第121話 管理者 【2/4】

 魔力を使ってフーポーが行った事は、変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションの操作であった。

 操作というよりは、地面からの発射である。

 地面には、小石大の変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションが埋められていた。数えきれないぐらいの石が、浅く土をかけられて隠されていたのだ。

 フーポーの手によって、四方八方だけでなく、カナリアのほぼ足元に近いところからも発射されたそれらは、カナリアの退路を削って襲い掛かる。


 カナリアは、変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションの事を熟知しているわけではない。

 とは言え、もう既に、それが一片でも体に触れれば危険な代物だという事は理解していた。


 到底避けることなどできない石礫の幕。

 一かすりだけで勝負が決まるその攻撃ではあったが、読んでいたカナリアは即座に『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』を引き抜き、無言のまま魔法を使う。


旋風球トゥービヨン・エブゥル


 カナリアを瞬時に包んだのは、旋風とは名ばかりの猛烈な風であった。

 空に昇れば天にまで届くだろう旋風は、かわりにカナリアを地から浮かし、球状に包み込む。

 発動時間は長くはない。風が渦巻いたのは一瞬である。

 なれど、効果は覿面。

 強弓の一撃ならず、一対多で囲まれた際の仕切り直しにも使う魔法は、カナリアの思惑通りに全ての石を弾き飛ばしていた。


 攻撃を読んで防ぐ。この魔法の効果はそれだけではなかった。後の先を好むカナリアの趣向よろしく、突風に弾かれた石礫は、フーポーや村人たちに襲い掛かる事になる。

 彼らにとって、それは思わぬ反撃だったのか、とった行動はフーポーをかばう事のみであった。

 元々の速度に加えて、カナリアの《旋風トゥービヨン》で加速された石は、十分な威力を持つ。

 前に立つ村人たちは、避けもせず、幾人かが飛礫によってなぎ倒されていた。

 フーポーをかばった村人の背中にも、目に見えてわかるぐらいに石が突き刺さっている。


 この状況は、カナリアにとって好機であった。フーポーからの反攻は無く、こちらから追撃が可能でさえある。

 それにもかかわらず、カナリアは手を出さずにその場を見守っていた。

 人の盾からフーポーが這い出てくる間も、手を出す事はしない。


 無言のままであったが、カナリアの意図はフーポーに伝わっただろうか。

 立ち上がって埃を払ったフーポーは、少しは話し合いをする気があるのか、口を開く。


「今受け入れれば、痛くはなかったんだよ?」


 その言葉にカナリアは眉をひそめていた。

 フーポーの言った言葉は、カナリアが望んだ内容ではない。

 彼女の意を汲んだシャハボは、フーポーに対して返答をする。


『何もしていないからな。こっちに受け入れる理由は無い』


「そっか。じゃあ、力づくでやるしかないね」


 言葉の後に続けられたのは、再度の石礫であった。

 今度は押し返されまいと、塊になって降りかかる飛礫を、カナリアは《旋風トゥービヨン》で上手にそらす。

 フーポーからの攻撃は、それだけではなかった。

 今度は、村人たちも農具を手に襲い掛かって来たのだ。


 表情だけは戦う様を見せず平時のまま。体は殺気に満ち溢れんとばかりに、村人たちは一斉にカナリアに向けて走り出す。

 幾人かは先程の石が刺さって怪我をしているにも関わらず、その歩調は皆同じ。

 統率の取れたというよりは、同一であるかのように襲い掛からんとする村人を前にして、カナリアの取った手段は、得意の至近距離ではなく遠距離戦であった。


 フーポーの目的は、本人の言のとおりであれば、カナリアに対して変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを打ち込む事である。

 それを元に、カナリアは相手の手をこう予測していた。


 村人たちが襲い掛かり、カナリアを取り押さえてから処置をする。これが普通に考え得る方法であろう。

 けれども、いくら村人たちが変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションによって人に非ざる存在になっていた所で、彼我の差が大きかった場合、取り押さえる事は不可能になる。

 であるならば、人は遮蔽物にするのが一番のはず。数を頼りに乱戦に持ち込み、取り押さえに来ると見せかけて隙を伺い、人の合間から石を打ち込むのが手になるだろうと見込んだのだ。


 それ故の遠距離戦。カナリアは動き回りながら適度に距離を取り、《空刃クーペア》を連射する。


 村人たちは、動きこそ人並外れて機敏ではあったが、結局の所は戦い慣れしていない烏合の衆であった。

 散開するでもなし、一丸になって突っ込んでくる彼らは、カナリアにとっていい的でしかない。

 引き打ちしつつも、狙いを定めさえすれば、一つ一つ心の蔵にあるであろう変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを狙う事も出来ただろう。

 その代わりに、彼女は《空刃クーペア》を乱射し、手足など、何処でもいいから切り飛ばす事を選択する。


 カナリアの思った通り、村人たちは変容済みであった。

 斬れども斬れどもその切り口から血が噴き出ることは無い。

 しかし、結果として、小鳥を狙った追いかけっこは、そう長く続かないうちに動く者が居なくなって終了することになる。


『それで終わりか?』


 シャハボが声を掛けた先に立っているのは、未だ無傷のままのフーポー一人だけであった。


「うーん。どうかな」


『こっちの言い分を聞くつもりはあるか?』


 あくまで話し合いをしたい旨を伝える彼に、フーポーははにかみながら答える。


「それは、もう少し頑張ってみてからにするよ」


 フーポーの笑顔は、可愛らしいままであった。

 人のように振舞う管理者を前にして、カナリアは即座に応戦態勢をとる。

 カナリアの今の目的は対話である。しかし、話をする状況に持ち込まない限りは、それも叶わないのだ。

 彼女は右手にナイフ、左手に手杖を持ち、恐らくは奥の手、もしくは先ほどより厄介な攻撃が来るであろうと待ち構える。


 シャハボはカナリアの肩を飛び立ち、それとほぼ時を同じくして、フーポーは地に両手を突いた。

 

「《再起動ル゛ディマリ゛》」


 それは、ウフの村に最初に来た時に、シェーヴが使ったものと同じ魔法。人間を人でないモノに変容させた魔法であった。

 ただし、流れる魔力の量は今回の方が桁違いに多い。


 条件反射的にカナリアは《魔力感知サンス・ドマジック》を使うが、何かに妨害され、彼女が明瞭な結果を認識する前に事態は進展する。


 カナリアが手足を切り飛ばしたはずの村人たちが、立ち上がっていた。手足は己のモノでなく、近くにあったものを使ったのか、見た目にちぐはぐで動きもぎこちなくはあったが、それでも二つの足でしっかり立ち上がる。

 それだけではない。吹き散らかした変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションケァに据えて、幾つかの岩巨人ロックゴーレムが出来つつあったのだ。


『これが死人の復活か』


 上空で呟くシャハボの声は、下に届く前に岩巨人ロックゴーレムからの投石でかき消されていた。

 投石を難なく避けた彼は、目下に、恐らくは石を投げてきたであろう出来かけの巨大岩巨人ギガントロックゴーレムの姿を視認する。

 カナリアの立っている所からはそう遠くない位置。元は畑であったろう所から、体を起こすように上体だけを生やした巨大岩巨人ギガントロックゴーレムが、シャハボの様子をうかがっている。


『リア、でかいのは面倒だ。そっちからやるぞ』


【わかった】


 離れていてもカナリアとシャハボの繋がりが切れることは無い。

 シャハボから指示を受けた彼女は、一度だけ周囲を見回した後で、出来かけの巨大岩巨人ギガントロックゴーレムに突貫する。

 ノキの街の時とは違い、相手の底が読みきれないが故に、カナリアは必要以上に手を隠すつもりはなかった。

 巨大岩巨人ギガントロックゴーレムが単体であれば、《空刃・強化レンフォッセ・クーペア》で遠距離から切り落とすのが定石と見るが、今は状況が異なる。

 人間大の岩巨人ロックゴーレムのいくつかは既に完成しており、立ち上がろうとする巨大岩巨人ギガントロックゴーレムを守るように、カナリアの行く手を阻んでいた。


 最善を考え、カナリアが使ったのは《風槌と壁ミューレマイエ・アヴォン》であった。


 風で固定し、風槌で衝撃を内部まで浸透させる魔法。生物、非生物に関わらず有効である魔法ではあったが、固定する効果上、単体向けであるその魔法を、カナリアは使う。

 固定壁を広く作り、風槌も普段の密度ではなく、広く薄く作った魔法は、複数の岩巨人ロックゴーレムを一度に叩く。

 それにより、彼女はそれらを自らの進路からはじき出していた。

 致命傷、この場合は致命的破損というべきか、そうはならない程度に威力は弱められていたが、槌で叩くのと壁にぶつかる事の二つの衝撃によって、岩巨人ロックゴーレムたちは一時的であれ動きを止める。


 今だ出来かけの巨大岩巨人ギガントロックゴーレムの懐近くまで入り込んだカナリアは、妨害されまいと全力で《魔力感知サンス・ドマジック》を使い、ナイフに纏わせた自らの《空刃・纏クーペア・ポーティエ》にて、ゴーレムのケァを的確に破壊したのであった。

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