第43話 赫灼 【3/6】

『カナリア』


 シャハボが唐突に声を上げた。

 夕食後の一時、お互いに関係が慣れて来たとは言え、キーロプとカナリアが言葉を発せずに静かに茶を飲んでいる時であった。


 すぐにカナリアはテーブルの上に石板を乗せて、キーロプにこう伝える。


【襲撃が来る。多分大きな規模】


「まぁ。今宵は静かですが、近くまでお相手は来られているのですか?」


【ううん。違う。でもこれは、きっと危険】


 襲撃に慣れてしまったのか、キーロプの口調は普段と変わらなかった。

 カナリアも無表情のまま石板で会話する為、キーロプには急を要している様は伝わらない。


 理解がされていないと気付いたカナリアは、少しだけ顔をしかめながら《魔力感知サンス・ドマジック》を全力で発動する。


 近場では反応が無い。

 タキーノ市街の遥か外、走ろうとも一時はかかるであろう先の所で、ようやくカナリアは魔力の反応を感知する。


【さっき強い魔力の反応を感じた。多分、これは何かの攻撃の前触れ。

 逆探知には成功したけれど、こちらから出迎えに行くにはちょっと遠すぎる位置。

 手を出しに行っても先に攻撃されるから、迎撃に向かう事は出来ない。でも、ここから逃げる時間ならある。

 どうする?】


 端的に告げるカナリアの言葉ではあったが、ようやくここでキーロプは今までと様子が違うことに気づいたようだった。


「ちょっと待って下さい。何が起こると言うのですか?」


 視線はキーロプに向けたまま、カナリアは《生命感知サンス・ドレヴィ》と《魔力感知サンス・ドマジック》を同時に使っていく。

 一度目の《魔力感知サンス・ドマジック》でおおよその位置は特定している。

 二度目の感知魔法は、それの詳細な情報を得るためだった。


 相手は十分離れている場所に位置を取っているせいか、感知に対する抵抗は無い。

 カナリアはそこの人数と魔力の流れを読み解き、規模や魔法の種類を解読しようとする。


『これは複数人で執り行う大規模魔法陣だな。

 って事は、ああ、攻城戦で大当たりじゃないか。破城槌として飛んで来るのは《巨大流星落下シュッド・メテオジァン》あたりか?』


 シャハボの言葉に一旦は頷いたカナリアであったが、直後に首を横に振って、石板にこう書いた。


【《赤灼豪炎球・極大化ブールドフゥ・ルージュブルロン・マキシミ》おそらくこっち。《巨大流星落下シュッド・メテオジァン》よりも扱いやすい方だと思う】


 石板を見たキーロプは、見慣れない魔法の名前のみが羅列されたそれに明らかな危機感を覚える事になる。


「カナリアさん、説明をお願いします!」


 説明を迫るその言葉の勢いは、普段よりも強かった。


【もう少ししたら、この建物を丸々包み込むぐらいの大きさの火球が飛んで来る。

 ああ、簡単に言うと、私達の敵は貴方を殺すために破城槌を持って来たの。

 直接暗殺なんてまどろっこしい事はしないで、対軍用の大規模魔法で建物ごと吹っ飛ばそうとしている。

 規模と進路によっては、この建物だけで済まない可能性もあるけども】


 淡々と告げられる石板の内容を読んだキーロプの表情は、一瞬だけ唖然としたそれが漏れたが、すぐに険しいもの変わっていた。

 額に指を当てたキーロプは少しだけ考える素振りをした後で、静かにカナリアに確認する。


「この建物だけではなく、都市が焼けるかもしれないぐらいの大きな火球ですか……?」


【そう。なりふり構わない手段】


 

 カナリアは、わざとらしく最後の言葉だけを大きく石板に映していた。

 それを見たキーロプは、表情を戻して強く頷く。


 二人の中で、意思の共有は出来ていた。

 カナリアの一言に込められた意味は、直接的にはキーロプに意見を求めるものにしか過ぎない。ただし、言外には、相手の手段を読んだ上でどのようにそれに対応するか、という意味が含まれていた。


 話の手番を移されたキーロプは、カナリアの質問に対して、的確に答えを出す。

 

「それは撃ち込まれた時点で私の負けが決まる類の策、と考えるべきでしょう。

 その大火球で私が死ねばそれで良し。

 よしんば、私が逃げて生き残ったとしても、その魔法によってこの都市が半壊させられたとしたら、事の責任を父に擦り付けて婚姻を破談に追い込むつもりでしょう。

 もしくは、復興の期間を設けるという名分で婚期をずらし、さらに何か手を打ってくる算段だと読みました」


 頷きを返すカナリアに、キーロプは追って補足を入れていく。


「この戦術に似たものを本で読んだ事があります。

 攻城戦にて、初撃を大規模魔法による破城槌で行う作戦。

 魔法にて損害を与えた後で無闇に突入するのではなく、その一撃を起点として物資や情報の統制での搦手を使って締め上げを狙う作戦です。

 対応策は……対応策は……」


 肝心の対策の所に来た時に、キーロプは口ごもる。


【対応策は? あるのでしょう? 言って?】


 カナリアは続きを促すが、キーロプの表情は暗く、口は重い。


「あります。ですが、無茶無謀な話です」


【言って?】


 二度目の催促に対し、キーロプは苦い顔をカナリアに向けた。

 一瞬の間を持って苦渋の決断を済ませたキーロプは、その表情のままの声を持ってカナリアにこう告げた。


「ええ。ではカナリアさんにお願いがあります。

 本当にこのタキーノを狙った大火球が飛んで来るのでしたら、この都市に届く前に、それを完膚なきまでに迎撃して頂く事は可能でしょうか?

 そこからの搦手が主攻になる以上、起点である魔法を完全に迎撃する事でしかこの攻撃に対しての活路は無いのです」


 対するカナリアは、自然な所作で肩に留まったシャハボを撫でながらそれを聞いていた。

 実の所、既にカナリアの中で対策の案は出来ていた。

 キーロプの推論と依頼が出た以上、後は、シャハボと最後の確認をするだけだった。


 言葉は出さず、傍から見れば考えているのか、じゃれているのかわからないような仕草を以て、手触りのみでカナリアはシャハボに答えを問いていく。


【キーロプは搦手のみと推測しているけれど、迎撃直後に敵が襲ってくる可能性は考えた方がいいよね?】


 カナリアの問いにシャハボは頷いた。こちらも言葉は発しない。


【これがイザックの手の内って可能性は保留するね。

 もしそうだとしたら、ちょっと度が過ぎる感じがするから】


 シャハボは再度頷いていく。


【でも、否定はできない。単純な読み通りには終わらない気がする】


 そう伝えるカナリアの指先の動きは、いつもよりも少しだけ荒い事に誰も気が付かない。

 ただ、ようやくここでシャハボが口を開き、カナリアにこう告げた。


『ああ、だが、今回の一因はこちらがやり過ぎた事にもあるだろう。少し犠牲を払った方がそれらしくなるんじゃないか?』


【うん。じゃあ、そうしようか】


 そして、カナリアもこの一言を石板に映し出していた。


「どう、なされるのですか?」


 石板上の言葉だけでは意味が通らないとばかりにキーロプは尋ねる。


 カナリアはそれに対し、腰のベルトから愛用の手杖を取り出す事で返答を返していた。

 右手で支えられる石板と、左手に持たれた手杖。


 キーロプがそれを交互に見比べた後、彼女の視線は石板に移る。


【一人で迎撃は難しい。だから、この手杖を犠牲にして相殺を狙ってみる】

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