第120話 管理者 【1/4】

 手厚い歓待の予感を胸にシェーヴの工房を出たカナリアであったが、入り口付近に人気ひとけは無かった。

 しかし、彼女はかわりに、見上げた村の上空に、期待とは別の物を目にすることになる。


『籠だな。リアの魔法とは組成が違うが同じ代物だろう』


 シャハボが籠と表現したそれは、カナリアの魔法である《啼かない小鳥の籠ケイジドワゾゥ・クィネクリパ》と同じような、だが、恐らくは水の魔法によって描かれた檻であった。

 頂点は高く、その大きさは少なくとも村と幸せの窟を包んでいる事は間違いない。


 檻は水流で編まれているが、《啼かない小鳥の籠ケイジドワゾゥ・クィネクリパ》と目的自体も同じだろうとカナリアは直感で理解する。

 檻の目的は、中のモノを逃がさない事のみ。

 そして、今囚われているのは、きっとカナリア自身。


 自らも籠を使える以上、それの対処方法はわかっている。だがしかし、それ以外にも、カナリアは気付いた事が幾つかあった。

 一つは、この水檻が発動した事によって、上書きされる形でシェーヴの結界がかき消されたのだろうという事である。

 それともう一つは、機を考えるに、水檻を発動した相手が、この村に関わる事柄全ての元凶であろうという推測であった。


【どうしようね】


 カナリアは無言のまま、シャハボに手触りで話しかける。

 彼女が水檻に目を向けている間も、周りに動きは無かった。


 カナリアは、未だ見ぬ存在である管理者が、一連の首謀者であると睨んでいた。

 もしそうであれば、管理者は檻の中に居るカナリアの行動を全て察知しているはず。

 だから、この工房を出た瞬間を狙って、管理者が何か行動してくるだろうとカナリアは深く読んでいたのだが、逆に何もない事を彼女は訝しむ。


『ここじゃないんだろうさ』


 吐き捨てられたシャハボの言葉に押され、カナリアは用心しながら様子を探る為に歩を進めていくのだが、結局の所は、彼の言葉が正しい話であった。


 村人たちは隠れていたわけではない。彼らは、その全てが、村から幸せの窟に続く道の始発点に集まっていた。

 道の脇は畑だったのだろう、場所としては比較的開けていたのだが、彼らは道だけを群がって塞ぐ。

 各々は農具を手に持ち、他愛もない会話に興じている様は普段通りにも見えなくもない。だが、統率の取れた軍隊よろしく、均等に間隔を取って棒立ちになっていれば、それが普通でない事は明らかであった。


 カナリアは正面から向かい、彼らと対峙する。

 カナリアにとって、村を離れる選択肢が無いわけではなかった。村人たちが集中して一か所に居るのであれば、ノキへ戻る道は空いているはずなのだ。

 シェーヴの研究記録は手元にある。

 彼を確保できなくても、代わりとしては十分な結果が確保できた以上、他を捨てればある程度の目的は達成出来たとみなして撤退して良かったのだ。

 しかし、カナリアはその選択を選ばない。


【これも、組織の仕事、だね】


 村人たちが、人と怪物モンスターの混じり合った存在に変容しているのであれば、それらは全て滅しなければならない。

 シャハボの足を直すという私用で動いているカナリアではあったが、心身に染みついた組織の決まりを忘れることは出来なかった。

 

 正々堂々と出ていったカナリアを視認した村人たちは、一斉に、同じ挙動でカナリアの方を振り向いて注視する。

 道を塞ぐ人の壁と、人らしからぬ視線の束。


 カナリアが腰に手をやり、手杖の『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』を引き抜こうとした所で、人の壁が二つに割れる。

 分け出て来るのは、一つの小柄な存在。


 それは、クレデューリと幸せの窟に行ったはずのフーポーであった。


「カナリアおねぇちゃん! お父さんはどうしたの?」


 しっかりと姿を見せた所で、彼女はカナリアに声を掛ける。

 その声はあどけないままで、悲壮感も焦燥感もない。場違いなまでに軽い声がその場に響き渡る。


『そっちこそ、クレデューリはどうした?』


 返すシャハボの言葉は対照的に重く、じっとりとした疑心が含まれていた。

 問い返されたフーポーは、年相応の可愛らしい仕草を取りながら、何も気にしないかのごとく彼の質問に答える。


「んー? クレデューリおねぇちゃんはねぇ。幸せの窟の中で、今頃はお願いを叶えて貰っているんじゃないかな?」


 それが真であれ偽であれ、言葉の内外に含まれた意味は多い。

 カナリアは手をシャハボにやり、解釈を共有しながら、会話自体はシャハボが行う。


『そうか、お前が管理者か。最初からそうだったのか?』


「管理者……? ああ、お父さんが話をしたのかな?

 うん、そうだよ。私はフーポーでもあり、『管理者でもある』」


 フーポーの変質は、声が一瞬だけ、無機質に変わったのみであった。

 彼女は喉を触り、調子を戻す様な仕草をしたのちに、少女の声に戻って話を続ける。


「最初からそうと言えばそうだね。私は管理者として生み出された。

 いくつもの世代が変わって、私の事を知る者が居なくなった今でも、私はここをずっと管理しているの」


 可愛らしくにっこりと笑顔を見せる彼女は、見た目には何もかわってはいない。

 カナリアが、返答の代わりに無言で発動させた《生命感知サンス・ドレヴィ》にも動じる事無く、人としての素振りを見せ続ける。


「今の私は人間だよ。ここに居る人たちもみんな人間。みんなはね、ここを守る為に永久に生きているだけなの」


 永久に生きている。それは変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションのせいなのか。

 問うべき事は多かった。けれども、シャハボはまず最初に一番尋ねるべき事を尋ねる。


『説明は有り難いがな。それならば、どうしてお前は組織の敵になる存在を、ここで作ったんだ?』


「……組織の敵? それは私は知らない。

 私の仕事はね、ここを守る事。そして、決まり事を守る事。それだけなの。

 決まりは守らなければならない。それは組織で生み出された私たちにとって、絶対だからね」


 フーポーが、いや、管理者が組織の敵の事を知らない。それはそれで重要な情報であった。

 しかし、彼女の言い分を察するに、やはりここの管理の為に行った事であるとカナリア達は理解する。

 禁忌を冒してまで管理しないといけないこの場所は、一体何なのか。それが次の質問であった。

 

『お前が組織の手のモノだと言うならば、答えろ。

 ここは何のための場所なんだ。お前はこの村で何をしている』


「ここ? ここは村だよ。組織の生き残りが生活していた村。私は管理者として維持しているだけ」


『何のために維持をする必要があるんだ』


「さぁ? 考えたことも無いね。何の為かな。

 私はこの村と、施設……ええと、今は幸せの窟か。それを管理するだけだから」


 シャハボと管理者であるフーポーが話をする間、カナリアは隙無く周りの状況を注視していた。

 彼女は口こそ開かぬものの、行動はそれだけではない。

 一度目こそ気付かれないように使ったものの、それ以降はわざとらしく《可視化ヴィジブ》まで付与して《生命感知サンス・ドレヴィ》と《魔力感知サンス・ドマジック》を使い、警戒と牽制を行っていたのだ。

 だが、攻撃ではないからなのか、カナリアの行動に対して、全くフーポーは意に関しようともしない。


 そんなフーポーであったが、言葉を切った後、やおらシャハボからカナリアに目を移す。


「ああ、何の為にかは答えられないけれど、どうやってかは教えてもいいよ?」


 カナリアは、石板を首からぶら下げてはいたが、それを手に持つことはしなかった。

 一応は【教えて】と板上に表しはしたものの、意思を伝えるために彼女は首肯する。


「幸せの窟に入った人間はね、一つの希望を叶えてあげるかわりに、変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを埋め込む決まりになっているの。

 願いの対価は、石を受け入れてずっとここにいる事。人間は、この村を維持するために必要だからね。

 別に傷つけたりするわけじゃないから、対価としては破格だと思うんだけれどね」


 フーポーの言葉を聞いたカナリアの手は、自然と『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』に伸びていた。

 フーポーがわざわざ決まりを明かす意味。そして、彼女が向けた視線の意味を、カナリアは推し量る。


「でもね、たまーにね、決まりを破る人がいるんだよね」


 フーポーは可愛らしく仕草を続けながら話しを続けるが、その目はカナリアをしっかりと見据え続けていた。


「カナリアおねぇちゃん。変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを受け入れていないでしょう?」


 フーポーの問いに、カナリアは首を横に振る。

 カナリアにとって、ただ話すだけで願いが叶えられるなどという荒唐無稽な話よりは、フーポーの話はよっぽど現実的であった。だが、実際には、カナリアは幸せの窟で何も貰っていないのだ。

 取引が成立していない以上、関係ない話である事をシャハボは説明する。


『ああ。だがその前に、俺たちは対価も受け取ってはいないぞ』


「そんなことは無いと思うなぁ? この《水檻ケイジャウ》はね、大事なことが起きた時にだけ発動するの。

 カナリアおねぇちゃんが何かしたんでしょう?」


『違う』


 再度の否定に、フーポーは笑みを深める。それは、カナリア達に初めて見せた、年に合わない暗い笑顔。


「そっか……。おねぇちゃんはそういう人なんだね」


『どういう事だ?』


「私ね、知っているの。人間は、嘘をつくって。

 特にね、追い詰められてどうしょうもなくなった時には、必ず嘘をつくの」


『違う! 組織の名に誓って違う!』


 再三の否定、組織の名を出してまで言い切ったシャハボの言葉に、フーポーは首を垂れる。


「組織か……」


 そう呟き、沈むように見せたフーポーの手から、微量な魔力がほとばしるのをカナリアは見過ごさなかった。

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