第139話 小都市ノキへの再来 【2/3】

 領民たちに適当に手を振りながら、カナリアたちはノキの冒険者協会兼酒場の建物に入っていった。

 通された応接間は、カナリアとパウルたちが最初に顔を合わせた部屋である。

 その時は四人だった。

 けれども、今は三人である。


「改めて、おかえりなさいませ、カーナさん。まずは何から……」


 柔らかく話を始めようとした都市長パウルの言葉を遮り、冒険者協会の長であるバティストが口を挟む。


「まずは依頼の結果を教えてくれ。ウフの村はどうだった」


 カナリアはバティストに向かい頷き返す。

 回りくどい会話よりも、その質問の方が直接的であり、大切なことだったからだ。

 口を開きかけたシャハボを手で止めたカナリアは、自ら両手で石板を持ち上げた。


【ウフの村は黒だった。シェーヴ、彼が巨大岩巨人ギガントロックゴーレム事件の黒幕だったよ】


 見せた言葉は、事実とはかけ離れた内容だった。

 けれども、ウフの村に関して、一片の興味も持たせたくないと考えるカナリアは、それが最良だと判断する。


【用心深くて裏を取るのが大変だった。全て暴いてから対処したから、終わった時にはもう冬でね。

 移動できる状況じゃなくなったから、春になるまで村でなんとかしのいでいたの】


 その言葉は具体性に欠け、何があったのか、どうやり過ごしたかは全く説明されていない。

 しかし、説明する気の無いカナリアは、反論の全てを自らの無表情面で封殺していた。


【もうウフの村から危険な事は出てこないと思う。

 でも、あそこはいい場所じゃない。人は送らずに早々に


 忘れた方がいい。

 行かない方がいい、封印した方がいいなどの言葉ではなく、忘れろというカナリアの言葉に、バティストは眉をひそめる。


「そうか」

【そう】

「……わかった。そうしよう」


 バティストはそれ以上問う事はしなかった。

 カナリアは、最初にここを訪れた際に、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムを打ち倒す事でその実力を見せつけていた。

 故に、実力を知るバティストはカナリアの事を信じ、深く問いただす事をしなかったのである。


 けれども、これだけは聞かなければならぬとばかりに、今度はパウルが横から割り込む。


「それで、クレデューリ様はどうなされましたか?」


 それは、どうなされたも何もない話であった。

 この場にはカナリア一人しかいない。つまりはそういう事なのだから。


 しかし、パウルにとってはそれだけで終わらせていい話ではない。

 クレデューリは、ここルイン王国の第三王女お抱えの騎士であった。身分のしっかりした人物が故に、彼は事の顛末をしかるべきところに報告する義務があるのだ。


 そんなパウルの心中と責務を理解するカナリアは、改めて石板を向ける。


【死んだよ】


 見せたのは一言だけ。

 余計な事は一切告げず、それだけで話を打ち切ろうとする。


 弔ったかどうかさえ言う事はなかった。

 そもそも弔ってもいないし、むしろ殺したのはカナリアなのだから。

 そして、その経緯と事実は、誰にも告げる事はできない。


「……遺品は?」


 パウルの言葉に、カナリアは首を横に振る。


「証拠はないと?」


【ない。彼女はの。

 事実だし、それが私の言えるノキであった事のすべて】


 カナリアの言葉を読んだパウルは、小さくだが息を飲んでいた。

 一切が消えた。その言葉を、彼は、そして、隣にいるバティストは少ない情報から解釈しようとする。


 彼らは知っている。カナリアは度を越えたで強者あることを。


 ウフ村で起きた事は、強者ですら言葉少なくなる出来事だったのだろう。

 恐らくは、黒幕らしいシェーヴなる男と、岩巨人ロックゴーレムの集団か何かとカナリアたちは戦ったのだ。

 そして、戦いの最中に、クレデューリは未知の敵によって跡形も残らないぐらい木っ端微塵に潰されたのではないだろうか。

 そのように、


 何も言わないのではなく、言葉にすらできない事態が起きたのだと勝手に解釈した彼らは、それで全てを飲み込んでいた。


「わかり、ました。

 少々説明が大変ですが、こちらの方で適度に盛って、クレデューリ様の最後については王都の方に申し送りするように致しましょう」


 そう言ったパウルは、ようやくこの話を収めたのだった。

 無表情のまま頷き返すカナリアの心情は、うまくいったというものであり、彼らの思いとはかけ離れていた。


 ふぅと重いため息をついた後、パウルは気を取り直してからカナリアに話しかけた。


「さて、何はともあれ、ですな。

 カナリアさん、お体の方は大丈夫ですか?」


 カナリアは再び首を横に振る。

 振っても意味が無い事を知ってはいるのだが、これもある意味で避けられない儀礼の様なものであった。


「おや、そうでしたら、このノキで長々と休んで頂いても構わないのですよ。

 無論、カーナさんの宿代飯代はこちらの方で全て賄わせて頂きますので」


 パウルの言葉は、親切心に満ち溢れていた。

 それは、文字通りの単なる親切心ではない。

 長々と、というよりも、ずっとノキの街に居続けてほしい。そんな裏の意味も、である。

 互いに答えがわかりきっているやり取りを前にして、ため息をつくのはカナリアの番であった。


「ええ、本当に察しが早くて助かります」


 カナリアの仕草を理解したパウルは如才なく笑みを浮かべ、そこにシャハボが口を挟む。


『一日か? 二日か? まさかそれ以上にはならんだろうな?』


「宴は一晩です。そのかわり、朝まで続く事にはなるかと。

 任務報酬の一つですから、そのように考えてください」


 カナリアは、ノキの街に着く前からこうなることはわかっていた。


 元々パウルから受けた任務は、ウフの村の調査結果を年明けの春までに持って帰ることであり、その報酬はざっくりとタダ飯が食えるという話だったのだ。

 タダ飯は単なるタダ飯になるはずはなく、大きな宴会になることは想像がついていた。

 それこそ、以前の様な店貸し切りでの宴会ぐらいは覚悟していたのだが、実際はカナリアの予測の上を行く。


【もしかしてだけれど、お祭りになる?】


「ええ、お察しの通りに」


 パウルの言葉に、カナリアは改めて頭を横にふり、避けられない事態とこれからの苦労を思い浮かべたのであった。

 

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