第39話 知者の深謀 【2/3】
その日の帰り際に、ウサノーヴァはカナリア達に手土産を置いていっていた。
カナリアには一通の封筒、キーロプには一個の小包である。
どちらも差出人はオジモヴ商会の長であり、カナリアとの契約主であるイザックからであった。
「この場で開けませんか? 私も開けますので」
キーロプの言葉に頷いたカナリアはその封筒の中身を読む。
『くっくっくっ』
失笑を隠せないシャハボを撫でた後、カナリアは手紙を小さく丸めてから空中に放り投げ、《
灰は自分のカップで受け取って床に落とさないようにする。
キーロプはその様子をずっと眺めていた。
カナリアがカップを静かにテーブルの上に置いた後、顔を上げたタイミングで彼女はこう言った。
「魔法とは本当に凄いものなのですね」
【こんなの大したことない】
「いえ、私は使えませんので。素晴らしいと思いますよ。いずれ私も使えるようになりたいものですが……
ところで、カナリアさんの受け取った手紙には何が書いてあったのですか?
内密な話であればおっしゃらなくても結構ですが」
カナリアは少し考えこむ間に、シャハボが口を開く。
『カナリアの受け取る予定の報酬に関しての情報だよ』
けれども、意図しているのかキーロプは反応をしない。
カナリアは仕方なく同じ言葉を石板に映した。
「なるほど。良い情報でしたか?」
少し考えた後、カナリアはその質問に対し首を横に振った。
イザックの手紙の中には、例の探し物の経過が書いてあった。ほんの数日で、既に近場だけではなく、ここタキーノを中心としたフンボルト家の領地のほぼ全ての情報をイザックは回収したらしい。
結果として、数人の魔法使いや、大魔法使いなどと言われる人物は居れども、カナリアの探し人に合致する人は無し。今後は噂程度でも情報がある領地外の人物を当たるとの事であった。
【何も無し。気長に待つ事にするよ】
カナリアはそう答える。
そして、その答えは嘘ではない。だが、手紙にはもう一つの情報が記載されていた。
それは、カナリア達がキーロプに対して予期していた、そのものであった。
***
カナリアさん、先日の良く鳴く大きな牡牛はどうでしたか?
日々の食事にお困りと伺っていましたので、勝手ながらこちらの方から送らせて頂きました。
これでご満足頂けたのなら幸いです。
ところで、お探し物の件ですが……
***
シャハボが失笑を漏らしたのは、その手紙の出だしにイザックが書いた三行の下手な文のせいであった。
当然ながらカナリアはそんな牡牛なんて食べてもいなければ、貰った記憶もない。けれども、その牡牛には心当たりがあった。
大口……なんとかのガンブーシュ。
良く鳴く大きな牡牛。
ウサノーヴァが言った、先日の襲撃犯の出所は別々と言う話はカナリアも想像がついていた。
そして、その一つが
護衛対象を別の手で襲わせるなんて事は、普通に考えれば絶対にありえない話である。だが、イザックに普通は通用しない。既に彼は何も言わずにカナリアを死地に送っている前科があった。
それに、事後の結末だけで言えば、イザックの行動は、襲撃を阻止するという点では役に立っていた事は間違いないのだ。ガンブーシュの登場はカナリア達に明確な警告を発し、最も危険であろうサーニャの存在を掴ませた。もう少し予測を広げれば、他に居たかもしれない襲撃者を遠ざけた可能性もある。
守るべき人間を逆に襲わせることで結局は守る事の手助けをする。よっぽどカナリアの事を信頼していないと出来ない所業ではあるのだが、それを実行したのだと暗にも明にもイザックはその手紙で伝えていたのだった。
手紙で伝えたと言う事は、それをウサノーヴァには伝えていないのだろう。とカナリアは思う。
その意図は、きっと、彼女の為だろうとも。
無言のままその手紙の内容について考えを巡らせていたカナリアは、ふと自分を見続けるキーロプの視線に気が付いた。
何かを期待するようなキーロプの視線は、ずっとカナリアに向けられている。
見られたところでその中身を告げる気は全く無かったのだが、少しだけその視線をうっとおしく感じたカナリアは、キーロプに対して聞き返した。
【そういうあなたは何を貰ったの?】
「本、ですわ。イザックおじ様からの贈り物としては、いつも通りなのですけれど」
包みを開いたキーロプは、中にあった本をカナリアに手渡そうとする。
表題を見るに、それは戦争に関する戦術論の本であった。
【なにこれ?】
カナリアは返事だけを返して、本自体は受け取りを拒否する。
「見ての通り、戦争における局地戦に関しての戦術論ですわ。
子供の頃は絵本だったような気がするのですが、文字が読めるようになってからは、イザックおじ様はいつも小難しい本を私にくれたのです。
商売の本、経済の本、領土を纏める為の本、そして戦争の本等ですわね」
面白くなさそうだと表情で伝えたカナリアに対して、同意するようにキーロプは肩を竦める。
「ええ。面白い話ではなかったですわ。ですが、子供の頃から読み続ければ慣れるものです。
こんなものを読んでも何の役に立つのかともずっと思っていましたが……」
そこまで話をしたキーロプは立ち上がって老メイドのクレアを呼び、茶の用意をさせた。
「ちょっと
特にやることも無かったカナリアは、それに了承する。
お茶の用意が整ってから、キーロプは静かに続きを語り始めた。
「これからお話しするのは、私が王都で第二王子を捕まえた時の話ですわ」
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