第41話 赫灼 【1/6】

 最初の襲撃をカナリアが撃退してから、約一ヶ月の時間が過ぎていた。その間、何事も無かったと言う事は無く、キーロプへの襲撃は昼夜を問わず不定期かつ断続的に続いていた。


【ハボン、今日はどうする?】


『《脱水ディジダレション》にするか。周囲に影響を及ぼさずに、だが、狙いからはしっかりと抜き取れ』


 深夜にカナリアとシャハボがする会話は、いつもと変わらない口調ではある。けれど、その内容は今日の生贄をどう処理するかと言う事に他ならない。

 当初のカナリア達の見通し通り、最初の襲撃は最高戦力を当てたらしく、以降の襲撃者の力量は確実に低下していた。

 さりとて、侮るつもりはカナリア達には無い。ただ、あまりにも簡単に探知出来てしまう相手ばかりであった為に、早々にカナリアはそれらを練習台として利用する事にしていた。



 極力館に被害を与えずに、静かに敵を排除する事を主目的として、カナリアは襲撃者を見つけ次第排除する。



【やっぱり《脱水ディジダレション》は音も無いし、汚れにくいね】


 夜も更けてキーロプやクレアが寝静まっている中、館の中で一人佇むカナリアはシャハボにそう告げた。

 彼女の足元に転がるのは、性別すらわからないぐらいに干からびた一人の死体。


『リア、少し腕が上がったな』


 耳元でそう呟いたシャハボをカナリアは優しく撫でる。


【訓練は大切。ハボンがそう教えてくれたでしょ?】


『ああ。そうだな』


 カナリアはシャハボに褒められて上機嫌だった。


 だが、手を抜くことは絶対にしない。いつも通り《生命感知サンス・ドレヴィ》と《魔力感知サンス・ドマジック》を立て続けに使い、反応が無い事を確認する。

 今日の襲撃は終わりだと確証を持った後で、彼女は嬉しそうに、けれども静かに風呂場に向かっていた。


 《灯りエクリアージ》以外に明かりの無い風呂場で、カナリアは《湯生成シュフー》を使って大きな風呂桶にお湯を張る。

 老メイドのクレアかキーロプに頼めば、お湯を作る魔道具ぐらい貸してもらえるだろう。そう思ったけれども、深夜と言う事もあり、カナリアは自分でそれをする事を選んでいた。

 もう一つ、シャハボと一緒の時間を大切にしたいと言う事も理由にあるのだが。


 しばらくしてお湯を張り終えたカナリアは、裸になってそのまま湯に浸かる。

 深く浸かった後で、カナリアは気持ち良さそうに深く息を吐く。


 少しだけ疲れを感じる。けれど、その原因は、どちらかというと《湯生成シュフー》を使い続けた事の方にあった。

 道端の石ころをどかす程度でしかなかった襲撃者の排除よりも、カナリアにとっては湯を張る方が疲労の元であった。


 体を休めるために疲れてしまっては本末転倒ではあるのだが、風呂に入る事を楽しみたいカナリアは気にかけはしない。


 一息ついた後で、カナリアは少し離れていたシャハボを手招きした。肩に乗ったシャハボを優しく撫でまわし、そのまま手触りだけでコミュニケーションを取る。


【最初の襲撃から一か月ぐらい経ったし、そろそろかな?】


『そろそろだろうな』


【次は何が来るかな?】


『考えられる手は多くは無いな。イザックが良くやっているおかげで、かなり制限できるはずだ』


 会話の趣旨は、来るであろう次の大規模な襲撃に関してであった。


【やっぱり? じゃあ、情報戦に関しては除外しても大丈夫かな?】


『ああ、俺はそう思う。イザックはここら辺の情報だけでなく、王都に近い所でも下手な噂話が回らない様に腐心しているって話だ。

 ここで何をしようが、リアやここの連中に謀反の疑いが出るような事にはならんと思っていいだろう』


 この話は、ウサノーヴァから直接カナリア達にもたらされていたものだった。

 イザックは今、商会の仕事のほぼ全てをウサノーヴァに任せ、裏に回って色々と仕事をしているらしい。

 依頼を受けてから、カナリアはイザックと会っていない。数日毎の手紙とウサノーヴァからの言伝が彼とカナリアを直接繋ぐ手段だった。


【彼はまた悪だくみをしているんだろうね】


『ああ、良かれ悪かれだろうがな』


【うん。でも、情報が制御されているのは凄くいい事。面倒事に巻き込まれると大変だしね】


 頷くシャハボの首をカナリアは優しく撫でる。

 その後で、少し悩みながらカナリアはシャハボだけに伝わる言葉を続けていく。


【じゃあ、他を考えるとしたら、残る手段は力押し? それとも攻城戦? 他に何があるかな?】


 思う事があったのか、シャハボが反応したのは攻城戦と言う言葉であった。


『攻城戦か。可能性はあるな。その線で少し考えて見るか。

 ここを城として見るとして、オジモヴ商会がある限り、兵糧攻めなどの単純な策は通用しないな。

 内部の篭絡は……まぁ、あり得るだろうが、既に情報は筒抜けているわけだしな、そこを気にした所で始まらないだろう』


 シャハボの言葉に今度はカナリアが頷く。

 イザックから伝えられていた、フンボルト家やオジモヴ商会の情報は筒抜けになっている件は、既にカナリア達の行動に少なくない影響を与えていた。


 襲撃場所や手段が、いずれも内部に精通していないと出来ないような方法であったからだ。

 襲撃者自体の質が悪くなっていたとは言え、襲撃の機会は単純ではなく、気が緩んだ瞬間、心の隙を突くような場合がほとんどであった。それに、カナリアやキーロプが日々食べている豆や麦の袋にまで毒が入る場合があったりするのは、流石に気に掛ける事態ではあった。


 だが、それらとてカナリアにとっては予測している事の一部に過ぎなかったのではあるが。


【攻城戦なら、破城槌でも打ち込んできたりしてね】


 カナリアはお湯を手で前にはねる。

 飛び散った水滴は、明かり一つの暗い風呂場で、水面に様々な波紋を描いて消えていった。


『城ならともかく、都市の中の家に対してそれは難しいと思うがな。

 力押しは最後の手段だとして、まぁ、どうなるか楽しみにしてみようじゃないか』


 シャハボはそう言った後、カナリアの頭の上にトントンと登ってから、お湯の中に飛び込んだ。


 少しだけ風呂の中で水遊びをした後で、シャハボは湯船から飛んで出る。


『熱い、俺には水の方が性に合ってるよ』


 カナリアは微笑んだ後で、湯舟の傍に降りたシャハボに水をかけてあげたのだった。

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