第122話 管理者 【3/4】

 流石にケァを破壊されては再起動する事は出来なかったか、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムは立ち上がろうとする途中で動きを止める。

 吹き飛ばされた岩巨人ロックゴーレムたちは、ようやく立ち上がって姿勢を整えたぐらいであったが、その間に、有象無象を気にしないカナリアは、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムの頭部、一番高い場所に飛び上っていた。


 高所に陣取り、フーポーを見下ろすカナリアの肩に、シャハボは舞い戻る。

 カナリアにとって、この場所は不利以外の何物でもない場所であった。

 周りと比べて高所である以上、視界こそ広くとる事は出来る。

 しかし、それは逆に考えると無防備であるとも言えるのだ。また変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを四方から飛ばされては、自力以外で防ぐものは無い。

 それに、足場は巨大岩巨人ギガントロックゴーレムである。今動かないからといって、再度動かないという保証もないのだ。


 あえてカナリアが不利な場所に陣取る理由。

 それは、相手を話し合いに応じさせる為に他ならない。


『でかいのは片付けたぞ。また復活させるなら黙らせるまでだが、その前に少し話をする気はないか?』


 シャハボはカナリアの言葉を代弁する。

 高所から見下ろすカナリアの姿勢は、フーポーに威圧を与えて力量を認めさせるだろうか、それとも、不利な場所にいる事を驕った蛮勇だと解釈させるだろうか。

 いずれにしても、大物を一撃で片付けた後の行動である。この場の主導権は、確実にカナリアの方にあった。

 フーポーもそれをわかっているのだろう。短い間ではあるが考える仕草を見せた後、彼女はカナリア達と会話する事を選んでいた。


「仕方ないなぁ。どうしてそんなに話をしたいのかはわからないけれど、言いたい事があるならどうぞ」


 カナリアは静かに頷きを返す。

 ようやくフーポーが思惑に乗ったとはいえ、時間的猶予はあまりない。

 そんなカナリアの意を知るシャハボは、弁明の前に、肩の上からある事を口にする。


『言いたい事は多々あるがな、まず最初に一つ質問だ。

 お前はここの管理者といったな?

 だが実際の所、お前はアプスを維持するために、ここを管理しているんじゃないのか?』


「アプス……? ああ、カナリアお姉ちゃんはアレと会ったの?

 アレも私の管理対象だけれど。ねぇ、お姉ちゃんはアレに何もしなかったよね?」


 フーポーはシャハボの質問に対して、少しだけ驚きの様子を見せていた。

 そして、カナリアがフーポーの問い返しに対して首を横に振ると、胸をなでおろしてはっきりとした安堵の仕草をとる。


 その振る舞いから、カナリアは、自分たちの懸念が的を外れていないと解釈していた。

 推測にある程度の確証が取れたとはいえ、それは良い話ではない。

 カナリアがこれから行うべき事は、あまり得意ではない交渉も含めた、綱渡りのやり取りであった。


 この村に来た当初の目的は、シャハボを直す事であった。

 しかし、手掛かりであったシェーヴは死に、今や周囲の状況は大きく変わってしまっている。

 喫緊の問題は、カナリアから選択肢を奪っていた。

 今の彼女には、私事を優先することは出来ない。かわりに、彼女は組織の人間としての役割を強制させられる。


 管理者。管理者に操られる人あらざるモノたち。施設の奥に隔離されているアプス。


 今のカナリアの目的は、これらの事情を明確に繋げ、一私人としてではなく、組織の人として必要な対処をする事であった。

 目下、情報は限られている。それに、状況的に全てを問う時間は無い。

 そんな状況下で、カナリアが推察した事情はこうである。


 組織は何らかの理由でアプスを作った。

 しかし、廃棄出来なかったために、管理者を作り、安全に管理する事にしたのだろう。

 幸せの窟は単にアプスを管理する場所に過ぎず、管理者は、人にあらざるモノ達を村に住まわせ、永い間に渡って管理し続けている。


 目下、カナリアにとって、一番警戒しているのはフーポーではない。水管の中にいるだけの存在である、アプスの方であった。

 危険を主軸に考える事で、カナリアはフーポーの安堵の仕草を、虚偽ではなく本当だと解釈していた。


 相手の事情と目的を想定した後、彼女はすぐに対応を決める。

 カナリアが手触りでその対応を伝えた後で、シャハボは再度口を開いた。


『フーポー。

 もしお前の目的がアプスの管理であるならば、俺たちは手を引こう。

 無論、これ以上組織の敵に成る存在を作らない事を条件にだがな』


 それは、あまりにも直截すぎて、交渉も何もない言葉であった。

 なれど、カナリアの意そのままの言葉である。


 彼女にとっては、これが一番の良案であった。

 組織の敵は滅しなければならない。しかし、その決まりを反故にするというのは、カナリアにとっての最大限の譲歩だったからだ。

 無論、直接的な提案ではあるが、打算ずくでもある。


 カナリアは、管理者のフーポーを含め、今この場にいる岩巨人ロックゴーレムや人もどき達だけであれば、全て始末できるであろうと踏んでいた。

 組織の決まりを守るのであれば、そうすべきところだろう。


 だがしかし、拙速に事を起こすことはしない。

 もし管理者を排除してしまえば、アプスの管理という、より大きな問題が降りかかる事になるからだ。

 

 カナリアの直感は、アプスの排除に対しては非常に難しいと告げていた。

 単騎で戦う羽目になったならば、苦戦するという話ではすまないだろう。


 故に、彼女は管理者に対して譲歩をみせたのだ。

 局地的であれ有利な状況に立ち、譲歩を見せて要求を飲ませる。

 最終的な方針決定は、組織に任せる算段であった。

 それも、ここを無事に立ち去ることが出来ればではあるのだが。


「何を言っているの?」


 当然ながら、フーポーの返答はこうであった。

 カナリアも要求が一度で通るとは思っていない。

 必要に応じて、もう一、二度やり合う事は織り込み済みである。

 やりあって、アプスの管理に影響が出ない程度に岩巨人ロックゴーレムや元村人たちを排除すれば、嫌が応にでも話を飲ませられるだろうとも。


『俺たちも組織の人間だ。アプスがヤバいという事ぐらいはわかっている。

 お前の目的がそうなら、全てに目を瞑っていても構わないと言っているんだ』


 言える時に言ってしまえとばかりに、シャハボは口頭で追い打ちをかける。

 だが、この場に及んでフーポーから返されたのは失笑であった。


「カナリアお姉ちゃんは、本当に嘘つくのが下手だね」


『どういう事だ?』


「どういう事もこういう事もないよ。《水檻ケイジャウ》が発動している間はね、誰も外に出ることは出来ないの」


 カナリアもそれは知っている。《啼かない小鳥の籠ケイジドワゾゥ・クィネクリパ》と同じであれば、《水檻ケイジャウ》にも解除方法が存在する事も。

 無表情を貫くカナリアに対して、失笑を漏らしたフーポーの表情は変化していた。

 そこから漏れるのは、笑顔に込められた悪心の感情。


「私はね、カナリアお姉ちゃんは嘘をついているのわかっているよ?

 アプスに何かしたでしょう? 《水檻ケイジャウ》が発動する事なんてそのぐらいしかないもの」


『……何もしていないと言ったろう』


「嘘! 人間の言う事は信じない! 人間はみんなみんな嘘つき! お父さんもお母さんも! みんな!」


 冷静なシャハボの言葉に返されたのは、初めて見せるフーポーの強い怒りであった。

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