第16話 秘密の夜会 【3/5】

『詠唱省略! 《空刃・強化レンフォッセ・クーペア》!』


 シャハボが皆に聞こえるように声高く叫んだ。合わせてカナリアは杖を逆袈裟に振り上げてそのまま横に飛び退ける。


 このような場面で衆目が多い場合には、カナリア達はよくこの方法を使った。

 カナリアが喋らずに魔法を使える事を堂々と晒す必要は無い。シャハボが叫び、それにカナリアが合わせるのだ。

 詠唱を省略し、多彩な魔法を使える。そのぐらいの熟達した魔法使いであるならば、居てもおかしくは無い。

 その程度に偽装することでカナリア達はその手札を隠していた。


 ミーシャと呼ばれた怪物は、突進の速度を落す事は無く、横に飛び退いたカナリアを素通りする。

 素通りしてから、ミーシャは千切れた。ミーシャの持つ巨大な盾も、それを持つ腕も、金属の胸当ても、胸当てに守られた胴体も、巨大な曲刀の持ち手も、幾つかの指も。

 カナリア達が警戒した魔除けは何一つ役に立たなかった。

 カナリアの《空刃クーペア》が通過したであろう所から全てが断ち切られ、《四つ腕の巨大類人猿クアトロアームズギガントエイプ》ミーシャではなく、今となってはただの肉片と化していた。

 

 射線上にあった壁にも大きな亀裂が入っていた事に気付く者は少ないだろう。観客の皆は、斜めに断ち切られ、それでも上手に地面に直立しているミーシャの上半身に注目していた。


 そんな中、カナリアの視線だけはヨーツンとその隣にすり寄る年老いた肥満気味の男に向く。

 彼らは、カナリア達のいる方を見てはいたが、外からやってきたと思われる別の男から何かを耳打ちされている。

 跳ねるように立ち上がるヨーツンの姿と、それを宥める老人。


『別館の状況が知れたかね?』


【多分そう。無理をしないで手を引いてくれればいいんだけれど】


『手を引くのも立派な決断だと……わかってくれたらな』


 カナリア達の思いが届いたのかは知れないが、ヨーツンと老人たちが行動を起こすのにはそう時間は掛からなかった。


 老人が裏手に姿を消し、司会に連絡役が走る。ヨーツンは座したまま。


【まだ引かなさそう。でも、この調子だと後一人で良さそうな感じがする】


『それでカタが付けばいいがな』


 ざわめきを止めない観客を無視して、シャハボを撫でながら会話するカナリアは、《生命感知サンス・ドレヴィ》と《魔力感知サンス・ドマジック》を立て続けに短く使う。

 《四つ腕の巨大類人猿クアトロアームズギガントエイプ》の生命反応は既に無く、人間は多数いるものの、危険そうな反応は感じられない。

 《魔力感知サンス・ドマジック》の方では、ヨーツンの隣にいた老人が魔法使いウィザードであり、カナリアの方に向かっている事を教えてくれていた。


【あのおじいさん、やっぱり三流よ。魔力の量も平均より少ないし、感知にも気づいていないみたい】


『油断するな、リア。本当に三流ならば、あそこでヨーツンの隣にいるのはおかしい。偽装か、奥の手があると考えておけ』


【わかった、ハボン】


 カナリア達は相手が猿よりは強い程度から、未知の脅威へと危険の認識を上げる。


 その間、司会はざわめく観客を宥め抑えながら、賭けの配当に関して連絡する事で場を持たせていた。

 老人の歩みを待つことしばし、ようやくその老人が闘技場に入った所で、司会が大声で切り出した。


「大変長らくお待たせしました。本日2度目の大勝負となります!

 先ほどの勝負は早く終わり過ぎたせいで、いささか興が冷めた方もいらっしゃるかと存じますが、今回はきっと満足して頂けるかと思います。

 なんと、我らの商会長の顧問にして大魔法使いエルダーウィザード、数多の反抗する者達を消し去ってきた、ストラフドルフ様がお相手するとの事です!」


 この瞬間、観客達が静まった。


「皆様、ご不満もおありでしょうが、この度はこの試合にも賭けをして良いとヨーツン様からご通達が御座いました。

 こちらの資金にも限界がありますので、皆さま掛け金の方はお手柔らかにお願い致します!」


 静寂はこの言葉の後も少し続き、その後でようやくまばらながら歓声が上がった。

 観客がイマイチ盛り上がらない理由は、このストラフドルフと言う男にあった。


 大魔法使いエルダーウィザードストラスドルフ。彼は太っており見てくれがあまりよくない老人だった。だが、戦績は負け知らず。ヨーツンの下についてからは、闘技場のみならず、同業者や暗殺者からの襲撃なども完璧に撃退していた。

 そう、この完璧という点が、観客が盛り上がらない理由だった。

 闘技場に出れば、危なげなく勝ってしまうのだ。見どころもドラマもスペクタクルも何もない、勝つべくして勝つ戦いしかしないのだ。

 凄惨に仕留めるわけでもなく、強い相手も弱い相手も等しく同じに魔法で仕留める。そんな試合が続いてしまえば、賭けにもならないし観客は面白くない。

 《四つ腕の巨大類人猿クアトロアームズギガントエイプ》ミーシャもカナリアに殺される前は全勝だったが、人間をおもちゃにしていたぶり殺す様子はそれなりに観客には好評であった。だが、ストラフドルフにはそれがない。


 彼には遊びが一切ない。


 だからこそ、ヨーツンの顧問として、名実共に右腕として立ちえたわけだが、エンターテイナーとしては本気で三流であった。

 そんな彼の紹介を司会がする事は無く、カナリアには何の情報も与えられぬまま死合は始まる。


 彼は身の丈ほどもある長い杖を二本、片手にそれぞれ一本ずつ持っていた。


「先ほどの《空刃クーペア》、見事であった。

 わしの一撃、返礼として受け取るが良い!!」


 年寄りの声は離れているカナリアには聞き取りにくい。

 だが、カナリアの目は彼の動きに集中している。


 ストラスドルフは両の杖を体の前に付き、何かの呪文を唱えていた。カナリアはその内容から、《火の玉ブールドフゥ》の系統だと見当をつける。

 何もない所から色々な現象を起こせる魔法は、戦いの中では強力な手段である。しかし、呪文を唱える時間が必要だったり、呪文や魔法名でその中身が知れてしまうなどの欠点があった。


 カナリアからすると、敵を目の前にして悠長に呪文を唱えている時点でストラスドルフが三流以下にしか思えなかった。

 《四つ腕の巨大類人猿クアトロアームズギガントエイプ》ならば、この間にも突進してこの老人を踏みつぶせるだろう。近接戦闘がそれほど得意ではないカナリアであっても、距離を詰めてナイフで刺しに行けると思えたほどだった。


 それでも彼女が待った理由は、未知に対する警戒によるものだった。


 一番は偽装である。《火の玉ブールドフゥ》の呪文を囮にして、視認性が低く威力の高い《爆発地雷ミン・デクスプロージョン》等を辺りに撒いている可能性は高い。

 カナリアが今まで戦ってきた経験を振り返るならば、カナリアの探知できないレベルで幾つかの魔法を周囲に仕込む事など日常茶飯事であった。

 

 そういった相手に対し、カナリアの取る方法は大概慎重策である。それに衆目も多い為、手札を極力晒したくない彼女は、やはり待ちを選びながら、目立たない勝ち手段を探していた。


 カナリアの脳内で三度程度は老人を殺したぐらいで、ようやく《火の玉ブールドフゥ》は完成したようだった。彼の両方の杖の上部に一つずつ、呪文を長々と唱えていたおかげで人の頭よりは十分に大きいサイズの火球が現れていた。

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