第138話 小都市ノキへの再来 【1/3】
自らの行く道を決めたカナリアを、シャハボは止めることは無かった。
ただ、彼はその理由を聞き、彼女はそれに答える。
【簡単よ。
組織に戻る理由は二つ。
一つ目はハボンを直すのに必要な素材である、ルアケティマイトスが無いか聞くため。
あとは私の名前についても聞きたいの】
カナリアにとって、第一に考えるのはシャハボのことである。
この村でシャハボのことを診た、魔道具製作者のシェーヴが言っていたのだ。シャハボを形作る素材、ルアケティマイトスは、組織ならあるかもしれないと。
その素材がここに無い以上、カナリアが求める先は組織しかない。
そして、もう一つの理由は、カナリアが前日にシャハボに尋ねたことであった。
それは、気になり始めてからはずっと忘れることが出来なくなっていた。
自らの名前。心中に残る言葉にできない違和感。そして、答えないシャハボ。
とはいえ、自らの事などシャハボの事に比べれば、どうでもいいことではあった。
けれども、どうせ組織に戻るのであれば、それも聞こうと思ったのだ。
そんなカナリアの答えに、シャハボは『そうか』とだけ返事を返す。
その返事は、なんの突っかかりも無く、流れる様に返されていた。
【止めないの?】
カナリアは、すぐにシャハボに石板を見せていた。
その返事に理由なんてなかった。ただ、カナリアはなんとなくシャハボに止められると思っていたのだ。
だからこそ、彼女は驚きを隠さないまま、石板ごとシャハボの方を向く。
『いや、リアがそう望むのなら止める理由はない。ただ、問題はある』
【何?】
『場所だ。組織の
まずはノキか、大きな都市に戻って、連絡を取ってみるしかないか』
シャハボの言葉は前向きで、いつも通りで何も変わらない。
それがシャハボだとわかっているはずなのに、何かがカナリアの中にひっかかって返答を遅らせる。
『いや、どちらにしろ、まずはノキには行くべきだな。
雪解けもだいぶ進んだ事だ。今から戻ればいい頃合いだろう。
ノキの街で依頼を受けただろう? 何かあってもなくても、春には戻って報告すると。
何かがあったと判断されて、向こうから人を送られると面倒な事になる。だから、早々にこちらから報告に出向いて、ここへは立ち入らないように伝えた方がいい』
続けられたシャハボの言葉に、カナリアはゆっくりと頷いていた。
シャハボの言う事は理路整然としており、間違いないとカナリアは納得する。
そう。間違いはない。彼は間違いなく今までのシャハボだとも。
違和感を振り払うように頭を振ったカナリアは、改めて石板を彼に向ける。
【じゃあ、そうしようか】
シャハボは断ることも無いとばかりに、ゆっくりと首を縦に振ったのだった。
* * * * * * * * * *
人のいなくなったウフの村から小都市ノキへの道のりは、何事もない平凡たるものであった。
ただ、道すがら、カナリアは自らの身に不調を感じていた。
目に見えて不調というわけではない。ただ、体の動きが少しだけ以前と違うのだ。
シャハボ曰く、『寝すぎで鈍ったな』とのことではあったが、仕草で同意こそしても、カナリアは動きでその言葉を否定する。
カナリアは、鈍った、どころではなく、自分の体の動きが良くなっていると感じていた。
体の反応の方が早くて、どうにも感覚と合わないのだ。
手を振ろうと思えば、意識するよりも先に手は動き、魔法も使おうと思った瞬間には発動されている始末。
感覚と反応の差はわずかではあった。だからこそ大事にはならず、不調と言えるぐらいで収まっていたのだが。
数日も経てば動きに感覚を合わせられるだろうとカナリアは思っていた。故に、シャハボの言葉にあえて反論しようとはしなかったのだ。
けれども、道中、やはり自らの動きがおぼつかないカナリアは、走っている途中で地面の起伏につっかかって転びかけていた。
『大丈夫か?』
【うん。大丈夫】
カナリアの石板に言葉が浮かぶ。しかし、それはシャハボに向けられておらず、シャハボはカナリアの答えを読めなかった。
改めてカナリアはシャハボを手招きし、直接触れる事でその意を共有する。
【大丈夫。ちょっと躓いただけ】
『そうか。長く寝ていたんだ。まだ本調子ではないんだろう。今日も早めに野営の準備をして休むといい』
カナリアはシャハボに頷き返していた。
そのあとで、彼女は彼を引き寄せ、自らの平らな胸に抱きよせる。
金属の体を優しく包み込むと、カナリアはシャハボに語りかける。
【ねぇ、私の声、届いてる?】
『ああ』
【私もね、こうするとシャハボの声が届く】
『ああ』
シャハボとの触れ合いは、カナリアにとっての至福の時間であった。
しかし、それも今までとは少しだけ違う。
【《
『ああ』
【でもその分、こうやって触れる理由が出来たから、悪い事ではないのかな】
『……』
今までずっと、カナリアとシャハボの間には、《
しかし、カナリアが復活してからは、なぜか二人の間に接続が出来なくなっていたのである。
もちろん、何度も試しはした。しかし、何度やっても繋がらなかったのである。
わかってからしばらくの間、カナリアは不満を漏らし続けていた。
直接触った場合は今行っているように意志の共有はできたので、シャハボは当面はしかたないとなだめていた。だが、カナリアは駄々をこね、無理だと分かるまで幾度も試し続けていたのである。
二人の間の会話方法が変わった事は、その関係に少しだけ変化をもたらしていた。
いつもより多くカナリアはシャハボを触る中、彼は口を開く。
『リア』
【何?】
『……何でもない。いや、少し休んだら早めに飯と寝支度の用意をしろよ』
【わかったよ、ハボン】
カナリアは頬ずりしてシャハボ分を補充した後、言うとおりにしたのであった。
* * * * * * * * * *
ウフを出てから十数日後、カナリアは予定通りに小都市ノキに到達する。
姿を隠す事をしなかったカナリアは、ノキの街中に入る前から、大きな歓迎を受けていた。
ノキに近くなった頃に、カナリアはノキを拠点とする冒険者と領民たちの集団と遭遇していたのだ。
偽名であるクラス3冒険者のカーナとして、ノキの領民に顔が知られていたカナリアは、姿を見せた時点からは下へも置かれぬ扱いをされていた。
カナリアと会った時の対応はあらかじめ伝えられていたのだろう。荷運び用に用意してあった馬車は急遽カナリア専用の移動手段としてあてがわれ、カナリアはゆっくりだが快適な旅のもてなしを受ける。
その間に、連絡の早馬がノキに向かって飛ばされていたのだった。
「おかえりなさい、カーナさん」
ノキの街で最初に出迎えたのは、ノキの都市長であるパウルであった。
その隣には、ノキの冒険者協会の長、バディスト。
さらに、カナリアとゴーレム討伐の際に一緒に組んだ若き魔法使いのクタンと、ゴスかガス、どちらだったか覚えていないが、同じく一緒に戦った老兵の一人がいる。
迎えに出たのはそれだけではなかった。
ノキの民全員ではないかと思うぐらいの大人数の人たちが、カナリアの出迎えに集まっていたのである。
『人気者だな』
あきれるようにシャハボは言う。
カナリアはそれに頷き、心中は顔に表さずに石板をパウルたちに向ける。
【ただいま。つもる話は、人のいない所に行ってからでいい?】
単刀直入な言葉に、パウルとバティストが頷く。
彼らの目は、カナリアに注がれていた。
もちろんカナリアもその視線の意味に気づかないわけではなく、パウルとバティストの両方を目で追った後、首を横に振る。
視線だけの意志共有。
カナリアが届けた言葉は、この場にはカナリアしかいない。という事であった。
その理由はどうとでも捉えることが出来るだろう。
けれども、カナリアは既に最大限の事を彼らに伝えていたのだった。
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