第40話 知者の深謀 【3/3】

「これからお話しするのは、私が王都で第二王子を捕まえた時の話ですわ」


【それは面白い話?】


 他人の色恋沙汰に興味のないカナリアは、キーロプの言葉に即座に石板で割り込む。


「どうでしょうか? ですが、時間つぶし程度には楽しんで頂けるかと思いますわ」


 【じゃあいい、続けて】と書かれたカナリアの石板を一瞥した後、キーロプは何かを思いついたかのような仕草を取った後、こう続けた。


「ああ、そうですね。先にこう言ったらカナリアさんも興味を持って聞いてくれるでしょうか?

 イザックおじ様はすごくて酷い方なのです」


【どういうこと?】


 ほんの数分前にイザックの事を考えていたカナリアは、その話にすぐに食いつく。


「話は、私の元に第二王子のディノザ様の主催する戦勝記念会の招待状が着た事から始まります。

 階級の低い、しかも片田舎の男爵風情に、そのような大きなパーティーの招待状は本来絶対に来ないはずなのです。

 手に入れてくれたのはイザックおじ様でした。

 手渡すときに言われた言葉は『頑張って下さい』でしたわ。楽しんで下さいなどではなくね」


 カナリアの興味を引けた事に喜ぶ様を見せながら、キーロプは話を続ける。


「私はすぐに理解しましたわ。ああ、全てはこの時の為なのですねと。

 子供の頃から、可愛い事や綺麗な事、色恋沙汰に目を向けるのではなく、戦争や経済の話ばかりに興味を向けさせられていた理由はこれなのですねと。

 おじ様と父は大の親友とも言えるような付き合いでしたから、私が生まれた頃から約束があったのでしょう。

 おじ様は私には優しくてなんでも用意してくれる方でしたが、そのかわりに私は知らぬ間に躾けられていた。と言う所でしょうか」


 カナリアもシャハボもすんなりとその話を飲み込む。イザックならやりかねないと既に理解しているからであった。


「どんな手を使って男爵風情に招待状を用意することが出来たのかまではわかりませんが、後の事はすぐにわかりました。

 私がすべき事はディノザ王子を捕まえて来る事だとね。

 もっと言ってしまうと、私の為と言うよりは、お父様とこの領地の為に、でしょうけれども」


 シャハボが『ふん』と鼻を鳴らす。


「戦勝記念会での最初の私の立ち位置は、給仕と大して変わらないぐらいでしたわ。そこに居るけれど誰の目にも留められない、そんなところでした。

 会が始まりディノザ様が壇上から戦勝の祝いを高々と述べた後、彼は宴の中に降りてきました。

 それからしばらく、高い身分の方に囲まれて程よく彼が疲れたあたりで、私は好機と見て話しかける意を決したのです」


 カナリアはお茶に手を付けながら、話の続きを聞く。

 ここから面白くなりますよと言わんばかりのキーロプの姿勢は、意図して気にかけない。


「出会いは一言目の掴みが大切だと本にはありましたので、しっかりとそれを守りましたわ。

 ですので、近づいて挨拶代わりに私はこう彼に言いました。『この度はご愁傷様でございました』とね」


『おい、それはなんか違わないか?』

【それはおかしくない?】


 突っ込んでくれと言わんばかりのセリフに対し、カナリアとシャハボは其々が同じ言葉を吐いた。


「ええ、おかしいです。ですが、だからこそ良かったのです。

 近くにいた全員の視線が私に集まりましたわ。なんて事を言うんだこんな時に、と言った表情でしたわね。

 ですが、ディノザ様の表情だけは少しだけ違いました。明らかに彼の表情だけは憂いを持っていたのです」


 キーロプは一瞬だけ止まってカナリアの視線を探る。興味を惹けているのを確認した後で話を続けていく。


「彼の注意さえ引くことが出来れば、あとは私の独壇場でしたわ。

 その場は戦勝記念会ですから、勝利を褒めたたえる事は何にもまして大切な事です。

 ですが、褒め続けられると飽きて疲れてしまうのもまた道理。

 こと、ディノザ様はある理由でその勝利に心を痛めておられましたからね。単に褒められるだけだと心苦しい所もあったのでしょう。

 よって、私はご愁傷さまでしたと彼の心を気遣った上で、推測を元に組み立てた戦争の要所と彼の傷を語って見せたのです」


 得意げに語るキーロプの言葉に熱が入っていくが、聞き入るカナリアの表情は変わらない。


「ルイン王国の歴史は古く、初代が猪突猛進の武勇を誇る人柄だった故に、この国での戦争は古くから力押し一辺倒でした。

 力押し一辺倒は、国力の差によってはっきりと結果が決まる戦略ではあります。昔は他国も力が弱く、相対的に強国であったルインの力押しは戦略として正解でありました。

 ですが、近隣との力関係が互角程度まで落ちた今となっては、力押しはいたずらに被害を増やすだけの悪手です。それをわかっていてもルインの貴族や王族たちは戦略を変えませんでした。それは歴史がそうであった故に。

 ディノザ様はそこの点に目をつけて、戦略を大きく変えられたのです。

 少数精鋭での奇襲で相手国の指揮系統を粉砕、それから全軍突撃。

 手としては一手増えただけですが、相手国の方も歴史を鑑みて奇襲などを警戒していなかったために、効果が大きかった。と言う話です」


 『どっちも単純だな』と言うシャハボの相槌が入り、キーロプが答える様に続ける。


「ここまでなら、戦略家の方であればすぐに思いつく所でしょう。

 犠牲の数を最小限に留めた上での勝利、おめでとうございます。というべき件でございますが、私はもう少し進んだ考えをしてみました。

 私は、たとえディノザ様であろうとも、奇襲作戦などと言う卑怯な手は決行出来ないのではないかと思っていたのです。それは、繰り返しになりますが歴史が故に。

 ですが、ディノザ様はそれを行った。行えてしまった。私にはそこに何かの策略、もしくは悪計があると考えました」


 『その口ぶりだと、読み切ったみたいだな』とシャハボが言い、【読めたの?】とカナリアが補足する。

 キーロプはそれを見た後で、頷いてから答えを披露した。


「ディノザ様には、生来より付き従う腹心のような存在が居ると噂になっておりました。最初は、その方が何か策略を巡らしたのではないのかと私は考えていたのです。

 ですが、その腹心の方は、探せども探せどもこのパーティーには居ませんでした。そして、その事に誰も口を開くことをしなかった。

 私は簡単に理解出来ましたわ。

 ディノザ様は、皆の批判を受けないために、そして王国の勝利の為に、自分の腹心に対して名誉ある突撃を命じたのだとね。

 話が長くなりましたが、ここまでの推論を私はディノザ様に全て語った後で、改めて『ご愁傷様です』と申し上げたのです」


 さすがにシャハボも二度目の鼻を鳴らす事はしなかった。

 推測の正確さだけではない。この一連の話を、よもや大舞台でこなすキーロプの心胆に、カナリアもシャハボも驚きこそせずとも非常に感心していた。


【その後はどうなったの?】


 続きを求めるカナリアの言葉にキーロプは喜びを隠さずに話をする。


「ええ、後はすぐに別室送りでしたわ。

 そのまま私はディノザ様と二人でステキな夜を過ごさせて頂きました。

 甘い話はこの場で控えさせて頂くとして。

 そうですわね、最初は良く頭の回る田舎娘だと言うような扱いを受けていましたわ。

 ですが、日が明けた頃には、親友が亡くなった事で空いた彼の心の中に私がすっぽりと収まっていた。

 そんなところでしょうか?」


『そりゃまぁ、結婚なんて話がすぐに出るわけだわな』

「結婚を切り出されたのもディノザ様からでした」


 一瞬の間があってシャハボが相槌を入れたのだが、タイミングが悪く、言いきる前にキーロプの言葉が被さる。

 カナリアの手がシャハボに伸びて宥める間に、キーロプは気にせずに話を続けていく。


「私からすれば願ったり叶ったりの話でしたが、非常に大変な事だとは理解しています。

 今こうやって距離を置いている間も、彼は政争の真っ最中でしょう。

 鶴の一声で決めたとは言え、それを行うに当たっての諸々の調整が無くなったわけではありませんから」


 長丁場の話を終えたキーロプは、ふうと一息ついた後、ようやくここで冷めたお茶に手を付けた。


「色恋沙汰と言うよりは、これも一種の戦いの話でしたでしょう?

 楽しんで頂けましたか?」


 キーロプの言葉にカナリアは頷く。


「それもこれも、元はと言えばイザックおじ様の手によるものなのです」


 キーロプは視線を手元の本に向ける。


「この本もきっとつまらない本なのでしょう。ですが、きっと使う時が来るのでしょうね」


 キーロプは顔を上げて、カナリアの石板に何か書いていないかを見る。

 空白のそれを見たキーロプは、いつもの微笑を張り付けてからカナリアにこう言った。


「イザックおじ様は凄い方ですが、カナリアさんも気をつけて下さいね」


【もう知っているよ】


 カナリアの返事にキーロプが楽しそうに笑う。

 そして、茶会のひと時は終わりを告げるのであった。

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