第137話 記憶 【1/1】
この世界の魔法は声に出す事で発動される。
カナリアと呼ばれる少女は魔法を使う
ただし、物心ついた時から彼女の声は出なく、今までに自らの素性に疑問を持ったことはない。
相棒である小鳥の形をした
そこで彼女は、魔道具作成者であるシェーヴと出会い、ウフの村に隠された組織の一端にも触れる事になる。
最低限の手がかりを得る事はできたものの、組織の敵と対峙する事になったカナリアは、壮絶な決戦の後に相打ちになったのだった。
組織の敵を討ち果たしたものの、相打ちとなったカナリアは息絶えた。
しかし、死んだはずのカナリアは、シャハボの手によって蘇生を果たしたのである。
それから数日後、シャハボの手厚い看護によってようやく動けるようになったカナリアは、長く寝ていたベッドから身を起こし、声代わりの石板を持って一つの質問をそこに浮かべていた。
【教えて、ハボン。カナリアって、何?】
ハボン。
それは、シャハボに対して、カナリアだけが呼ぶ事の出来る愛称だった。
シャハボは、ハボンは、カナリアが快復した事をことのほか喜び、今までは饒舌に口を動かしていた。
けれど、その質問を前にして、彼は口を閉ざす。
静寂が支配する場の中、カナリアは続けて石板に言葉を写す。
【私ね、思い出したの。色々な事を】
シャハボはルアケティマイトスという未知の金属で出来た
それもそのはず。
カナリアの言葉は、シャハボの経験の中で初めて聞いた言葉だったからだ。
これまでも、シャハボがカナリアを《
しかし、いずれの時も、多かれ少なかれの差はあるが、蘇生するたびにカナリアの記憶は消えてしまっていたのだ。
今回も同じくして、シャハボはカナリアの記憶がどのくらい残ってるのかを懸念していた。
だが、石板に写された彼女の言葉は、真逆。
思い出したとは、どういう事か。
無言をこそ貫いていたものの、驚きは隠さないシャハボに対し、カナリアは言葉を浮かべる。
【カナリア。私の名前。
リア。貴方が私を呼ぶ時に使う名前。
どちらも、あなたが私に教えてくれた】
カナリアは一旦そこで言葉を止めて、シャハボの確認を待つ。
シャハボが頷いてから、彼女は先を進める。
【私の名前はカナリア。
私が名前を思い出せない時に、そうあなたが教えくれた。
貴方は私をリアと呼ぶ。
どうしてと聞いた時に、
再度頷いたシャハボの首が戻った後、カナリアの表情がわずかに動いていた。
【でも、思い出したの。
いつかわからないけれど、多分もっともっと昔かな、私は自分の事をカナリアだと言った。
そして、あなたは否定した。
私はカナリアでは無いと言った。私はリアだって】
シャハボは、その言葉に頷かない。
動く事を止めた彼に、カナリアは石板にてまくし立てる。
【ねぇ、ハボン、どういうこと?】
カナリアとシャハボの視線がぶつかる事しばし。
なおも動かないシャハボを前に、先に痺れを切れしたカナリアは石板を向ける。
【疑問はまだほかにもあるの。
私は知らなかった。組織で私がそんな風に言われていた事を】
その言葉を読んだ瞬間、シャハボは微かに身震いする。
その二つ名は、彼にとって、そして、彼の大切な存在にとって、忌まわしい名前であった。
けれども、それは隠さなくてもいい事なのか、シャハボはカナリアに答えを返す。
『ああ、その二つ名は、本当だ』
【それは、私の二つ名なの?】
『ああ』
【どうしてそう呼ばれているの?
シャハボが返答をしたのもごくわずか。
再度の質問を前に、彼は再び口を閉ざしていた。
シャハボはカナリアにとって、良き相棒であった。
今まではカナリアのどんな質問にでも答えていたのだ。
しかし、今の彼は、沈黙の徒である。
【答えないの?】
再び黙りこくったシャハボに向けられた石板の文字は、いつもと変わらない。
カナリア自身も表情に変化はない。
けれども、一人と一羽は共にわかっていた。
カナリアは内心、いら立っている事を。
しかし、それでも、シャハボは口を開けようとはせず、カナリアは答えを求めて質問を投げ続ける。
【ハボンが答えないのは、私に何かが起きたせい?】
固まったままのシャハボを前に、彼女は片手を石板から外し、自分の平らな胸に当てて目を瞑った。
【私ね、わかるの。私の身体に何か変化があった事を。
言葉にできないけれど、何かが、前と変わった気がするの。
いい事かも悪い事かもわからない。
でも、わかるのは、そのせいで色々な昔の事を思い出せたんだと思う】
シャハボは石板に写るカナリアの言葉に対して、静かに頷いていた。
けれども、目を閉じたままのカナリアはそれに気づかず、言葉を写し続ける。
【でも、本当に何があったのかはわからない】
ここで目を開けたカナリアに対して、一度首を横に振って見せたシャハボは、ようやく一つの言葉を口にした。
『クレデューリの事を覚えているか?』
【うん。彼女はアプスと同一化した。
私は彼女と戦った。そして】
石板から両手を離した彼女は、何かを思い出し、愕然とする。
【私は負けた。
負けて首を刎ねられたはず。
なのに、どうして、私は生きているの?】
石板は、首に掛けられた鎖にてカナリアの胸の前に吊るされたまま、彼女の胸中を語る。
そして、その内容は、単なる疑問としてではなく、カナリアの記憶が欠落していない事をシャハボに伝えていた。
記憶が保たれている事は、彼にとっては嬉しい話ではあった。だが、彼は心情を内に留めたまま、頭を動かし、必要な事のみを考えて口にする。
『負けてはいない。勝ったさ。
危機に陥った時にリアは切り札を使ったんだ。
勝てたが、代償は大きかった。長い間寝ていたのはそのせいだ。
リアがそれを覚えていないのなら、切り札を使った後遺症か、単に寝すぎたんじゃないか?
リアは本当に良く寝たからな』
シャハボは、カナリアには嘘をつくことが出来ない。
だから、その言葉に嘘はなかった。
軽口で締めるその言葉遣いは相変わらずであったが、嘘はなくとも、裏に潜む中身と同じく、場に残る響きは重い。
腹の探り合いをするようにシャハボを見つめるカナリアは、ゆっくりと自らの石板を持ちあげて見せつける。
【信じていい?】
『……ああ』
【じゃあ信じる。それで、名前の話は?】
再度の質問に、シャハボはカナリアから目線を外してしまっていた。
彼の反応は、自身もほとんど意識しないものであった。
自らの行動に気付いたシャハボがカナリアの方に向き直り、口を開け閉めする。
『リア』
やがて口にした言葉は、彼女の名前だった。
【何?】
『俺は、お前を大切に思っている。
お前の事が一番で、お前のためなら何でもできる。
逆に言えば、俺は、お前のためにならない事はできない。そう作られている』
【それが、ハボンが話をしない理由?】
それ以上、シャハボは喋る事を止めてしまっていた。首すらも動かず、肯定も否定も無く、ただシャハボはカナリアを見続ける。
視線を交えながら、動かない事しばし。
やがて、カナリアは彼の言いたい事に気づく。
言わずもがなではあるが、カナリアとシャハボの付き合いは長いのだ。
シャハボは何かを隠している。それは間違いない。
しかし、彼は隠したくて隠しているわけではない。きっと、言いたくても、言えないのだ。
本人が言った通り、そう作られているが故に。
【そっか。それなら仕方ないか】
『……すまん。
だが、信じてくれ。俺は、いつでもお前の味方だ』
【わかっている、ハボン。いつでもあなたは】
【私の大切な存在だよ】
この場の会話はこれで終わりであった。
カナリアは静かに自分の食事を用意し、食べてからまた休息に入る。
それからまた数日休養をとった後に、カナリアは彼にこう告げたのだった。
【私、一旦組織に戻ろうと思うの】
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