーが台無しになるじゃない】


『……こんな茶番、律義に付き合う必要は無いんだぞ?』


【でも、ここで勝ってからヨーツンの所に行った方が話も早いだろうし、うるさい人も減ると思うから。

 今行ったら、静かにさせる人が多くなりそうだし】


『……いつもの事か。リアは甘すぎるよ』


【いつも心配かけてごめんね、シャハボ】


 愛おしくシャハボの固い体を撫でたカナリアは、その後空腹に耐えかねて、持っていたリュックから携帯食料を出して頬張る。

 それを見ていた観客の一人が、面白がって鳥の串焼きを闘技場内に投げ込んだ。


 カナリアの視界に地面に落ちた串焼きの姿が入る。

 ちょっとだけ考えた後、カナリアはそれを拾いあげて土を払い落とし、口の中に入れた。


 少しだけ土がじゃりじゃりするが、それよりも味付けが気に入らなくてカナリアは顔をしかめた。


『みっともないから拾い食いはするな』


【だって、折角の食べ物だし勿体ないじゃない】


 他にも落とされた食べ物はあったが、カナリアはそれ以上手をつけなかった。

 シャハボとの会話の途中で、カナリアの耳と肌は何かの危険を感じとる。


【人間?】


『……じゃなさそうだな』


 闘技場の反対側、カナリアのちょうど正面にある扉は鉄格子だった。カナリアの対戦相手が出てくるとばかり思っていたが、今はその奥から人とは違う気配が伝わってくる。

 ゆっくりと、だけれど、その気配に押されて、切羽詰まったような速度で鉄格子が開いていく。


 漂ってくるのは獣……いや、血の匂い。


 カナリアは念の為腰から手杖を抜いて左手に持つ。


【ここの護衛長って、人間じゃなかったの?】


『……かもしれん。例の連中と繋がりは無いはずだが、気をつけておけ』


 シャハボの耳打ちに頷いたカナリアは、臨戦態勢を取った。


 最初に見えたのは、人が一人余裕で隠れることが出来るぐらいの長方形の金属の盾だった。そして、反対の手にはそれに負けない大きさの曲刀。

 両方の武器に隠れる事の無い巨体と、地面に突いたもう一対の両腕。凶悪な顔つきに口は赤く濡れていて、そこから人の死骸らしい何かがはみ出している。


『《四つ腕の巨大類人猿クアトロアームズギガントエイプ》……か?』


 それは、主に森に棲む、二足で腕が四本の猿の怪物モンスターだった。知能は比較的に高く、集団で狩りもする。縄張り意識が強く、生活圏が被らなければ被害は少ないが、間違って彼らのエリアに入ると大変な事になる。また集団意識も強く、群れの一匹を殺すとその群れを全滅させるか、手を出した方が全滅させられるかのどちらか迄止まることは無いという厄介な怪物モンスター

 だが、目の前に居る怪物モンスターは一般的な《四つ腕の類人猿クアトロアームズエイプ》よりも二回りは大きい。さらに武器と盾まで器用に持ち、怪物モンスターだというのに金属の胴当ても着込んでいた。


「おおっと! モスコー護衛長と一緒に出て来たのは、我が商会の処刑役兼ペットのミーシャ君だー!

 どうやらミーシャ君はモスコー護衛長が好き過ぎてお口の中に隠してしまったみたいですね?

 モスコー護衛長も嬉しくて赤い涙を流しているみたいです!

 なお、護衛長が大きな戦力を手に入れる事になりましたが、賭けの方はこのまま続行とさせて頂きます!」


 観客はこれで盛り上がっていた。

 恐らく食われている人間がモスコーなのだろうとカナリアは推測する。商会長のヨーツンは口では助けるような事を言っておきながら、モスコーの離脱を許さなかったらしい。

 死んだ人間にはそれ以上の興味は湧かず、視線は怪物モンスターにのみ注がれる。 

 

【特異個体?】


『ああ、でも多分普通の怪物モンスターだ。人の臭いが混じっていたから警戒はしたがな』


【それならいいけれど、装備品がちょっと厄介かも】


 頑丈そうな盾や、重量のある曲刀、それらの品物よりも、瞬時にカナリアはその怪物が足に付けている足輪に注目していた。

 鎖をつなぐための足輪にしか見えないそれは、カナリアの目には魔道具に映る。高価な物では無い、一度で壊れてしまうだろう。だが、生半可な魔法ならばその一度は確実に弾いてしまうだろう、そんな魔除けが込められていた。


『用意周到だな。魔法使いなんぞ、遠距離の一撃さえ何とかして距離を詰めてしまえば、あの猿にとっては負ける要素は無いものな』


 カナリアが頷く。

 闘技場だというのに、戦闘を開始する合図は無かった。カナリアの頷きを切っ掛けにして、その類人猿の怪物モンスターは彼女に向かって突進する。後ろの足と、何も持っていない一対の腕を使った四足での猛烈な突進は、その巨体も合わさって正面から見ると巨大な壁が迫ってくるようだった。


 並の魔法使いであれば、その勢いに竦んでしまうだろう。少しでも経験があれば魔法の詠唱を開始するが、きっと間に合わない。

 熟練の魔法使いならば、詠唱を省略して魔法を使い、魔除けに弾かれることになるだろう。


 では、カナリアは何をしたのか。

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