第42話 赫灼 【2/6】
その日の昼過ぎに、カナリアはウサノーヴァに呼び出されていた。
生活物資を運び入れた後、ウサノーヴァはキーロプとの女三人の茶会を断った上でカナリアを直接呼び出していた。
とは言え、護衛の都合上キーロプからあまり離れる事の出来ないカナリアは、キーロプの部屋の外の廊下で対応をする。
開口一番のウサノーヴァの言葉はこれだった。
「カナリアさん。折り入ってお伝えしたい事があります。
クラス1の冒険者であるあなたを信用しての事です。この話、他言無用でお願いできますか?」
カナリアはしっかりと頷き、その後で石板を突き付ける。
【何?】
「かねてから薄々感じていた事ではあるのですが、我々の情報は敵対する勢力に漏れています。
キーロプ様の身辺やフンボルト家、後は、オジモヴ商会の内部の情報全てだと思います」
カナリアはウサノーヴァに、その話は既にイザックから聞いていると伝える事はしなかった。
無言のまま頷いたカナリアに対し、真剣な表情のままウサノーヴァは話を続けていく。
「単なる推測と言うにはあまりにも状況が出来過ぎているのです。
恐らくですが、かなり高い確度で水漏れ元はオジモヴ商会の内部でしょう。しかも、上層部、幹部クラスであることは間違いありません」
身内の恥を晒すのは辛いのか、ウサノーヴァの次の言葉が少しだけ詰まる。
カナリアは【それで?】とだけ石板に書いて、続きを促す。
「申し訳ありません。残念ながら、今の所はそこまでです。
幹部の殆どは父の配下です。直接私の手は届きませんし、私の手駒となるような人間は、幹部クラスになるとほぼ居ないのです。
早急に尻尾を掴めるようにしたい所ですが、難航する事は否めません」
そこまで話したウサノーヴァは、言葉を止めた後居すまいを正し、カナリアに向かって正対する。
一瞬の間を置いてから、真剣な顔持ちで彼女はこう言った。
「……もしかして、この件、カナリアさんは見当がついていたりしませんか?」
その唐突な内容に対し、カナリアは微動だにしない事で答えを返す。
代わりに口を開いたのはシャハボであった。
『買いかぶってもらうのはいいが、ここから一歩も出ていない俺達には情報が少なすぎる。推測すら出来んぞ』
シャハボの言葉の後で、ウサノーヴァはカナリアと目を合わせ続ける。
視線での探り合いを試みたウサノーヴァではあったが、カナリアの表情からは何も読み取ることは出来ず、先に目を伏せたのは彼女の方であった。
視線を戻し、再度カナリアと目を合わせるウサノーヴァの表情には、失望や否定的な感情は浮かんでいなかった。
持ち前の真面目な顔つきを保ちながら、「ええ、わかりました」と一言置いて、彼女は言葉を続けた。
「不躾な質問であった事をお許しください。
ですが、この件、今後も相談に乗って頂けますでしょうか?
これまでの対応を見て、私はカナリアさんを全面的に信頼しています。
本来は私一人で対応するべき事ではあるのですが、如何せん商会内が問題の元なので、相談する相手がいないのです」
護衛任務に少なからず影響があるその話に対し、カナリアは拒否する理由を持たない。
少しだけ考える素振りを見せた後で、カナリアは石板に手を掛けて短くこう伝えた。
【いいよ。でも期待はしないで】
返事を見たウサノーヴァの表情は、真摯な面付きのまま変わらなかった。
「ありがとうございます。このお礼は、いずれ別途にでも」
深々とお辞儀をした後、顔を上げた彼女は、ついでとばかりに話を続けた。
「ああ、そうそう、別件ですがいくつかお伝えする事があります」
【何?】
「先月、最初の襲撃の際にカナリアさんが始末した《虚空必殺のサーニャ》ですが、本物だったそうです。
先に書簡で連絡があったとギルドマスターのジョンさんから聞いています。賞金の方は追って送られるそうですが」
ウサノーヴァの口調は、さもカナリアは興味が無いだろうと言わんばかりのものであった。
けれども、カナリアは、いや、カナリアとシャハボは、ほとんど同時にそれに反応する。
【ジョン?】
『ギルドマスターは別の奴じゃなかったか? たしかジョンは相談役だったと思ったが』
予想外の反応だったらしく、少しだけ面を食らった様子を見せたウサノーヴァは、カナリア達の質問にこう答えた。
「ああ、ええ。
この件は、カナリアさん達にはあまり関係ないかと思って、お伝えしていなかったのです。
先月、そう、サーニャを倒した直後ぐらいでしょうか? 冒険者協会のトップが入れ代わりました。
謹慎中だった前ギルドマスターのマットさんが、職を辞して冒険者に戻ったのです。
かわりに、引退していたジョンさんが空いたその職に復帰しました。
同時期に、事務員をやっていたタリィさんも辞めています。彼女もその後で、マットさんの冒険者パーティーに合流したそうですが」
『ふん、謹慎が堪えたか?』
「ええ、似たようなものかと。
表立っては、ギルドマスターの職責をまっとう出来るようになるために、冒険者として一からやり直す。と本人たちは言っていました」
【表立ってって事は、裏では?】
シャハボと入れ替わるように、カナリアが石板をウサノーヴァに突きつけて会話を進める。
「大して変わらないでしょう。マットさんはギルドマスターになる前にはクラス3を持っていましたが、あまり評判が良くなかったと聞いています。
単純な実力を疑われる事だけではなく、ギルドマスターの職を継ぐためにご祝儀でクラス3を貰った、などと言う話も小耳にはさんだことがあるぐらいですから。
謹慎を受けた事に対する禊も含めて、過去の疑念を払拭した上で、ギルドマスターに復帰する心積もりなのでしょう」
シャハボは『ふん』と再び鼻息を鳴らしていた。
それを聞いて、ウサノーヴァは肩を少しだけ竦める。
「先に言いましたが、特にこの件はカナリアさんに影響のある事では無いと思っています。
あとは、そうですね。影響があると言えば、もう一つの情報の方でしょうか」
『なんだ?』
「父がこぼしていたのですが、最近、フンボルト家の領地への魔法使いの流入が多いそうです。
カナリアさんへの情報提供のツテが増えるかもしれないと、父は期待している様でした。
ですが、同時に父からは原因の調査をするようにと指示を受けています。
通常は集団で行動する事の少ないはずの魔法使いが集まると言う事は、何かある可能性を疑わない訳にはいきませんからね」
『良くもあり、悪くもあり、か』
静かに呟くシャハボの言葉に含められた意味を、ウサノーヴァは理解したようだった。
「はい。
こちらに関しては、何かわかり次第カナリアさんにもお伝えします。
問題が起きたとしても後れを取ることは無いと信じていますが、くれぐれもお気を付け下さい。
近い内に何か起きる前触れの様な気がしますので」
そこまで話をした所で、唐突に部屋のドアが開けられた。
ドアの隙間から、カナリア達が立ち話をしている廊下に顔だけが出てくる。
それは、部屋の主人であるキーロプであった。
「あら? ウサノーヴァ、まだこんな所に居たのですか?」
会釈をしたウサノーヴァに対して、部屋から出て来たキーロプは、珍しくジトっとした口調でこう言った。
「私とのお茶を断っておきながら、カナリアさんとこんなに長く密談ですか? うらやましい事ですね」
「あ、いえこれは……」
ウサノーヴァが取り繕うのに失敗して、珍しくしどろもどろになる。
無表情のまま傍観するカナリアを置いて、キーロプはそれを楽しんでいた。
「冗談ですよ、ウサノーヴァ。
必要な事だったのでしょう? 想像はついていますから、お気になさらずに。
そして、たまには私達とお茶を飲んで休まれていく事をお勧めしますわ」
キーロプのその一言は、張っていたその場の空気を上手に和ませる。
「わかりました。キーロプ様。次の機会があれば必ず」
真面目なウサノーヴァがキーロプに向ける顔とて、それまでの緊迫さよりも柔らかさが感じられるものに変わっていた。
挨拶を済ませたウサノーヴァが立ち去った後、カナリアとその肩に留まるシャハボは、静かに頬と嘴を寄せ合う。
まるで恋人同士のふれあいの様な優しい接触ではあったが、それを見たキーロプはこう言った。
「まぁ、何か悪い事を考えていらっしゃる?」
キーロプのその言葉にカナリアは黙して答えたのであったが、事は夜になって起きたのであった。
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