第123話 管理者 【4/4】
「嘘! 人間の言う事は信じない! 人間はみんなみんな嘘つき! お父さんもお母さんも! みんな!」
言葉強く言い切った彼女は、自らの感情を恥じたのか深呼吸をし、その後で静かに口を開く。
「そうだ。お姉ちゃんはお話したいみたいだから、私も少し昔話をしてあげようか」
カナリア達は微動だにしない。
しかし、その態度をフーポーは是と受けとり、話をする。
「フーポーはね。あ、ううん。私はね、貴族の生まれだったんだって。
お父さんとお母さんは、どこかの有名な人だったみたい。
でもね、領地を追われて、願いが叶うって噂を聞いて流れてきたんだよ」
それは、いつの話か。誰の話か。
「二人とも喧嘩ばっかりで、自分勝手でひどい人だった。
私の事なんて何も考えないで、何かあったら叩くだけでね。
自分たちが貴族としてもう一度やり直したいって願いだけで、ここに来たの」
おそらくそれはフーポーの、いや、
「私はね、何も知らずにここに連れてこられただけ。
管理者の前で、お父さんとお母さんが何か言っている時にね、小さな声でこうお願いしたの。
優しいお父さんとお母さんと一緒に、幸せな生活がしたいって」
『それで、願いの対価に、お前は管理者になったのか』
彼女の話は、涙ぐましい身の上話だったのかもしれない。
しかし、情を解する事は無いとばかりに、シャハボは要点を掴み、簡潔に先を読んでいた。
当然ながらというか、話の腰を折られたフーポーはむくれて返す。
「私がまだ話してるの! もう少し待って!」
『どうぞ』
「でもそうよ。その願いの為にフーポーは石を受け入れたの。
でも、なかなかフーポーの願いを叶えるのは難しくてね。だから管理者である私がついて、手助けしていたんだよ」
シャハボが間に入ったせいか、フーポーと管理者の身の上話は早々に終わっていた。
口を閉ざしたフーポーは、やや不機嫌な顔持ちを取りながら、喋っていいよとばかりに水を向ける。
『で、お前の両親が嘘つきだったから、俺たちも嘘つきだと言うのか?』
「それからもずっと、私は見てきたからね。自分の為だけに嘘をつく大人たちを沢山」
フーポーの口から出た言葉は、彼女のモノなのか、管理者のモノか。
いずれにしろ、変わらない言葉を前に、カナリアは首を横に振る。
否定でも諦めでもない。ただ、この先避けられないであろう荒事の予測に、カナリアは首を振っていたのだが、その仕草を見たフーポーは別の解釈をする。
「私、わかるよ? 今カナリアお姉ちゃんが考えている事」
『なんだ?』
「私と同じよ。時間稼ぎ。
お姉ちゃんは、逃げる事を考えている。
でもね、私も今待っている事があるの」
フーポーは可愛らしい仕草で道の向こうを指していた。
僅かだけでもカナリアが目を向ける先は、幸せの窟の方角に他ならない。
「もう少ししたら、クレデューリお姉ちゃんが来る」
来たらどうなるか。カナリアにとって予想は二つ。伸るか反るかしかない。
フーポーの言葉に、カナリアは表情を動かすことは無かった。
ただ、左手をゆっくりと上げ、手杖を握ったままの手でシャハボを撫でる。
『なるほどな』
喋るシャハボに返されたのは、フーポーの笑顔から漏れる毒の言葉。
「クレデューリお姉ちゃんは、どんな願いを叶えて貰うんだろうね?」
クレデューリが変容し、管理者の側につく。普通に考えれば最悪の状況であった。
味方であった者、身内であった者と戦わなければならない状況は、人であれば忌避してしかるべきなのは、誰にとっても明らかだからだ。
フーポーがカナリアへの一押しとして、それを奥の手にしているのは間違いないだろう。
カナリア達はそう解釈していた。
時間稼ぎをし、明確な終わりの時を教え、焦りを誘う。
フーポーの策は、良く出来た模範的な方法だとカナリアは思う。
ただし、カナリアにとってそれは、予想の範疇を出ていないのだが。
『いや、それは無いだろう』
シャハボの言葉はあっさりと放たれていた。
折角披露したであろう策の前にして、動揺を全く見せないカナリア達の様子を見たフーポーは怪訝な顔をする。
「どうして?」
『クレデューリは、見え透いた甘い話に乗る様な愚か者ではないという事さ。
確証が無かったから明言こそしなかったがな。最後に会った時に、合図は送っていたんだよ。
クレデューリには伝わっているはずだ。俺たちが何を気にかけていたかをな。
それに、お前とはぐれた以上、奴にとって疑念は確信となっているだろうさ』
シャハボの話の合間に、カナリアは頷いて同意していた。
何のことも無い仕草は、無言が故にフーポーに圧力を加え、ぐらつかせる。
「何それ……」
『手練れであれば、言葉にしなくてもわかる事はあるってことだ。
俺たちは信じている。ただそれだけの話だよ』
「……」
フーポーは半信半疑といったところだろうか。
しかし、カナリアからするとそれは十分な手ごたえに写る。
心胆の揺れは、相手の方が大きい。
実の所、カナリアからしても、クレデューリはやや不確定な要素であった。
カナリアがクレデューリに合図を送っていたのは、シャハボの言った通りである。
彼女がそれを理解し、何もしていなければ、相手はフーポーだけになる。
しかし、何らかの形でフーポーの策が成り、クレデューリに
だからこそ、カナリアはそれを裏の目として予測済みであった。
予測が出来ていれば対策は出来る。
クレデューリが管理者の奥の手として敵に回ったとしても、力量的に何ら支障は無いとカナリアは判断していた。
クレデューリは少しの間一緒に行動を共にした相手ではあるが、カナリアにとっては、大事の前の小事に過ぎない。
必要であれば始末するだけの話。
そして、奥の手に変貌したクレデューリを真っ向から粉砕する事で、より早急にこちらの要求を飲ませる。
これが、裏が出た際のカナリアの策であった。
表裏の策を整えたカナリアに、フーポーは疑心を顔に出したまま声を掛ける。
「いくら信じた所で、どうなるかはわからないけれどね。
じゃあ、クレデューリお姉ちゃんが来るまでの間、またお遊びしようか」
カナリアは頷くのみで、声は無い。
なれど、話し合いの時間は、ここで終わりであった。
カナリアが足場にしていた
「《
フーポーの魔法によって、再度動きだす村人もどきや
カナリアの採る戦術は、初回と同じであった。
走りながら距離をしっかりとって、《
「《
三度目の再起動は、敵の数が少なくなりかけた頃に使われる。
しかし、三度目はうまくいかないのか、村人たちの姿は少なく、相対的に
品切れが近いのだろうか、それとも休息だろうか。
いずれにしろ、敵の変化を仕掛け時だとカナリアは判断する。
ここに来て、カナリアは安全な遠距離を捨て、至近戦を選ぶ。
敵が遠距離に対応しようとして来た訳ではなかった。慎重を期して、まだ一回りは遠距離戦をやってもよかっただろう。
しかし、それでもカナリアが万が一の危険を冒してまで至近距離を選んだ理由はただ一つ。
彼我の差が圧倒的であると、管理者にわからせるために他ならない。
最悪の、想像したくもない状況になる前に、管理者フーポーを説得するために。
カナリアは、近距離戦に移行後も難なく攻撃を避け、《
幾多もの敵を切り刻み続け、全身は土汚れにまみれているものの、彼女は一滴の血も流さず、一筋の傷さえない。
やがて時は十分に過ぎ、この場に立つモノは再びカナリアとフーポーだけになる。
そんな戦場に、最後の人間が現れたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます